第9話 護衛騎士 マーベル

「姫、この街道をもう少し行くと村があります。サクラダとエルフの森へ別れる場所です。そこで少し休憩したらいかがでしょうか。その村を越えてさらに行けば、確か国境警備のために作られた砦があるはずです。そこで善後策を練るのも良いかと」

「分かりました。マーベル、村で休憩したらそこまで行きましょう」

かしこまりました」


 ラミルと別れてからゴブリンの襲撃を突破したサリナ達一行は、その後も襲い掛かる鬼族を撃退し、護衛の数を減らしながらも何とか先に進むことができた。やはり、護衛騎士であるマーベルの実力は素晴らしく、ゴブリン程度の相手なら寄せ付けることは無かった。だが、相次ぐ襲撃に疲労は積み重なり休息できる場所を求めていた。

 守るべきサリナと侍女が数名、その護衛として女騎士のマーベルと兵士もいるが、随分と数を減らしてしまった。護衛している者は全てが傷を負っており、ここで新手の鬼族に襲われたら危険な状態に陥ることは疑いない。


 近くに、アミマナ王国とサクラダ国の国境であるこの地域を守り、警備や治安維持のために作られた砦がある。そこには数十人の兵士も常駐しているはずであり、そこでなら一息付けると思ったのだ。

 馬も走り続けているため、潰れないように今は歩かせている。周りを警戒しながらゆっくりと進むと、やがて村の入口が見えてきた。その周辺には小さな畑と幾つかの農民たちの使う小屋が建っている。


「姫、村が見えました」

「ええ。皆、あそこで少し休みましょう」

「「はい」」


 サリナの言葉に皆がホッとした表情を浮かべ答える。


「誰か!」

「はいっ!」

「姫が休息される。出迎えと準備を頼む、そう伝えよ」

「はっ!」


 一人の兵士が走り、村へと向かう。

 その姿を見送り、マーベルは後ろを振り返る。


「さあ、参りましょう」


 うなづき、サリナは馬を進める。

 村の入り口まで来る。周りを見まわすが誰もいない。


「まだ迎えの者はこないのか」

「マーベル、構いません。このまま入って行きましょう」

「わかりました」


 姫がいるというのに出迎えにくるものがいない。だが、サリナに促されて一行は中へと入って行く。

 すると、ようやく一人の初老の男が出てきた。サリナの前に進み出て頭を下げ挨拶する。


「サリナ様でございますな。この村の村長でございます」

「うむ、出迎えご苦労!」


 男の言葉にマーベルが応える。

 村長と名のった男は顔色が悪く目で何か訴えようとしているように感じた。

 違和感を持ったマーベルが村の様子を観察する。



 よく見ると気配がしたので建物の中をよくのぞいてみる。すると住人がチラチラとこちらを見ている。


 ――バタン


 目が合うと顔をそむけ小屋の窓が閉まる。


「……?」


 今までだったら住人たちが総出で迎え入れてくれた。なのに今は余所余所よそよそしく避けられているように感じられる。


 その音を合図としたかのように住人たちは顔をそむけ、建物の窓を閉めて扉にかんぬきをかける音がした。そのような集落に違和感を感じ胸騒ぎを覚えた。


「止まれ! 様子がおかしい!」


 マーベルが叫ぶ。

 その時、あちらこちらの扉が開いた。


「ウオォォォォォォォォォォ!!」

「姫様、お許しを!」


 雄叫びとともに青色の鬼、トロルが此方に向かい飛び出してきた。その後から薄汚いゴブリンが次々と走り出てくる。村長は詫びの言葉を叫びながら逃げだした。


「罠か!」


 マーベルの叫びに兵士がサリナの周りを囲み守る。


 ゆっくりと向かってくるトロルは手に棍棒を持ち、もう片方の手には…… 一足先に向かった兵士の姿があった。棍棒で叩かれたのか、顔はゆがみ首が変な方向へ曲がっている。トロルは、その兵士を足下に投げ捨てた。


「おのれ…… 殺す!」


 部下を殺され激高したマーベルは剣を抜きトロルに突っ込む。何人かの兵士がマーベルに従い走り出す。その姿を見てゴブリンが何匹も襲いかかってきた。


 ―ザシュッ 


 先頭のゴブリンを切り捨て、振り返り部下に叫ぶ。


「突破せよ! ここは私が防ぐ! 姫を早く連れていけ!!」


 その声にサリナが、


「マーベル!」

「姫様!!」

「姫、お早く!!」


 マーベルを呼ぶサリナを侍女と兵士が止める。姫の馬に鞭を入れ走らせ逃げ出す。


「マーベル!!」


 サリナの声を聞きながらもマーベルは敵を見据え剣を振り続ける。


「突っ切れ、姫をお守りするのだ!」

「うおおぉぉぉぉぉぉ!!」


 サリナの声は兵士たちの怒声にかき消される。一刻も早くこの場を離れなければならない。囲まれてはいるが、相手の殆どはゴブリンである。正面から当たれば破ることは可能だ。


「止まるな! 砦まで走れ! 必ず脱出するのだ!」


 深入りしなかったことでサリナを逃がすことはできた。だが、自分がここで踏みとどまらねば追撃されて姫が捕まる可能性が高い。鬼どもは次々と襲いかかってくる。

 自分が逃げることなどできないし、部下の仇を討たねばならない。

 トロルはマーベルの姿を見てニヤニヤと笑っている。


「こい! 殺してやる!」


 トロルに向かい叫んだ。




 ―――――



 薄暗い地下牢に向かって男が歩いている。

 頭には狐の耳がついており、立派な尻尾が生えている。獣人族の一つ、狐人きつねびと族だが全身が黒い毛でおおわれているのは珍しい。

 牢番の案内で鉄格子の前までくると中を覗き込む。


「……こいつが護衛についていた女騎士か」

「はい。捕まえるのに随分手間取ったと聞いております」

「やはり騎士ともなると相当腕の立つ者がいるのだな」

「ゴブリンでは全く歯が立たずに蹴散けちらされたそうです。トロルでも一騎打ちだと互角以上に渡り合ったとか。その最中にゴブリンどもがこいつにまとわりつき、ゴブリンを潰しながら叩きのめしたことで捕らえることができたとのことです」

「鬼族のような下等な生き物が、よく殺さずに生け捕りなんてできたな」

「王女を捕らえる予定だったために、女に手を出すなと伝えておりました。奴らもこいつの体で楽しむことは控えたそうです。ですが王女ではなく、ただの護衛だと分かったことで戦利品として寄こせと暴れて五月蠅うるさいのです。まあ、この女で遊びたいのでしょう」


 黒い狐人の男は不愉快な表情で、


「吐き気がする…… 醜悪なゴミどもめ」 


 そう吐き捨てると牢の中を見る。

 そこには一人の女性が鎖でつながれていた。あちこちに傷跡や打撃の痕があり、半裸の状態で拘束され気絶していることがわかる。


「残念だが、こいつのおかげでアミマナの王女を取り逃がした。代わりに、こいつの使い道を考えてみるか。何かしらはあるかもしれないからな」

「トロルたちへは何と言っておきますか」

「この女は王女を捕まえるための道具に使えるかもしれん。あのような薄汚い奴らに渡すわけにはいかない。そんなに女が欲しければ、どっかからさらってきて勝手に楽しめとでも言っておけ」

「わかりました」


 恭しく頭を下げて従者の男は出て行った。


「さて…… どうするかな」


 黒い狐人族の男は思案する。

 王女はサクラダ国に向かって逃げているが、そのまま逃げ込むとは思えない。途中に国境の砦がある。あそこに立てこもり、サクラダに協力を頼んで援軍を呼ぶつもりだろう。そうなると少し面倒なことになるが、一応手は打ってある。だが、できれば早く捕まえたい。


 中にいる女を見る。


「既にシシラギは手中にある。アミマナも手に入れたも同然だ。だが、王女がいる限り完全に支配するのは難しい。どうあっても捕まえねばなるまい」


 砦に攻撃をして落とすより簡単なのは相手をおびき出すことだ。王女をおびき出すための餌として、この女は使えるか……


「王女が降伏してくれれば早いのだがな。時間がかかるようであれば、鬼族を使うしかない…… か」


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