第5話 ラミル

 俊は倒れている女性を見た。自分と同じ位の年齢の少女だ。その姿を見れば、危うく汚されるところだったのが分かる。

 彼女の口元に手を当てると、呼吸をしているのが確認できた。


「良かった、まだ生きている」


 そう言うとシャツを脱ぎ彼女の体に被せる。そして、先ほど蹴飛ばしたトロルを見た。


「てめぇはトロルか? ラノベに出てくる奴だよな」

「お前か! 我を蹴ったのは!」


 トロルは立ち上がり俊を睨みつける。


「こんなに女の子を痛めつけるなんてな…… 酷いことをしやがる!」

「人間の雄…… よくも我を蹴ってくれたな…… 簡単に死ねると思うなよ」


 蹴られた処を押さえながら、トロルは置いてあった棍棒を手に取る。


「ほう…… 言葉を話すとはな」


 異世界に来たのは理解した。だが、魔物として扱われる生き物が言葉を発したことに驚く。


「うぅ…… た、助けに…… あ、ありがとう…… でも逃げて…… トロルに…… 殺されるわ」

「大丈夫だ…… 少し待っててくれ。あいつを殺してくる」


 呻きながら俊を逃がそうとする女の子に答えると、トロルの前に立ちふさがる。見ると三メートル近い体長とがっしりとした体をしている。

 俊は此処まで駆けつける間にトロルの動きを見ていた。大きく力強いが動きは鈍い。人間でいうなら一般の普通の人々と同じかむしろ遅いくらいだった。相手の攻撃をまともに受ければ、ただでは済まないだろうが、当たらなければ何の問題もない。


「叩き潰してくれるわ!」


 棍棒を振り回し襲いかかってきた。右の片手で大きく振り上げ、俊に向かい叩きつける。当たれば骨折どころか内蔵と一緒に潰されるだろう。

 だが俊は、

 相手が振り下ろそうとした瞬間に相手の右側懐深くに入りこんだ。空手の流派によって名称は変わるが、入り身という基本的な動きだ。

 トロルの視界からは棍棒を叩きつけた瞬間、相手が消えた。その僅かな時間で俊は蹴りを放つ態勢になっていた。


 ――バキッ


 俊はトロルの右膝関節を真横から正確に蹴り折った。

 崩れ落ちたトロルの顔が俊と同じくらいの高さまでになる。

 ベルトの左側腰辺りに差しておいたナイフを逆手で抜き放ち、


 ――ザッ


 そして、


「グボァ!」


 トロルの喉に突き刺し、そのあとえぐる。

 声にならない悲鳴をあげる。ナイフを抜き血を振り落とす。汚れを拭き取り鞘に戻す。

 トロルは顔面から倒れて絶命した。


 ――――――


 少女は殆ど動かないまま、信じられない現実を見ていた。

 あの忌まわしいトロルに打ちのめされ、なぶられようとしたその時、突然現れた少年が助けてくれたのだ。しかも自分では全く歯の立たなかった相手をあっさりと殺したのだ。

 すると、少年が向かってきた。膝をつき顔を近づけると、


「酷い目にあったな…… 大丈夫か?」


 優しく声をかけてくれた。


「うっ、うぅ……」


 涙が止まらない。

 絶望の淵に立たされ、痛みと恐怖で心が折れる寸前に救われた。その安心感とそれまで受けていた様々な感情とに混乱して嗚咽おえつとともに泣き続けた。


「先ずは治療しないと……」


 俊は周りを見渡す。すると薬草と思われる物を見つける。ツワブキに似た草を取ると、よくもみほぐし患部に貼る。


「うぅっ……」


 少女の口から貼られたときの冷たさに声が漏れる。だが暫くすると熱を取って患部の痛みが和らぐ。

 俊は何度か薬草を取り替えながら様子を見ると、少女の呻き声が聞こえなくなり、そのまま眠ってしまったのか寝息が聞こえた。




 少年は少女を治療し続けた。すると、やがて目が覚めたのか、少女は起き上がろうとする。

 その様子を見て後ろからゆっくりと支え、体を起こし少女を座らせた。殆ど裸にされた彼女を見ないようにしながら、改めてシャツを肩からかけなおす。


「……話をしたいが大丈夫か。あと、俺の言葉は判るか?」


 少女は小さく頷いた。


「俺の名前は俊。先ずは君の名前を聞かせてもらえるかな」

「……ラミル」

「ラミル…… 何というか…… 綺麗な名前だな」

「……ありがとう」


 治療のおかげか、少し声が出るようになった。少年は少女の声を聞いたあと尋ねる。


「ラミル、ここまで来るときに助けを求める声が聞こえたんだ…… 何度も…… あれは、君なのか」


 俊の問いにラミルは首をかしげる。


「声? 分からない…… 分からないわ、助けを求めたのは…… トロルに……」

「ああ、悪かった、その話はもう良い…… 落ち着いてくれ」


 先ほどまでの恐怖が蘇ったのか、言葉に詰まるラミルを見て話を止める。しばらく見守ると落ち着いてきたようだ。


「別の事を聞きたい。良いかな」

「うん……」

「変な事を言っていると思うだろうが、俺は此処がどこなのか分からないんだ。気づいたらここにいたんだ。ここが何という世界で何という場所なのか」

「この世界…… パンレムゲリア。どこまで続くか分からない、この大地のことを私達はパンレムゲリアと呼んでいるわ。あなた、知らないの?」

「パンレムゲリア…… だって……」


俊は驚いた。自分の書いた小説のタイトルが同じ名前なのだから。

その事を知らないラミルは、少年の反応を不思議に思った。そして、この世界の人間なら子供だって知っている常識を、目の前の少年が本当に知らなかったのだと分かった。


「本当に知らなかったのね…… そして、ここはアミマナ王国よ」

「アミマナ王国…… ほ、本当にここはアミマナ王国なのか!」

「本当よ。どうしたの? そんなに驚いて?」

「あ、いや…… 済まない。一応、名前を聞いたことはあったからな…… まさか、自分がそこにくるとは思ってなかったんだ」

「……そう。余程遠い所から連れてこられたとかなのね」

「まあな…… 俺達がどういう状況にいるのかも教えてくれ」

「……その前に、もう一度あなたの名前を教えて」

「俊、河畠 俊だ」

「そう…… シュン カワバタね。 シュンと呼んでも良い?」

「ああ、良いよ」


 ラミルは少し微笑んで、

「シュン、ここはアミマナ王国の王都からサクラダ国へ向かう街道の途中にある場所。王都はシシラギに攻められて…… 私は王女のサリナ姫様の護衛よ。姫様を落ち延びさせるため、護衛騎士のマーベル隊長と一緒に脱出したのよ。でも途中で鬼族に襲われて…… シュン、あなたに助けられたの」


 ラミルの話を聞いて驚く俊。


「アミマナ王国…… サクラダ国にシシラギだって…… 王女のサリナ姫とマーベル隊長…… そんな…… まさか……」

「どうしたの?」

「……ラミル、アミマナ王国の王様の名前って……」

「「レイオス三世か」「レイオス三世よ」」


 ラミルの言葉と自分の言葉が重なり、その時に俊は確信した。

 ここが、自分の書いたネット小説の世界だと。自分が創造したはずの作品名、国名と登場人物の名前、アミマナ王国が滅びるという状況、全てが一致したのだ。


(俺が考えた世界、パンレムゲリア…… だが、そこは元々違う宇宙に存在していた世界だった。そして俺を通して存在を明らかにした……)


 思い出した父との会話。理論上は存在するかもしれない並行宇宙や違う世界。

 自分が考えた世界が実際に存在し、しかもその世界に来てしまった。


(この世界が存在を明らかにした…… それは良い。だが何故だ? 俺が知っているのはアミマナ王国が滅び、姫が落ち延びるまで…… その先は考えたが、何も浮かばなくなった。つまり、この先は何が起こるか全く分からないんだ…… 俺がこの世界に来たのは何故なんだ…… 俺に何をさせようとしている……)










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