第2話 ある高校生の小説
「ここにアミマナ王国は滅亡した」
入力が終わり保存する。
「良し、と。これで第一章は書き終えたな」
寝っ転がりながらスマホをいじっている少年がいる。
日本の某県に暮らす、ごく普通の男子高校生だ。
趣味は釣り、旅行、キャンプ、読書、嫌いなことは学校の勉強と答えるようだ。
小学生の頃から空手を習い、何度となく優勝の経験もある中々の腕前なのだ。
中学生になるとき、黒帯になるための審査がコロナ騒動で中止になり道場が閉鎖。茶帯のままなので有段者として認められていない。
部活動は空手部が無かったことから剣道部に入る。三年間で剣道二段となった。
高校に入学した時も武道をやりたいということで、とりあえず武道系の部に入部。なんだかんだ楽しく過ごしている。
この頃から内緒で少しづつ取り組んでいることがある。
実は中学の友達にアニメやライトノベルが好きな奴がいたのだ。元々アニメやゲームが好きなこともあり仲も良かったのだが、その友人がネット小説を投稿したのだ。当然、その小説を読んでみた。一応、面白いとは思って読んでいたが、特に気になったのがコメントだった。その小説へのコメント欄には、会ったことも無いのに多様な意見が寄せられていて励ましや応援も多かった。
知らない人とのやり取りで充実した生活を送る友人に触発されて自分でも書いてみようと思ったのだ。
何度か行き詰まる事を繰り返すも、やっと自分の書きたい物語が分かってきたようだ。
そして今日、その小説、「パンレムゲリア・サガ 」の第一章を書き終えたのだ。ちなみにパンレムゲリアとは、古代の超大陸パンゲアと沈んだ大陸レムリアの名前を合わせて作った名前でサガは物語という意味で使った。
「さてと、それじゃあ……」
「公開」をクリックする。
初の投稿。少しドキドキしながらも何とも言えない充実感を覚えた。
「ふぅ」と深呼吸をしてリラックスすると少し考えをまとめようとする。
この物語はパンレムゲリアという架空の世界で織りなす治乱興亡、様々な人物の栄枯盛衰を描く。所謂ファンタジーの異世界だ。エルフやドワーフなどお馴染みの種族やゴブリンみたいな魔物も登場する。だが、魔法は存在しない。こんな世界に一人の高校生が転生してどう絡んでいくのか、その成長を描くという壮大(?)な物語。
「あれ? 第一章全部公開しちゃったよ……」
投稿した後に書き溜めていたもの全てを公開したことに気付いた。1話づつゆっくりと投稿して、その間に第二章を書くつもりだったのだ。勿論訂正してやり直せば良いだけなのだが、何となく負けた気がしてその気にならなかった。
「まぁ良いか。第二章のこと、まだ考えて無かったけど…… えっとそうだな、サリナ姫の脱出のことから……」
俊は第二章のことを考え始めるがまとまらない。ああでもないこうでもない、と考えているうちにあっという間に時間は過ぎ去る。
「おーぃ俊、飯だぞー! 早くこい」
父親の声が聞こえた。
「あぁ…… 仕方ない。これから出かける予定だし、また今度にするか」
俊は起き上がり部屋を出る。食卓で椅子に座ると、ご飯と味噌汁、鰹の切り身をニンニク醤油でレタスと和えたおかずが並ぶ。
「いただきます」
俊の好物でニンニク醤油のせいかご飯が進む。食べながら、ふと横に目をやると置いてあった雑誌に目が行く。
「あれ?? 親父、また月刊ムムゥを買ってきたのか?」
「うん? ああ、また買っちまったよ。今回も面白い特集だったからな」
「ふーん、どんな特集?」
「お前が好きそうな奴。平行宇宙やパラレルワールドについての色々な記事だな」
月刊ムムゥはオカルトやスピリチュアル系で根強い人気を誇り、マイナーであるものの熱狂的なファンを多く持つ雑誌だ。例えばUFOなど、記事の内容によっては世間にブームを巻き起こすほどの影響力もあるのだ。
「パラレルワールドはなんとなくわかるけど、平行宇宙ってどういうの?」
「そうだな、今ここで生きている俺達の宇宙の他にも沢山の宇宙が存在する。無限と言っていいほどにな」
「イマイチわからないな……」
「パラレルワールドなら今この世界で生きている俺達はそのままだが何かが違う。例えばこの世界で魔法が使えたら、とか恐竜が今の時代にも生きていたらどんな世界なのか、みたいなことだな。たいして平行宇宙というのは、この世界とは全く違う世界が他の宇宙に存在するということ。宇宙は違うが、その世界は今この瞬間にもどこかで存在しているという話だ」
「うーん、分かるような分からないような……」
「簡単に言うとだな、お前の好きな異世界が実際に存在する。違う宇宙にな」
「ああ、なるほど」
「その異世界と行き来することも理論上はできるらしいがな」
「えっ、本当?」
「体はともかく意識的にはしてるらしい」
「どういうこと?」
「お前が考えた異世界があるとする」
「俺が考えた…… 異世界か」
俊は思わず先ほど投稿した自分の作品を頭に浮かべた。
「実はお前が考えたというのは思い込みであって、元々その世界は存在していた。どんな理由か分からないが、お前の意識と繋がった事により、お前の存在を通してその世界が自らの存在を明らかにした」
「そんなことが有り得るのか?」
「さあな、分からんが出来るのかもよ。人間の本体は肉体ではなく霊魂とか魂だと言うし、何しろ人間の意識は光よりも早いとか魂は空間を越えて動けるという学者もいるからな」
「えっ! 本当にそんな説があるんだ!」
「あるとも」
「ちなみに何て名前の学者先生?」
「お前の目の前にいるだろう」
「……」
「……」
「……何か、急に怪しい説に思えてきた」
「……息子よ、そんなに父の言葉は怪しいか?」
「ああ、充分に怪しいよ」
「嬉しい事を言ってくれる。月刊ムムゥ歴三十年を誇る俺にとって最高の褒め言葉だ」
「……何言ってるんだよ。はぁ…… 変わり者の父親を持った息子の身にもなってくれ」
「そんなに褒めても何も出ないぞ」
「褒めてねーよ!」
「怪しいなんて、褒め言葉以外の何物でもないではないか」
「意味わかんねぇ!」
「まあ、照れるな」
「照れてねー!」
「ハッハッハッハッ、 とにかくさっきの説明で分かったか?」
「……ああ、何となくはね」
此処とは違う別の世界。俊は自分が考えた世界が本当に在るのなら行ってみたいと思った。
「最近、異世界物のラノベばかりだもんな、お前の本棚。例えにはしやすかったな」
「本棚って…… 親父! また、俺の部屋に勝手に入ったな!」
「ああ、別に良いだろ」
「良いわけねーだろ」
「それでな、お前に一言言っておく」
「……なんだよ」
「机の後ろに隠していた奴な。あんな埃っぽいとこに置いておくなよな」
「机の後ろって……!」
「まあ、あれを見てお前が女の胸よりお尻に興味あるのは分かったが……」
「ち、ちょっ、ちょっと……」
「うん? なに動揺してんだ?」
「い、いや、あ、あれは…… と、友達がくれたんだよ!」
「別に良いだろ…… 男なら女に興味持つのは当然なんだから」
「う、うるさいな! 兎に角、あれはおれのじゃないから!」
「ワッハッハッ
「う、うるせーや! あぁもう、ご馳走さまでした」
手を合わせて感謝。美味しくいただきました。
そして馬鹿親父から逃げるように席を立つ。
「俊、食器を洗ったら、余ったご飯をおにぎりにするからな。そしたら出発だ」
「ああ、分かった」
この後、俊は親父とキャンプに行く予定だ。今日は夏休みに入って最初の金曜日。晩御飯を食べたら出発して土日でキャンプと釣りを楽しむ予定になっている。
そこに行かなければ何も無かったのか、それは誰にも分からない。
これから起きる出来事が良いのかどうか、それも当事者によって様々だろう。
いずれにしても、俊には自らに降りかかる事など知る術など無かったのだから。
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