第3話 あるキャンプ場にて

「親父! 大きい山女魚やまめが釣れたぞ!」

「おぉ!! でかした!」


 俊は二十センチオーバーの山女魚を掲げる。

 ここは山に囲まれた某県の渓流だ。漁業権を買って川に入る。

 父は餌を使って何匹か釣り上げている。俊は初めてフライフィッシングで挑み、初の獲物を得た。記念にスマホで写真を撮った後、ナイフを使ってはらわたとエラを取る。

 親父のところに戻ると、その辺にある石を集めてかまどを作っていた。


「おい俊、こっちの山女魚も捌いてきてくれ」

「はいよ」


 魚籠びくを受け取り川辺で同じく下拵えをする。それを持って戻ると口から串に刺して塩をたっぷりと振る。

 俊が釣り上げた山女魚はホイル焼きにする。塩コショウのあとオリーブオイル、香草、バターを使いアルミホイルで包む。

 火をつけるのにはメタルマッチを使用する。麻縄を解き火口にして点火。勢いよく火花が飛び、着いた火を消さないように慎重に小枝などに移していく。

 火が落ち着いてきたので焚き火の周りで魚を焼き始める。


「良し! 親父、火が付いたし、魚の準備も終わったよ」

「おう、サンキュー。それじゃあ飲むか!」

「何からいく?」

「日本酒」

「えっ! そこはビールじゃないのか?」

「俺は最初にビールは飲まん! お前が飲め」

「……俺はまだ未成年だぞ」

「大丈夫、うちの場合は数え年だから」

「いやいや、たとえ数え年でも二十歳にならんが」

「ごちゃごちゃうるせぇな。江戸時代ならとっくに元服だろうが」

「今は令和の時代です」

「お前もつまんねぇ奴だなぁ。親が公認なんだから構わねぇだろうに。俺の時代には小学生から日本酒なんて奴もいたのによぉ」

「今は令和の時代です」

「全く、酒が不味くならぁ。そこのビールという名前のジュースは、俺が綺麗に片付けとくから安心して水でも飲んでろ」

「いや、普通にジュース持ってきたから」


 父親に酒を注いだ後にスポーツドリンクのペットボトルを取り出し乾杯する。魚が焼き上がるにはまだ時間がかかるだろう。


「なあ親父、なんで此処のキャンプ場にしたんだ?」

「釣りとキャンプが同時に出来るし、周りの雰囲気や高台からの眺めは最高。近くに温泉があって、帰りながらひとっ風呂浴びれるんだ。後は直火で焚き火出来る、これは大きいな」

「なるほど、なるほど。他にもあるのか?」

「後は…… UFOが見られる…… かも」

「……ひょっとして、それが一番の理由か?」

「俊、酒が無いぞ。もっと注げ」

「……ほらよ」


 何故か持ってきた大ジョッキに並々と日本酒を注いで渡す。


「良く出来た息子で俺は嬉しいぞ!」

「なんで喜んで飲んでんだよ……」


 父の飲みっぷりに呆れながら魚の焼き具合を見る。そろそろ頃合いだ。


「ほれ親父、良い感じに焼けたぞ」

「おう!」


 酒の肴に山女魚の塩焼きを頭から食べて行く父親を見て、


「親父…… よく頭から食えるな」


 ジョッキの酒をグビッと飲み干し、


「この位の大きさの魚は頭から食うもんだろ」

「いやいや、そんなわけ無いだろ」

「情けないこと言ってるんじゃないよ。鰯も秋刀魚も頭から食うもんだ。お前も頭から食えや」

「いや、無理無理!」

「まったく、これだから毛も生えてないガキは……」

「何言ってるんだよ、んなもん生えてるわ!」

「んん? ああそうか、間違えたな。皮かぶってるガキだな」

「……皮って……! か、かぶってねーよ!!」

「ワッハッハッ。まったく我が息子ながら、揶揄からかいがいのある面白い奴だな」

「うるせーや!」


 父は笑いながら再び酒をジョッキに注ぐ。そして一気に飲み干すと、


「おい俊、俺はしばらくテントの中で横になってるからな。火の番を頼むぞ!」

「ああ、分かったよ」

「残ってる酒は後で飲むが、飲みたけりゃ全部飲んで良いぞ」

「飲まねーって!」


 父親が寝ている間、俊は焚き火をずっと見ていた。季節は夏だが、高原だから標高が高いので以外と涼しい。火の暖かさが心地よい。

 焚き火をボウッと見ていると徐々に意識が薄れていく。目の前の炎を見ているのだが、音が段々と気にならなくなってくる。やがて周りの事も忘れてしまう。すると、普段は見えていないものや聞こうとすら思わないものが聞こえたりすることがあるのだ。目や耳など肉体を通さず直接に魂へと訴えかけるような何かが。


 ――誰か

 ――誰か助けて…… お願い……


 俊は不意に誰かに助けを求められたような気がした。気になった方を見ると、森の奥の方に空間の歪みのような物が見えた。だが、その手前には木々が生い茂り、そこを見通す事など出来ないはずなのだ。なのに何故か見えたことに俊は戸惑う。そして、其処に行かなければならない、そう感じ取ってしまったのだ。


「おい、俊!」


 その時、父に呼ばれて我に返る。


「親父…… どうした……」

「お前、まだいたのか……」


 父の言っている事が分からず首をかしげる。


「さっき俺に言っていたろう…… えっと…… あの女の子と一緒に行ってくるって」

「はぁ? 女の子? 何を言っているんだ親父、酔っぱらって寝惚けてんじゃないのか?」


 父の眼差しからは、真剣に俊を心配しているのが分かった。だが、俊にしてみればテントの中で寝ていたはずの父が言いだした事に思い当たることは無かった。


「うん? そうか…… ああ、夢か…… 夢なのか、あれは……」


 父の言葉を不思議に思いながらも、俊は自分が感じた事を聞いて欲しくて父に話をする。


「夢? まあ、よく分からないけど。それより親父、ちょっと聞いてくれ!」

「ん? なんだ?」

「実はさっき、声が聞こえたんだ。女の子の…… 助けを求めるような声が」


 そう言いながら森の奥を指差す。


「ここから見えないけど、森の奥が見えて…… そこから呼ばれた……」

「呼ばれた、だと……」


 暫し考え込む父を見て、俊は改めて目の前の森を見ながら自分の言っていることが矛盾しているのに戸惑う。だが父は、


「そうか、なら早く行け! ……あ、ちょっとまて。これも一緒に持って行け」


 父は俊の言葉を聞くと、調理のために持ってきたナイフを渡した。鋭い切れ味が自慢の逸品だ。


「良いのか親父、このナイフは……」

「女の子が助けを求めてるんだろ。早く行け! 何にも無けりゃ笑って済ませば良いんだよ。行け!!」


 父の言葉に押されるように俊は走り出す。


「ああ! 行ってくる!」


 走って行く息子の背中を見ながら父は呟く。


「……さっき見たのは予知夢だったのか」


 空を見上げる。

 まだ幼い頃、この山奥でUFO騒動があった。宇宙人に会ったとか誘拐された、はたまた違う星や世界に連れて行かれた等々。

 自分も空に白く輝く物を見た。それが何か知りたくて堪らなかった。この世には不思議な事が沢山あるのだ。

 大人になるにつれて、そういうものから関心が無くなっていく。いや、それは信じられない現実から目を逸らしているだけなのかもしれない。

 最近、あの頃の記憶が蘇ったかのようにこの場所へ来たくなった。そして、いざ来てみると不思議なことが起こった。だがそれは自分ではなく息子にだった。


「もし、あの夢が本当に予知夢なら…… 俺自身に起きて欲しかったんだがな」


 大きく深呼吸する。


「平行宇宙、パラレルワールド、UFOに異次元、そして異世界転生…… 何がどう絡んでいるのかわからんが、ムムゥ歴三十年の俺でもビックリの現実が起こってるのかもしれんな」


 空に向かって叫ぶ。


「俊、お前が羨ましいぞ! いいか、思いっきり楽しんでこいよ!!」










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