第17話
◇ルアーキラ視点
「つまり、お前は、俺達をフィーリウの後見人にしたいんだな?」
珍しくラトールからお茶会に誘われ(いつもは勝手に俺らが押しかけてるからな)、シャサツキやダイスと共にシュワルツ家へ来てみれば、今までずっと俺達にすら会わせずにいた弟──実は妹だったらしいが──に面通しされた。
フィーリウ・シュワルツ・ドラッヘシュロス
神霊力を持たずに生まれるという、この世界では滅多にない症例を持つラトールの妹。
聞くと乳母らに随分と虐待されていたとかで、実際に会ってみた彼女は、5歳とは思えないくらい痩せて小さかった。なにしろラトールのもう1人の妹、何不自由なく育ったリアンナと比べてみても、フィーリウは小柄で、同い年なのに1~2歳下に見えるほどなのだ。
「あれでも、だいぶ回復した方だ」
とラトールが痛まし気に言うところを見ると、数か月前、元乳母の断罪と同時に保護された時は、もっとずっと酷い状態だったんだろう。
産まれてからの5年間。非道な大人たちに囲まれて育ったフィーリウ。
そのせいかも知れないが、人見知りも強いようで、最初から俺達のことも酷く警戒していた。
「全部、俺のせいだ…」
フィーリウをそんな大人らに任せた自分のせいだと、そう、ラトールは自分自身を責めるが、当時はこいつだって10歳の子供だったのだ。判断を間違えたとしても、無理はない──というか、相手にした大人が、より悪辣で狡猾だったのだから仕方ないと思う。
「だから俺は、フィーリウを守らなくてはならないんだ」
「そのために俺らに会わせたんだろ。自分だけで背負うのは、お前の悪い癖だぜ」
「そうそう!俺にも可愛い妹ちゃんを、守る手助けさせてよね~」
ダイスが能天気に笑って、重い空気を吹き飛ばそうとする。
表面的な言葉はめちゃくちゃ軽く思えるが、こいつは親友の頼みなら命だって賭けれる良い奴だ。まあ、口に出してそんな風に褒めてなんかやらねえけどな。
「うんうん!!そうだよ、ラトール!あんなに可愛いフィーリウちゃんを虐める輩なんて、この私が容赦しないわ!!」
その隣でシャサツキも、潤んだ眼でコクコクと激しく頷いて同意していた。つーか、よほどあの子が気に入ったんだろうな…お茶会の時から酷く同情的で感情移入のしかたが半端なかった。普段から、そんなお人好しでもない女なので、これはこれで非常に珍しいことではある。
ちなみに俺とて、ラトールを手助けするのはやぶさかでない。
フィーリウは確かに可愛いしな。出来ることなら不幸な目に会わせたくない。
でもそれには今の状況を、正確に知っとく必要があると思うのだ。
「じゃあまずは、情報のすり合わせと、今後の作戦会議と行こうぜ。ラトール」
「ああ。わかっている」
ここまでの経緯は大方聞いてはいたが、あれから状況も色々と変化している。また、俺達の持つ情報で、改めて確認することも多いはずだ。俺がそう指摘してやると、最初からそのつもりだったんだろう、ラトールは分厚い報告書を机の引き出しから出して話し始めた。
◇ラトール視点
「呪術とは…また、すげえことになったもんだ…」
乳母エルロアの遺体を調べたところ、やはり、彼女らには『魅了』の呪術が掛けられていたことがわかった。ただし、魔塔の主によると『術をかけた者は、素人に近い』とのことで、術自体の練度はかなりお粗末なものだそうだ。しかし、
「それでも人を操るには十分すぎるだろ…」
「ああ。そう報告が上がっている」
ルアーキラもさすがに深刻な顔になって、手にした報告書の文字を目で追っている。すると、その両隣で別の報告書に目を通していたシャサツキが当然の疑念を口にした。
「呪術を掛けた者は解ってないって…魔塔の人間以外で、呪術を理解してる人間がいるの?」
「身内をかばってんじゃねえの??」
それはそう思うだろう。呪術は魔塔の一族にだけ伝えられる、最高レベルの禁呪なのだ。その情報は一族の手で厳重に守られ、魔塔と呼ばれる城内から流出することなど有り得ない。
「犯人の捜査は続行されているし、念のための対策として近く魅了を防ぐ魔アイテムを製作し、重要人物から優先して配布するとのことだ」
まずは皇王と四聖公から。そしてその継承者、八龍家当主や十六家長など、国の運営と存続にかかわる者から配布されることになるだろう。そう言うとダイスなどは明らかにホッとした顔を見せた。
「気付かないうちに呪術にかかるなんて怖えもんな…」
「自分でそうと解らないでしょうし、ね」
「そう言うことだ……皆、よくよく周囲には気を付けてくれ」
『ルアーキラなんて女か相手なら一発で虜になるよな~』などとダイスは茶化しているが、本当にこればかりは笑い話ではない。
いったん『魅了』にかかってしまえば、その者は自分でも解らないうちに、『掛けた相手のためだけ』に行動するようになる。そしてそれがどんなに非道なことでも、どれほど残虐な行為であっても、魅了の主の言いなりになって実行してしまうのだ。
心を縛られるとは、そういうことだ。
その一点だけ考えてみても、改めて『呪術』というものの恐ろしさが解るというものだった。
「……で、一番怪しい人物は、やっぱ義母なん?」
「それはそうなんだが…身辺を洗い出しても、魔塔との繋がりは一切出て来ない」
今のとこ最も犯人と疑わしいのは俺の義母スターシアだ。
けれど、どれだけ詳細に調べても、彼女と呪術を繋ぐ糸が見えてこない。なので今のところ義母に対して、法的な手段に出ることが出来ない状況だった。
だからこそ俺は、今後、彼女がフィーリウに何かするのではないか?と、心配でならないのだ。
自分の血を引く娘こそが『神聖皇王』となる──という、妄想に近い理想の現実を、真剣に夢見ているような女だからこそ。
「それで次期四聖公の俺達…か」
「そういうことだ。まだ当主ではないにしても、次代の当主となることを約束されている俺らが、フィーリウという存在を認知している。ただ、それだけでも迂闊に手出しがし難くなるからな」
「…みんな……」
ルアーキラの的確な指摘に俺は申し訳なさを覚え、『そのために利用するような真似をしてスマン』と謝ったが、、
「そんなの謝られるようなことでもなんでもねえよ、むしろここで頼って来なかったらぶっ飛ばすところだ」
「「そういうこと」」
と逆に3人から叱られてしまった。
本当に心許せる友人とは、何よりの宝なのだと思う。
「そう言えばその神聖皇王の噂話だけどさ…どうも八龍家の中から流れてきたっぽい」
「………八龍家が?」
分厚い報告書を読み終わって各々、お茶を飲むなどして休んでいたら、神聖皇王の噂について調査していたダイスが、噂の出所についての新たな情報を口にした。
「うん。でも、八龍家がわざと流したというより、どこからかうっかり漏れてしまった何かの話か、神聖皇王の噂として拡大してったみたいだよ」
その肝心な『漏れてしまった話』については、さすがに詳細が掴めないらしいが──ダイスの言うには、噂の発生源に八龍家が関わっていることは間違いないようだった。
「……一度、八龍家の長と会ってみなくてはな…」
この国において唯一の、武力を束ねる集団『八龍家』──それは武門流派の異なる8家からなるのだが、その頂点に立つのが全軍参謀も勤める『サガラ』家である。
参謀であるからにはもちろん、広範囲に渡る様々な情報収集も欠かせないはずだ。
それにサガラ家には、専属の情報収集部隊もあったはず。
確かにサガラ家の当主であるなら、噂の件についても何か掴んでいる確率は高かった。
「素直に口を割るとは思えねえけどな。そん時は俺も同行するぜ」
「どうせなら全員で行こうぜ」
「そうね…その方が良いわ」
次代の四聖公が揃って訪れれば、サガラ家当主とて無碍には出来まい。と、ダイスなどは気楽に言うが、そう簡単にことが運ぶとも思えない。
しかし、俺達が行動することによって、何かしらの動きを誘発することは出来るかも知れなかった。
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