パンレムゲリア・サガ (魔法の無い異世界で)
野良猫蜻蛉
第1話 プロローグ 王国滅亡
「姫! 失礼ながら入らせていただきます」
扉を開けて一人の女性騎士が入ってきた。
ここはアミマナ王国の王族が使う一室だ。
其処には
「マーベル、如何しました?」
窓の外を見つめたまま女性が尋ねる。その容姿に相応しい透き通るような声。普通の男なら声を聞いただけで心を揺さぶられるだろう。
「シシラギの軍勢が国境を越えて向かってきております。直ぐに支度を!」
女性は目を閉じ、
「落ち延びよ、と?」
「はい! 囲まれる前に」
少し黙考した後にゆっくりと眼を開いてマーベルに問う。
「父…… いえ、国王陛下はなんと」
マーベルは
「陛下は近衛隊を指揮し自ら討って出ると仰っておりました。」
「……そう」
「姫、お早く!」
「鎧を…… 私も戦います」
「なりませぬ!! 敵には鬼族が混じり、数で圧倒されております。
怒鳴るようにマーベルは答えた。
此処で両国間の事情を説明する。かつて隣国のシシラギ王国とアミマナ王国は友好国であった。だが、ここ数年急激に関係が悪化してきた。何かと難癖をつけアミマナ側を苛立たせるようになったのだ。あくまで噂であるが、相手の態度が変わった頃にシシラギの王宮への鬼族と言われる者たちの出入りが確認されたという。その後、シシラギに密偵を潜入させ調べると、噂どおり政治及び軍事に鬼族が介入し、更に一部の獣人族も協力しているとの報告が上がっている。
また、そのころのアミマナはシシラギへの強硬派と懐柔派に分かれていた。鬼族の介入という座視できない状況に強硬派はシシラギとの断交と軍備の増強を訴え、懐柔派は友好関係の維持を訴えた。双方の意見対立に悩んだ王は、最終的に隣国との長年の関係を維持することを望んだ。そのために懐柔派の勢いが増し、主要な要職を得たことによる権力と策謀により強硬派が追放されるという事態を招くことになった。王が気づいた時には強硬派の政治軍事双方に有能な者の殆どが追放ないし左遷されていて取り返しのつかない状態となっていた。
さらに語気鋭く伝える。
「陛下からのご伝言です! 我が娘、サリナに伝えよと」
「……」
「我、過てり。奸臣の
「……」
「近衛騎士のマーベルを側近として与える。今後は彼女を護衛騎士とせよ。また、サクラダ国の王はわが友であり信頼できる男だ。そして、追放したアルコス、ニコラの両名は真の騎士であった。彼らが愚かなる王を許してくれるならばお主の力になってくれるやもしれぬ。その時は頼るがよい」
「……」
「王妃が無くなってからというもの、娘には寂しい思いをさせてしまった。また今、このようなこととなり悲しい想いをさせてしまう。どうか許してほしい。お前だけは何としても生き延び幸せになってほしいのだ。辛い思いをさせるのに勝手だが、私にとって一番大切な宝はサリナなのだ。愛している、許してくれサリナ」
サリナは
「本当に…… 勝手ですわ、お父様……」
そう言うと立ち上がりマーベルを見る。
「マーベル、直ぐに城を出ます。準備しなさい。それから、侍女たちにも鬼族が来る、とにかく急いで逃げるように伝えて」
「はっ!」
もし鬼族が城内に入れば地獄のような惨状となる。鬼族は、おおよそ三つの種族に分けられる。通称ゴブリンと呼ばれる小鬼族、トロルと呼ばれる色鬼族、そしてオーガと呼ばれる大鬼族。いずれも人間に対する情など無く、襲ってくるときは無残に殺され
古より人間と鬼族とは相容れることなく殺し合いを続けてきた。鬼族は人間よりも力があるが知恵は足りず、ある程度の群れで行動することは合っても異なる種族同士で協力することなど無かった。それ故にシシラギ王国に鬼族が介入という事態が信じられないというのは無理もない。しかし現実にそうである以上、知能の高い鬼族が現れ種族を
マーベルは答えると部屋を出て脱出の準備をしに行った。その姿を見送ったサリナは着ていたドレスを脱ぎ捨て、馬に乗るときの服装へ着替える。そして姿見の前に立ち己の姿を見つめる。鏡には美しい自分が映っている。だが、泣いたことで目が腫れ表情は暗くなっているのが分かる。
(なんという酷い顔……)
そう思ったサリナは、ゆっくりと深呼吸をする。緊張した時どうすればいいか、今は亡き母が教えてくれた。
「サリナ、よく聞いてね。とても辛い時、悲しい時、あるいは心が乱れてどうすればいいか分からない時に如何すればいいか教えてあげるわ……」
「母上……」
サリナは鏡を見ながら、まずはお尻をキュッと締める。そして肩から力を抜くと下腹を意識する。そのままゆっくりと目を閉じ、気の流れを感じるように深呼吸を繰り返す。すると気持ちが落ち着いてくる。目を開き鏡に映る自分の眉間を見る。真剣な眼差しで集中し一喝!
「しっかりしなさい、貴女は強い!!」
母が教えてくれたことを自分でやってみる。自らへ叱咤したはずなのに、何故か母からの一喝のように感じる。もう涙は止まった。改めて自分の顔を見ると先ほどと顔つきが変わっているのが分かる。
「必ず、必ずここへ戻る!」
そう呟き、自分への約束とし、また亡き母への約束とする。母との幸せな日々は当の昔に終わっていたが、今日は優しく見守ってくれた父をも失う日となるだろう。それでも一国の王女として生まれた以上、国の命運を背負うのは当たり前の事。
「行きましょう」
部屋の出口を見ると歩き出した。もう振り返ることはしない。
どのような運命が待っているのかは分からない。それでも前を向き、己の為すべきことを考え進んで行くのだ。
後の史書に書かれる事になる。
この日、大陸暦300年11月1日にアミマナ王国国王レイオス三世が戦死、王都は陥落した。
シシラギ王国がアミマナ王国を征服。ここにアミマナ王国は滅亡した。
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