第18話

◇ある男の視点


「手駒が増えるに越したことはない…」

 明かりの落とされた薄暗い部屋の中で、男は押し殺した笑い声をあげた。

「だが…それにしても余計な真似をしてくれるものだ…」

 舌打ちしたげに男は、憎々し気に記憶を掘り起こす。


 無用なものなら切り捨てても問題はなかった。

 だが、それが万一の可能性を持つなら、飼い殺しにしておく方が得策だ。

 

 だと言うのにあの女は…と男は歯ぎしりをする。


 男は何も知らされていなかった。

 生まれた子供が女児であったことも、それを隠蔽され男児と偽られていたことも。

 そして嫉妬深い女の手によって、その女児が亡き者にされようとしていたことも。


 神霊力も持たぬ男児、それも、次男など無用の存在と切り捨てていた。


 それが女児であるならば、万一にでも、神聖皇王となる可能性がある。


 だというのに男児で次男、さらに無能力者ときては、皇王となる可能性すら持たないではないか。

 そんな子供など、男にとっては不必要以外の何ものでもなかった。むしろ将来的に考えると、邪魔な存在でしかなかったから。


 だから妻である女がこそこそと裏から手をまわして、子供を虐待しているのも見て見ぬ振りをしていた。無用なものがどうなろうと、男にとってはどうでも良かったからだ。それなのに。


 男児と思われていた子供は女児だった。


 しかもこの『黒』家正当の血を引く女児。


 そうであるなら話は別だった。


 手駒は多い方が良い。可能性も増えるからだ。

 黒髪、黒瞳。黒家の証を持つ、あの母親に似た容貌も役に立つ。

 そう、神聖皇王となれずとも、実力者の元へ嫁がせれば良いのだ。

 少なくとも何かしらの役には立つだろう。


 出来ることなら手懐けておきたかった。

 優しい父を演ずることなど容易いことだ。


 しかし一度は見捨てた子供が、今更、思うようになるとも思えなかった。


 だが、まあいい。男はにやりと口元を歪めた。


 過程はどうあれ、幸運にも手駒は増えたのだ。

 あとは運を天に任せる他ないが、なに、もしどちらも外れであっても別の手段を考えるまでだ。


 四聖公の当主として、権力の座に居続けるための、最後の手段が男には残されている。


 そう──男は、自らの欲望の成就のためになら、手段を選ぶつもりなどなかったのだ。



 ◇ある女の視点


「まったく役立たずなこと……ッ!!」

 きらびやかに飾り立てられた部屋の中で、女はギリリと美しく手入れされた爪を噛んだ。


 5年もの間、誰にも気付かれず、上手くいっていた。

 夫である愛する男にも、まるで懐きもしない義理の息子にも、これまでなにひとつ気付かれずにこれたというのに。


 現在の夫に愛人として寵愛を受けていた頃、彼女は最も忠実な人間を正妻の元へ忍び込ませた。

 もちろんそれは、憎き敵を排除したいがため。


 女は正妻が夫に愛されていないことを知っていたが、それでも、正妻が生きている限り、自分が愛人の立場を抜けられないことを屈辱に感じていた。


 あの女さえいなくなれば、私は愛する男の妻になれる。


 業を煮やした女は忍び込ませた手下に命じて、徐々に体を弱らせる毒を正妻に盛らせた。

 そのかいあってか正妻は、2人目の子供を産むと同時に儚くなった。


 だが、そうして亡くなってもなお、正妻は女の邪魔をする。、


 正妻は女にとって要らぬ存在を遺したのだ。


 それもよりによって、可能性を持つ女児。


 正妻の子が生まれる少し前から、夫に聞かされ続けていた『神聖皇王』となりうる存在の噂。

女児を産みさえすればその子が、この国の最高権力者の地位に就けるかも知れない。

「私の子こそ、きっと…!!」

 愛人当時すでに夫の子を身ごもっていた女は、この腹の子が女児であれば彼の正妻として迎え入れられるかもしれない、と思った。だが、それにはやはり、同じく妊娠中の正妻が邪魔で。


 邪魔で。邪魔で。目障りで。

 

 腹の子と一緒に死ねばいいと毒を盛らせのに、実際に死んだのは正妻だけであったのだ。


 その上生まれた子は女児で。


「このままでは私を正妻に迎え入れてくれないじゃない…ッ」

 手下から報告を受けた女は、医師を脅して性別を偽らせた。

 代々、四聖公『黒』家に仕えていたお抱え医師は、最初、そんな脅しに頑として頷かなかった。だが、家族の命を盾にすると、ようやく彼は屈した。


 生まれた子が女なら、男と偽って報告することを。


 医師は苦渋に満ちた顔で女の指示に従った。

 本当は殺せと命じても良かったが、女は『むしろ期待外れの子供を産ませて、夫から失意を引き出す方が有効だ』と賢しく計算したのだ。

 

 案の定、男児が誕生したと聞いた時、夫は愛のない正妻に見切りをつけた。

後日、そう愚痴を言っていたから、女の思惑は達成されたと言って良いだろう。


 もちろん女は、その後、医師とその家族を葬ることを忘れなかった。


 そして生まれた女児に対しては、忍び込ませた手下の手で虐待し、ことあるごとに悪評を流させた。


 じわじわと苦しめて、苛め抜いてやるつもりで。

 血の繋がった父からも、兄からも、嫌われてしまえばいいと。

 世の中の誰からも、不必要な人間として、扱われればいいと。


 正妻への憎しみ。愛する男を奪われた恨み。妬み。愛人として扱われた屈辱。苦しみ。

 女は身勝手にも、それらすべてを、遺された子供にぶつけた。


「エルロアめ…散々、目をかけてやったというのに」

 うまくいくはずだった。いや、うまくいきかけていた。

 それなのに忍び込ませた手の者はドジを踏み、裏で操る女の身にまで危険を及ぼしたのだ。


「これ以上余計な真似をするな。良いな?」

「………あ、あなた…!?」

 繋がりの糸は切ってある。だからこれ以上、追及はされないはず。

 だが、夫には暗に釘を刺された。

そう、女の所業は愛する男の不興をかったのだ。


「赦すものか……」

 これも、あの女の子供のせいだ。

 そうだ。今もあの女が、私の邪魔をし続けているんだ。

 どうしよう。あの女の娘が生きている限り、私の子が。

 私の愛する娘が、神聖皇王の座につけなくなってしまう。


 正妻になれなかった、かつての私と同じように。 


「フィーリウめ………ッ」

 そんな事にはさせない。絶対に。

 私の娘は天上の座を与えられるべき存在だ。


 このままでは済ますものかと、女は黒い感情をめらめらと燃やした。

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