第4話 違う世界へ

 俊は森の中を走って行く。奥に進むにつれ胸のざわめきは激しくなっていく。


「もう近いはずだ……」


 感じた場所の辺りまでは来た。一度立ち止まる。


「何処だ……」 


 周りを見回すが分からない。

 その時、


 ――誰か、お願い……


 ハッとして振り返る。目には何も見えないが、そこに何かを感じるのだ。

 目を瞑り呼吸を整える。すると瞼の奥に薄らとした揺らぎのような物が見えた。ゆっくりと目を開けると、大きな木々の間の空間が僅かに揺らぎ、微かな光がその場所を照らしていた。

 其処へ導かれるかのように歩き、そのまま手を入れる。すると、俊は吸い込まれるように空間の中へと姿を消した。


 ―――――


「姫、前方に敵! トロルが1、ゴブリン20!」

「マーベル、突破できそうですか」

「します!」

「わかりました。このまま進みましょう!」


 王都を脱出したサリナ姫はサクラダ国を目指していた。シシラギ側は王都の包囲は間に合わず、姫の脱出を許してしまう。しかし、その後の逃走路は容易に予測できることから何度も鬼族の襲撃を受けていた。

 サリナ姫の脱出には護衛騎士のマーベルが率いる手勢が二十名いたが、既に半数近くに減っていた。


「ラミル!」

「はい!」

「私がトロルを引き受ける。お前は姫を守って進め!」


 マーベルは騎士見習いのラミルに命令する。だが、ラミルはその命令を拒絶し言った。


「マーベル隊長、私がトロルを引き受けます。隊長は姫を!」

「お前には無理だ!」

「いいえ! 隊長が姫の傍を離れるなどなりません。私が命にかえても奴を止めます!」


 目の前にいる彼女ではトロルに勝つことなどできないのだ。だが、姫の傍を離れるのは護衛騎士として難しい。


「……分かった。必ず生きて戻れ」

「はいっ!」


 マーベルはサリナ姫の許に馬を寄せ、


「姫、私が先頭で行きます。続いてください!」

「わかりました。マーベル、あなたに任せます。それとラミル、必ず戻ってきてくださいね」

「……姫様。必ず戻ります! さあ、お早く!!」


 ラミルは勢いよく返事を返し、防ぐべき相手であるトロルを見る。

 その言葉を聞き、自分を守らんとするラミルの後ろ姿を見てサリナは申し訳なく思うが、首を振り感情を断ち切ると前を見る。


「マーベル!」

「はっ! 皆、行くぞ、我に遅れるな! 姫を守るのだ!」

「おお!!」


 マーベルを先頭に姫の一団がゴブリンの群れに突っ込んでいく。

 それを防ごうとするトロルの前にラミルは立ちはだかった。


 その姿を見てトロルは下卑た笑みを浮かべる。


「小娘が…… たった一人で我を相手にするか」


 トロルの迫力に押され気味になるが、ラミルは必死に抗おうとする。


「ここは通さない!」


 剣を構え敵に向ける。


「面白い…… 小娘、お前も我が玩具にしてやろう」


 トロルは棍棒を振り上げ、ラミルに襲い掛かった。




 ―――――


 吸い込まれるように入り込んだ空間では何も見えなかった。目を開けているはずなのに目を瞑っているかのような視界だ。手や足、身体を動かそうとするが、微かな抵抗を感じるが、それは例えるなら水の中で動いているような、だが暖かく何かに包まれているような感覚だった。

(ここは何処だ? 俺はどうなったんだ?)

 そう思うが何も見えず、聞こえず、自分の体さえどうなっているのかも分からない。感覚はあるが、如何どうすればいいのか、ここから抜け出せるのか、ずっとこのまま閉じ込められるのではないか、

 そんな感情に囚われそうになった時、


 ――お願い…… 誰か、助けて……


 声がまた聞こえた。

 その声の主の許へ行かねばならない、そう思った瞬間、目の前に景色が現れた。


「……ここは…… どこだ……」


 俊は森の中にいた。だが、さっきまでいた森と違うのは明らかだった。葉の形、色、生い茂った草や土の匂いまでが変わっていた。目線の高さが違うからと自分の体を見ると一回り大きくなっている。

元々160センチそこそこの身長だったはずが、この体は180センチはあるだろう。手足の大きさも着ていた服も違う物になっていた。

体を動かすと何の抵抗もなく動く。

試しに空手の型をやると、体が大きくなった分、今までよりも更に力強い動きができる。


「体が…… 変わったのか……」


武道でずっと体を鍛えてきた。だが、この体は加えて違う物を持っていると感じる。例えるなら、幾度かの死線を越えたような…… 殺し合いを経験してきたような体だと感じたのだ。

ハッとしてナイフを探す。腰に差してあった

物を抜き放つ。


「これは…… 見たところ親父のナイフそのもの…… 職人が鍛えた逸品なのは間違いない。けど、鞘の材質が違うから別のナイフなんだろうが……」


持っていたナイフとの違いに考えを巡らす。


(あの時、親父がナイフを渡してくれたから、同等のナイフを手に持つことが出来たのかもしれないな……)


そう思い父に感謝する。これで自分の身体や持ち物に対する思考を打ち切る。

すると、


「!!」


何か叫ぶ声が聞こえた。

 周りを見渡すと森の先、少し開けた場所に何か人影のようなものが見えた。


「……あれは!」


 いるのは恐らく二人。一人は小柄だが、一人は異様に大きい。何か争っているように見える。

 そう感じた瞬間、俊は全力で走り出した。




 ―――――


(遊ばれている)


 ラミルはそう感じていた。トロルに対し何度も斬りかかり、その度に跳ね返されていた。敵は棍棒を振り上げ攻撃してくるが、本気で殺しに来ていないことが分かる。トロル相手にまともに戦って勝つことなどできないのは承知の上だった。だが、こうまで実力に差があると解らされ悔しかった。


「まだよ、まだここは…… 通さない……」


 目の前にいる人間の雌が、まだ自分に敵意を抱いて立ち続けていることにトロルは苛立ちを覚えていた。

 本来であれば、泣き叫び命乞いをしているはずだった。そのような人間を痛めつけ、恐怖と絶望を与え続けて殺していくのが堪らなく楽しいのだ。


「小娘…… 飽きたぞ……」


 棍棒を振り上げラミルに振り下ろす。剣で受けたが、


 ――パキンッ!


 重い打撃に耐えられず、唯一の武器である剣がたたき折られた。


「あっ!」


 折れた剣を見つめ、ラミルは動きを止めてしまった。そこにトロルの拳が襲いかかる。

 咄嗟とっさに受けるが、


 ――ドガッ

「うぐぁっ!」


 ラミルは防御したが衝撃を受け止めきれず吹き飛ばされた。トロルは棍棒を置き、殴り、蹴り続ける。


「ガァッハッハッ! これでお前も玩具だな」


 いやらしく舌舐めずりをしたあと、勝ち誇るようにわらう。


「うっ、うぅ……」

「泣け、泣いて叫び命乞いをしろ。そうすれば楽に殺してやっても良いんだぞ」

「くっ、だ、誰が…… するもんか」

「……ほぉう…… ならば…… 」


 トロルはラミルの髪を掴み起こすと顔を殴りつけた。


 ――ドガッ バゴッ ゴガッ


 ラミルの顔の瞼は腫れ上がり涙が止めどなく流れ落ちる。鼻水も途切れることなく、口からは血の混ざった唾液が溢れこぼれ落ちる。

 かろうじて呼吸をしているラミルの髪を離すと、その場に崩れ落ち地面に倒れ伏した。

 ラミルを転がし鎧の留め金を見つけるとニヤリと笑う。


「小娘…… いや、人間の雌だな。これからたっぷりともてあそんでやる」


 トロルはラミルの鎧を剥ぎ投げ捨てる。


「や、やめろ!」


 なんとか抵抗しようとするラミルを更に殴りつける。


「っが!」


 そしてまた髪を掴み顔を持ち上げると、そのまま地面に叩きつけた。


 ――ドガッ


 ラミルの抵抗はほぼ失われた。そして更に抵抗できにくいようにうつぶせに寝かせると下着に手を掛け破り捨てた。トロルはラミルの尻を少し持ち上げ背後にまわると手で腰を掴み、いやらしく、勝ち誇るようにニヤリと嗤う。

 本能的な危機を感じたラミルが、微かに呟く。


「や、やめて…… お、お願い… 誰か助けて……」


 ラミルの最後の抵抗であろう言葉を聞いたトロルは、いやらしく舌舐めずりし、涎を垂らしながら陵辱のために自分の腰を引いた。そして動かそうとしたその時だった。


 ――ドゴッ

「やめろ、クソ雑魚が」


 重く鈍い音と共に男の声がした。

 同時に、ラミルにのし掛かっていたトロルが吹き飛ばされた。

 その声は、屈辱に心が折れそうになり、純潔が汚されるのを覚悟し諦め掛けていたラミルの耳に、はっきりと聞こえたのだ。


「助けにきたよ」



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