本編
中学生になった。その機会に、僕は自分を変えた。僕は、高校進学を人生の大きな分岐点だと思っていた。偏差値の高い大学に入ろうと思ったら、偏差値の高い高校に入った方が有利だ。そのためには、成績と内申書が重要だ。
僕は、小学生の間は授業中でも騒ぐ、ちょっとやんちゃな男の子だった。だから、クラスでは目立っていた。だから、小学生の時はバレンタインでチョコをもらえたのだろう。だが、僕は授業中に騒ぐのはやめた。なるべく静かにしていた。授業妨害をして内申書を悪く書かれるのを怖れたからだ。
結果、僕は“つまらない奴”になった。
とはいえ、僕は天然な所があって、時々笑いをとることがあった。当時の僕には、それで充分だった。
だが、小学生の時と同じこともあった。学級委員長を押しつけられることだ。まあ、委員長をやっていれば内申書も良くなるだろう。押しつけられるのは気分が良くないが、僕は場の流れに逆らわずに引き受けた。副委員長は女子だ。今の“男女平等”の精神には反するが、当時は男子が委員長、女子が副委員長と決まっていた。
なので、副委員長とは会話をしなくてはいけない。そう、副委員長とは会話が出来るのだ。女子と話す絶好の機会。しかし、僕は完全に“女子と何を話したらいいかわからない病”にかかっていたので、最低限の事務的な会話しか出来なかった。しかも、とうとう、女子と視線を合わせることも出来なくなっていた。女子と話す時は、目をそらしていた。挙動不審だ。僕は男子としか話せないようになっていた。
そして、バレンタインデーがやって来る。その時の僕は、学級委員長、文芸部部長(2年生がいなかったため)だった。前日、僕は期待していなかった。成績は上位だったが、まだトップクラスではなかった。1年生の間は、新しい環境に慣れることに専念したのだ。僕が勉強で目立つようになったのは2年生からだった。1年生の時、こんな地味な男子生徒がチョコなんてもらえるわけがないと思っていた。
ところが、バレンタイン前日、音楽の女性教師に声をかけられた。
「崔君、今年、チョコ5個もらえるで!」
「マジっすか?」
そうとわかれば、練習をしなければいけない。前夜、僕は鏡の前でスマートかつクールに受け取る練習をした。チョコをくれる女子には暖かく映り、しかも男子から冷やかされにくい受け取り方だ。台詞も必要だ。台詞も考えた。女子にはお礼を伝え、男子からは冷やかされないないような、そんな台詞を模索した。台詞を考えて、受け取る練習をしていたら、朝になりバレンタイン当日になっていた。結局、徹夜になってしまった。一晩かけて練習をしたのだが、練習をしなくても嬉しくて眠れなかっただろう。
で、結論から言うと……1個ももらえませんでしたー!
「崔君、もらえた?」
音楽の先生が楽しそうに聞いてきた。
「1つももらえませんでした」
「あれ? おかしいなぁ」
そして、僕は中学2年生になった。
2年になると、恐怖の洗礼が待っていた。担任の中年男性教師に放課後、1人だけ残された。放課後、夕焼けの茜色。誰もいない教室。まるで、学園恋愛モノのようなシチュエーションだ。なのに、僕は何故、こんな小太り中年禿げ教師と2人きりなのだろうか?
「崔、お前、生徒会長に立候補しろ」
「なんでですか?」
「他のクラスからも立候補者が出る。ウチのクラスだけ立候補者が出なかったらカッコ悪いやろ?」
「生徒会は3年になってからやります。2年でやると、先輩から“生意気や”と思われますので。ほな、また」
帰ろうとする僕の腕を担任が掴んだ。と、思ったら関節技をかけられた。その担任は、過去に2人の生徒の肩を脱臼させたことがある。令和の今では信じられない教師だった。
「なんで、僕なんですか? 僕以外でもいいでしょう?」
「アカン、お前はクラスで1番勉強が出来るし人気がある。お前が適任なんや」
「人気があるって、男子の人気でしょう? 僕、女子の人気が無いからダメですよ」
「アカン、お前が生徒会長になるんや」
とんでもない教師に目をつけられてしまったものだ。肩がギシギシきしんで痛い。痛みに負けて、僕は生徒会長に立候補することになった。結果、僕の天然スピーチで笑い炸裂、生徒会長の選挙では、学校史上ありえなかった大差をつけた圧勝だった。
だが、やはり3年生からのウケは悪かった。何度か嫌がされもされた。だが、生徒会長をやっていれば内申書も良くなるだろう。悪いことばかりではないはずだ。僕は、成績も急上昇、トップクラスに入り始めた。当時の僕は、文芸部部長、生徒会長だ。足も速かったし、体育祭でも目立ったと思う。文芸部として出場した、体育祭のクラブ対抗リレーでは2位だった。しかし、放送部のアナウンスはこうだった。
「1位、野球部、2位……、3位サッカー部……」
とことん知名度の無いクラブだった。先輩がいないので、みんなで遊んでいただけの部活だったが、作文や標語で幾つか賞をとったことがあるのだ。なのに、無名。
そういえば、生徒会長だったので、いつも朝礼の度に壇上に上がっていたのに、それでも目立たなかったのだろうか? 相変わらず、僕には浮いた話が一つも無かった。まあ、僕はイケメンではないし、仕方がないと諦めていた。
当時、仲の良いグループで、“罰ゲームジャンケン”をよくやった。最初に罰ゲームを決め、ジャンケンで負けたら罰ゲームをするのだ。
例えば、或る日、僕ともう1人が負けた時。モップとタワシを持って、女子に、
「どこ洗ってほしい?」
と迫るとか。
或る日は、顎がしゃくれた女子の顎に学生服をかけようとして、
「あ、ハンガーかと思ったわ」
と言った。この時は、その昼休みから放課後まで、その女子にずーっと睨まれた。耐えられなくなって、放課後に謝って許してもらった。
こんなことしていて、モテるわけがない!
ちなみに、関西では、勉強が出来てもモテない、運動神経が良くてもモテない、生徒会長をやっていてもモテない。おもしろい奴がモテるのだ-! (あと、イケメン)残念ながら、当時の僕はおもしろくもないし、イケメンでもない。その年のバレンタインも期待していなかった。だが、また音楽の教師に言われた。
「崔君、今年こそ5個もらえるから」
「マジっすか? でも、去年は1つももらえませんでしたよ」
「私、相談されたから今年は大丈夫、良かったね」
そういうことなら、早速練習だ。スマートな受け取り方、受け取るときの台詞を鏡の前で考える。端から見れば、多分、すごく情けない姿だっただろう。僕は、またバレンタイン前日は徹夜になった。だが、練習をしなくても、期待でドキドキして眠れなかったと思う。
結論から言おう……結局、1個ももらえなかった-!
「崔君、もらえた?」
「1つももらえませんでしたよ、先生」
「あれ? おかしいなぁ」
3年生になった。僕は大体、学年で2番から4番の成績だった。だが、1度も1番にはなれなかった。そんな僕でも、恋はする。僕は、同じ塾の翔子が好きだった。翔子は、トップクラスではないが成績上位、控え目で、笑顔のカワイイ女子だった。出来ることなら、翔子からチョコをもらいたかった。“私と付き合って!”と言ってほしかった。だが、翔子は毎年、誰にもチョコを渡していないようだった。僕の方から翔子に告白しようか? ずっと迷っていた。
修学旅行では、レクリエーションタイムの出し物で、文芸部として出場、喜劇をやった。これは意外に笑いをとった。それでも目立たない僕だった。そんな僕でも、3年のバレンタインは気になった。何故なら、中学3年生のバレンタインには、“高校に行っても仲良くしましょう”という意味が込められているからだ。そして、音楽の教師は言う。
「崔君、今年こそ5個やから!」
「ガセネタは、もういいですよ!」
と、言いつつも期待してしまう僕。3年連続でバレンタイン前夜は徹夜、受け取る練習と受け取る時の台詞の練習をした。
今回も結論から言うと……また1個ももらえませんでした-!
しかし、1つももらってこないと、母が心配するようになっていた。だから、僕は自分でチョコを買って帰った。しかも、見栄を張って2個も買ってしまった。自分で買ったチョコは美味しくなかった。
卒業式、僕は最後まで翔子に告白できなかった。今も後悔している。卒業式なのに、僕は別れを惜しむこともなく、スタスタと家に帰った。これが、僕の暗黒時代の前半の3年間だった。恐ろしいことに、暗黒時代は更に3年続いた。男ばかりの高校に進学してしまったからだ。
高校に入ると、まずテニス部に入部した。女性との接点が1番ありそうな気がしたからだ。そしてテニス部の友人のバイト先で僕もバイトを始めた。バイト先は、ファミレスだった。女子高生や女子大生が多かった。僕は1つ年上の真亜子に惚れた。僕と僕の知人と真亜子と三田先輩、4人で2~3回カラオケに行った。僕が告白する前に、真亜子は三田先輩と付き合い始めた。僕は、戦わずして負けた。それが、高校1年生で1番印象に残ったことだった。その頃から、僕はいじられキャラになった。真亜子にもいじられたが、真亜子にいじられるのは嬉しかった。
だが、
「崔君、かわいいなぁ、弟みたいや」
と言われた時点で、男性として見られていないのは充分わかっていた。それでも、真亜子に憧れ、真亜子が三田先輩と付き合い始めてイチャイチャする姿を見るのがつらくて、僕はファミレスのバイトをやめたのだった。
高校2年、僕は中学の時の同級生、中橋に女の娘(こ)を3人連続で紹介してもらった。結果、3連敗だった。フラれた理由は、3人とも“好みのタイプじゃないから”だったらしい。中橋からは、
「まだまだ紹介したるで!」
と言われたが、開幕3連敗で僕の心は折れていた。4人目の紹介は僕の方から断った。3連続の紹介は、自信をなくしただけだった。3人連続で“好みじゃない”と言われるのは、かなり凹む。結局、高校2年生も失意の1年だった。
高校3年は、夏休み、車の免許を取りに合宿へ。行ったのは北陸。海の近く。僕は、そこで1つ年上の短大生の保奈美に恋をした。告白しに行った、その前日、保奈美に彼氏ができていた。また、戦わずして負けた。
3年間、告白の練習を何百回、何千回しただろうか? どれだけ“女子との話題”について悩んだことだろう? 何冊、“モテるための本”を買っただろうか? こうして、僕は中学から高校にかけて暗黒の6年間を過ごしたのだった。結論、“モテるための本”を何冊買っても、実践するのは難しい。髪型や服装を変えても、モテない時はモテない!
簡潔にまとめましたが、またの機会に詳しく書く予定です。それでは、また!
崔の最初の黒歴史、6年間。 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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