第7話 俊の小説 1

シュンは自分で書いた小説のことを思いだす。


―――



「以上が最終の試練だ!」

「……」


 周りにいる者すべてが沈黙した。

 軍事国家バルダナの戦士。それは、この世界パンレムゲリア最強の戦士を意味する。その最終試練の内容を知らされたのだ。


「これより始める」

「……」


 この都市国家は軍事力強化の為にあらゆる施策がとられていた。

 生まれきた子供は体の弱い子は捨てられ育てられることは無い。6歳になると親から引き離され軍事訓練を受けさせられる。この時から男の子は裸で生活し、どんな環境にも耐えられる強靭な体を作り上げる。10歳で奴隷や他国の人間から物を盗むことを覚えさせ、12歳になると二人一組となり、奴隷や鬼族などバルダナ市民以外一人を殺してこいと命令されるのだ。もうこの歳で充分兵士として働くことができるようになる。

 そして15歳になると戦士として幾人かが選抜され、総仕上げとしての試練が課される。

 非常に残酷な最終試練、それが二人で組んでいた者同士での殺し合いだ。

 お互い助け合い、励まし合ってきた相方を殺したとき、勝者となった者の感情は壊される。それは戦場において情け容赦無く人を殺す完全な戦闘マシーンとなった者の姿なのだ。

 この国家において愛や情けは無用、力こそ正義なのだ。

 特に国を指導する立場となる執政官は、家族への愛や友との友情も必要ない。そのような感情は国を弱くするものでしかないのだ。もしそのような感情があったとしても、それを表に出せば粛清しゅくせいの対象となり見せしめとして殺される。

 鬼族や獣人族に接し、さらに国家の人口の9割が奴隷。いつ攻撃され殺されるか分からない恐怖を常に抱いていた都市。

先人たちが、生きるため如何すれば良いか悩み、軍事力という強力な力を持つことで生き残るのだと考え出した国家、それがバルダナだ。

 このいびつな軍事国家に手を出す者などいない。それは、人間を嫌悪している鬼族や獣人族でさえ同じ。バルダナの人間は武器を失えば素手で、手を失えば歯で噛みつき戦う。己が殺されるまで戦い続ける姿は、鬼や獣にすら恐怖を与えるのだろう。


 この最終試練を最後に、この都市を後にした少年がいた。


「もう沢山だ! 俺は言われるまま訓練に励み、奴隷や猛獣も殺したし傭兵として戦場で戦ってもきた。もう立派な戦士だ! だが、まだ足りないというのか! よりによって戦友を、我が友と殺し合えだと!」


 少年は泣いた。バルダナで男が泣くなど有ってはならない。泣いて良いのは幼き時のみ。それ以外は親が亡くなっても泣いてはならないのだから。

 だが自分はバルダナを捨てたのだ、幼き頃より育ててくれた故郷を。周りには誰もいない。今この時ぐらいは泣いても良いではないか。

 友を殺した自分を神は許してくれるだろうか? 

 死んだ友は許してくれるのか?

 もう会うことは無いだろう両親は?

 もし会えば、親子といえど殺し合わねばならなくなる。バルダナとはそう言う場所なのだ。なんという酷い国だ。


 少年は、夜空の星に向かって叫んだ。


「何故だ! 何故殺し合わねばならないんだ! 俺は、ただ普通に生きていければ良いんだ。その為に今まで戦って来たんだ! 友と語り合い、笑い、泣き、一緒に過ごして生きれば良かったんだ! 誰か教えてくれ!」


 涙が止まらない。やむを得ずとはいえ、この手で友を殺さねばならなかった。

 最終試練、友は物凄い殺気を放ち襲いかかってきたのだ。お互い相打ちになるはずたった。それで良いと思った。二人で死ねるのならそれで構わないと。友の体に剣を突き立てたとき、相手の剣は止まっていた。

 そして友は笑って死んでいったのだ。あれはどういう意味なのか。


 友と同じ場所に立っていた。二人で手を携え、何者よりも強く誇り高く生きてきた。国家のために仇なすものを次々と屠り、戦場で屍をきずいてきた。何人殺したか覚えてなどいない。だが一人、愛する友を殺した時、少年の心は壊れた。


 走った。何処をどう走ったのか覚えてはいない。体力の続く限り走り続けた。何も食べず、飲まず、前を見ているのに見えていない。何かが聞こえているのに聞いていない。川を渡り山を越え、何日も何日も走り続けた。そしてある日、その森に辿り着いた。

 見たことも無い森、そこで少年の体力は尽きた。その場に倒れ伏す。身体に力が入らない。そして意識は遠くなっていく。



 ―――


 俊が書いた小説の一部、プロローグにあたる部分だ。バルダナの少年が倒れるまでのエピソードが書かれている。

 少年との呼び方にしたのは、単純に主人公にしたかったから。転生してきた高校生の名前にするという単純な発想だ。

 彼に地球の誰かが転生し、物語の主人公としてアミマナ王国の姫を助けていくというストーリー。

 この後はアミマナ王国の内情やシシラギの動きについて執筆していた。アミマナ滅亡後に転生してくる流れで考えていたから、転生者が誰なのかも書いていなかった。

 当然倒れた少年がどういう想いを持っていたかなど書かれていない。



 ―――




 少年は想った、亡き友を。そう、ずっと一緒にいたのことを。

 二人で組んだあの日から、彼女とともに訓練に励み、戦い、語りあった日々。それが思い出される。


「ねえ、このバルダナに生まれたこと、どう思う?」

「良かったんだと思う。なぜなら俺達二人が出会うことができたんだから」

「そうね…… あなたと組めたのは良かったと思うわ」

「ああ! 二人で戦えば誰にも負ける気がしないんだ」

「私が聞きたいのは、そういうことじゃなくてね……」


 走馬灯のように流れる二人の日々の光景。

 何時だったのだろう、あの時の彼女の言葉は、


「あなたと組むことができて嬉しいのは本当よ。二人でいるから強くなったのも間違いのない事実。でもね、私が望むのは強さや栄誉じゃないの……」

「……」

「ただ幸せに笑って過ごしたいの。あなたと一緒に…… でも、ここでは許されない…… 争いがある限りはね……」


 胸に残る彼女の言葉。その表情は悲しみが浮かんでいた。


 それから暫くたった頃だった、俺達二人が最終試練に選抜された。

 その夜、彼女が一人泣くのを見た。空を見上げ泣いていたのだ。

 少年は姿を隠してその様子を見ていたが、とても声を掛けることができなかった。この国では、弱さを見せることは許されないのだから。

彼女は呻くように何か言っていた。

空に向かい訴えるように。

彼女のために見ないふりをした。

でも、それは正しかったのだろうか。



「もう、こんな世界は嫌なの…… 誰か……」

「助けて……」

「お願い…… 誰か、助けて……」

「こんな酷い世界…… 誰か変えてよ…… 」

「お願い…… 誰か……」


 彼女の言葉を聴きとることはできなかったが、あれほど悲観し泣くほど厳しい試練なのかと少年は考えた。そして、何としても彼女を守ると心に決めたのだ。


 少年は愚かで浅はかだった。

今思えば、彼女は知っていたのだ、自分たちを待つ悲しい運命を。





 残酷な試練の内容に少年は言葉を失った。


「最終試練だ。今まで組んでいた相手を殺せ! 勝者はバルダナの戦士の称号と栄誉を手にし、次代の指導者となることを約束する!」



 とうとう始まった時、彼女は泣いてはいなかった。そして少年を真直ぐに見つめた。

そして、彼女は俺に言った。


「あなたを愛してる。だから…… 私の手であなたを殺すわ」


 それが少年に対する彼女からの最後の言葉だった。


―――


シュンは知らなかった。

少年の相方である戦友ともとは女性だったことを。自分で書いた小説なのに、そのような認識は持っていなかったのだ。


―――


 少年の意識が薄れていく。

もう生きる気力を無くした自分は死んでいくのだろう。

 せめて、彼女の許へ行きたい。あの世でまた会いたい。そしてまた二人で生きていきたいと強く望んだ。

 そして意識が途切れる。


(次に生まれるときは…… 殺し合いのないところで…… 平和で幸せな世界。そのような世界に二人ともに生まれ変わり…… 一緒に暮らそう。愛する……     )

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