第6話 シュンとラミル1 この体の持ち主
森の中で二人が並んで
トロルに襲われた少女は身に付けていた鎧と服を失っていた。危ういところを助けてくれた隣の少年が、着ていたシャツを脱ぎ、肌を晒さないようにしてくれた。
「ねえ、シュン……」
少女の呼びかけに、
「ん? 何だい、ラミル」
少年は応じる。
「治療もしてくれたし…… 改めて言いたいの。ありがとう」
「どういたしまして」
薬草を使った治療で少しよくなったとはいえ、腫れ上がった顔を隠すかのようにしながらも感謝の言葉をのべるラミルに、優しく微笑みながら言う。
「それでねシュン…… 悪いと思うけど、もう一つお願いをしても良いかな……」
「ああ」
「あそこにある大きな葉っぱを何枚か、それと草の蔓を取ってきて欲しいの」
「……分かった。直ぐ採ってくる」
ラミルに言われた通りに葉と蔓を採って姿を見ないよう気を遣いながら渡す。
「ありがとう。少し…… 離れていてくれる?」
「分かった、気にしないでくれ。一時間ほどこの周りをブラブラしてくるから。何か用があれば大声で呼んでくれ」
「うん……」
シュンはお互いが見えないように離れた場所へ移動した。そして何か食べられないか探す。ここに来てから何も口に入れていなかった。喉も乾くし腹も減っていた。近くには茸が生えている。直感的に食べられるかどうかが分かった。見たことも無い茸なのに、その知識を持っていることが不思議であった。さっきまで気にしていなかったが、ラミルの治療に使った薬草も使用方法まで知っていたのだ。
ふと耳を澄ますと水の流れる音が聞こえる。その音を頼りに歩いていくと小さな沢があった。少し口に含むと、
「美味い!」
日本の清流の水のように美味しい水が流れていた。手で掬い何度も飲むと落ち着いてくる。周りを見て手ごろな葉っぱを採り折って入れ物を作る。後でラミルにも持って行き飲ませてあげられるなと思った。
そして水を汲もうと水面を見ると自分の顔があった。
「これが俺の顔か……」
元の世界とは違う顔。だが歳は同じくらいに思える。目は鋭く精悍な顔付きといっていいだろう。正直、現代の日本ではなかなかお目に掛かれないと思える。頼りがいのある逞しさと、それでいて何処か深い悲しみを帯びているような、そんな顔だった。
「そういえば、この体は誰のものなんだろう…… 転生ものだと色んなキャラになってるからなぁ……」
モブでなければいいなぁ、などと思いながら考えをめぐらす。
「ひょっとして、あの知識はこの体の持ち主のものだったのか?」
そう考えれば辻褄が合うのではないか。元の世界と違う知識が出てくる。では、この体には元々持っていた記憶が残っているのではないか? 目をつむり記憶を辿ってみる。
すると一人の人物が思い浮かんできた。
「そうか、 そうだったのか…… この体は…… 」
不思議な事が続いている。元の世界と違う人間となった筈なのに、双方の記憶を持っている。こんなことが起きえるのだろうか。
疑問に思っていると、シュンは元の世界での父とした会話を思い出す。
~~~
「おいシュン。お前、本当に異世界のラノベが好きなんだなぁ」
「親父、また勝手に俺の本棚漁ったな!」
「大事な息子がどんな本に影響されているか確認するためさ」
「ふざけんな!」
「はっはっは。まあ良いじゃないか。それにしても、異世界転生か…… まあ、あり得る話ではあるな」
「は? 親父、本当に転生なんてあり得るのか?」
「何言ってんだ? 例えば輪廻転生なんて言葉はお前も知ってるだろう。昔からあるんだよ」
「でもさ、それって分からないじゃないか。死んだわけじゃないんだしさ。まして異世界だぞ?」
「あのなぁ、日本人だから日本人として生まれ変わるとか決まってるわけでもないだろ。そもそも死んだあとに魂が何処に行くかなんて人間みたいなポンコツに分かるわけないじゃないか。異世界への輪廻転生だって有るかもしれんし無いかもしれん」
「それじゃ結局、転生できるかどうかなんて科学的な証明のしようがないじゃんか」
「お前なぁ、科学なんて幼稚なものでできるはずねぇだろ」
~~~
「霊魂と体の関係が分かると説明しやすいかもな」
「??」
「俺達人間は肉体と魂に分けられる。本来、人間の本体は霊なんだ。肉体は器にすぎない。肉体に霊が宿ると魂というんだ。つまり、肉体から魂が離れれば人は死ぬ。そして離れた魂を霊という。それで霊魂という言い方がある」
「ふ~ん」
「そうだな、例えば人間が生まれてくるとき、霊が上から見ているって話を聞いたことあるだろう。そして、あのお母さんから生まれたいから生まれてきた、と話す子供がいる。子供が小さい時にお腹の中の事や前世の記憶を話すことがある。つまり、これらが人間の本体である霊や魂、つまり霊魂だといえるんだろうな。それが新たな体に宿り人として赤ちゃんが生まれる。だが、その記憶は年齢を重ねるとともに忘れていく。その繰り返しが転生。まあ、上手くできてるよな」
「ああ、その話って聞いたことある。親父からだけど……」
「ふっふっふ。そう、俺はテレビなんかと違って本当の事しか話さんからな」
「まあ、テレビなんて嘘ばかり、天気予報以外は信じないと親父言ってるもんな…… でもそういうこと言うから、親父の話はうさん臭くなるんだよ」
「褒めるなよ」
「……褒めてねぇよ」
「はっはっは、まあ聞け。例えば死にかけた人間がいて、幸い助かったとする」
「ああ、それで?」
「普通は助かって良かったね、で終わり。めでたしめでたし、万々歳だ。だが稀に、助かったがまるで別人のようになっていた、なんて聞いたことあるだろ」
「ああ。その時のショックで性格が変わったとかいうよな……」
「俺の見方は違う。そいつは本当に死んだんだ。つまり、死んだとき肉体と魂を繋ぐ紐が切れた。この紐を日本では
「なるほど…… かなりスピだな。で、それから?」
「だがそこで別の霊魂が魂の緒を繋ぐことがある。何故そうする必要があるのかまでは分からんが、死んだはずの人間が別の魂によって生き返る。その結果全く別の人格となるんだ」
~~~
「親父の言っていたことがあっているとすると、俺はこの体と繋がったということだよな……」
(だが、それで記憶が共有できるものなのか? 人間の本体が霊魂とすると、元々の自分の記憶が魂にあるのは分かる。しかし、身体は器だとするなら記憶は残っているのだろうか? 脳に記憶されたままだとして他の魂が引っ張り出せるのか?)
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「車に例えるとな、魂に当たる運転者がどう車を運転したかの記録はエンジンコンピュータに記録される。人間なら脳への記憶だ。他にも好きな音楽やよく行く場所はナビに、他にラジオの局とか持ち主の行動や好みが残っている。車に着いた傷だって言ってみれば傷という名の記憶だ。次に乗った者がそれをどうするか、好みに応じて使うかどうかというだけ。
つまり、人間の魂が別の魂に変わったとしても、それまで経験してきた記憶は脳や体に刻まれている。それが必要かどうか、どう使うか、という話で同じ人間として記憶を共有しながら生きていくことは可能だ、ってだけの話さ」
~~~
父の言葉が蘇る。おそらく、あの時語っていた言葉のとおりなのだろう。そう思うと分かることがあるのだ。
自分の小説の中に書いていた、ある人物を思い出したのだ。
パンレムゲリアにおいて最強の軍事都市バルダナ。
辺境にあり、力を絶対視する歪な都市国家。幼きころより徹底的に戦闘マシーンとしての訓練を受けさせられる。
幾人かは才能を見込まれ選抜される。試練を乗り越えればバルダナの戦士としての称号と栄誉を与えられ、次代の指導者としての地位を約束される。だが挫折すれば死が待っている。
そこに生まれた一人の男。
その男はまだ若く、とても強靭な肉体を持ち、武に優れ、数々の戦場を生き抜いた誇り高き戦士。
だが、次代を担う選抜の最終試練において壊れてしまう悲劇の男だ。
「そうか、この体は…… 軍事都市国家バルダナの…… あの少年だ……」
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