第16話

「んだよ、可愛い弟……じゃなくて、妹ちゃんじゃないか~!」

「やあ~ん、ホント可愛い♡私もこんな妹欲しいわ~!!」

「ラトールがブラコンからシスコンにシフトチェンジした原因が解ったぜ…」

 今日は兄さまの主催するお茶会へ招待され、朝から気合の入ったキアイラの手で、私は時間をかけてドレスアップされた。おかげで自分でもびっくりするくらいに、可愛く盛れたのだけれど──

「えと……あの…?」

 てっきり、大勢いるのかと思ったお客は、なんと3人だけだった。

 しかもその面子が凄すぎて、私は気後れするどころの話じゃない。

「皆、俺の友人だから心配するな」

「…………兄さま…」


 兄さまの友人たちが集まる茶会…というか、次代の四聖公が集う場所に、なんで私ごとき小物が紛れ込んでるのかな??


「まだ小さいけど、この子、きっとすっごい美人になるわあ」

 唯一の女性で青家の嫡女シャサツキ様が、私を膝にだっこしながら楽しそうな笑顔を見せる。いや、貴女の方がよほど美人なのでは??と言いたくなるほど、彼女は綺麗な女の人だった。青銀の艶やかな長い髪が、まるで月から注ぐ光の雫のよう。

「なるほどな~…確かにちょっと小母さまに似てるかも」

 じろじろと無遠慮に人の顔を見る赤家の嫡男ダイス様。炎みたいに綺麗な赤い短髪と、揺らめく炎の瞳を持つ、やんちゃな子供っぽい幼げな顔をしてる男の人だ。この中では私に一番年が近そう。でも確か、お兄さまより1つ年下なだけだったはずだ。

「ラトールのシスコンが重度になった理由がこれで判明したな」

 からかうような顔でニヤニヤ笑う白家の嫡男ルアーキラ様。癖のある白銀の髪を長めに切り揃え、美形なんだけどどこか三枚目っぽいのは、きっとそのふざけた表情のせいなんだろうな。ちょっと残念な二枚目って感じがするけど、その分、親しみやすそうな気もする。

「お前ら…フィーで遊ぶんじゃない!!」

 言うなり私をシャサツキ様の膝上から奪い返す兄さま。黒の短髪と黒い瞳。以前は冷徹なイメージが強かったけど、今では優しくて妹思いの兄と言う本性がダダ漏れしてた。普段の様子とのギャップが凄い。というか、逆行前も実はそうだったのかな??『僕』が気付いていなかっただけで。

「に…兄さま……あの、僕…わ、私、なんでここに?」

「ああ。一応、フィーを悪友どもに紹介しておこうと思ってね。心配するな。こんな奴らだが、知り合っておいて損はない」

 損はないって…いや、それはそうでしょ。曲がりなりにも次代の四聖公なんだから!!

 気さくと言うか無遠慮な兄さまの言いぐさに、他の3人が気を悪くしてたりしないかな??と、心配になってそっと彼らの様子を窺うが、

「僕だって!!やだあ、可愛い!!ラトール、フィーちゃん私に頂戴!!」

「おいおい、シャサツキ、お前、今日、人格崩壊してねえか??」

「気持ちわからんでもないけどな…俺も生意気な妹と交換して欲しい」

 会った瞬間からめちゃくちゃテンション高いシャサツキ様と、そんな彼女の様子に恐れをなしてるルアーキラ様、そして、羨ましそうに私を見ているダイス様と…ううん、全然、気にしてる様子無いな!?

「やらんからな。言っとくがフィーは俺のだ」

 1人だけ冷静かと思ってたら、兄さまも彼らと同じだった。 


 ここに今いる4人が、そう遠くない未来に四聖公となる。


 そう思うと自分が何だかえらく場違いな場所にいる気がして居たたまれなかった。

 神霊力もなく、これと言った特技がない私からすると、彼らは雲の上の人なのだ。


 ──だと言うのに、この有様はいったい。


 恐れ畏まった気分でいた自分が、なんだか馬鹿らしく思えてしまった。

 もちろん、今ここで見せてる顔だけが、彼らの本当の姿ではないだろう。現に、逆行前、たった一度だけ、公式の場に立つ兄さまと彼らの姿を遠くから見たことがあったが、その時の4人の姿はまるで神話の再現であるかのように神々しく私の目には映っていた。


 ──あれ??


 ふと、思い返した過去の光景に、私は何故か懐かしいものを感じてしまう。

 逆行前に見たから??ううん、それだけじゃない。

 もっとその前に、同じような光景を見たような。 

 遠い──遠い、昔に、どこか、荒れ果てた荒野で。


「フィー??どうした?疲れたのか?」

「え……あ、ううん…」

 兄さまの心配する声にハッとして我に返った。見ると、他の3人も気遣わし気な顔で私を見ている。

確かに一瞬、ボーっとしてたけど、私、そんなにおかしかったかな??

「兄さまたち…仲良くて、良いなって」

 私には友達なんていない。過去も、現在も、ただの1人も。

「フィー……」

「あの…兄さまと、ずっと仲良くしてて欲しい、です」

 気の置けない友達がいる兄さまが羨ましくて。そして、兄さまにそんな友人たちがいることが、自分のことのように嬉しかった。だから、兄さまのこと、これからもよろしくお願いします。って、そんな思いを口にしたら、真っ先にシャサツキ様が目を潤ませてしまった。

「んも~!!だったらフィーちゃんも私と仲良くなりましょうよ!!」

「シャサツキ、黙れ。あと、勝手に愛称呼びするな」

「俺も俺も~!!仲良くしようぜ~!!フィー!!今日から親友だ!!」

「誰が呼び捨てにしろと」

「なんなら将来、俺と結婚しちゃうか!?」

「殺すぞ、ルアーキラ」

 わあ。なんか収集つかなくなってきた。


 その後、次々と私を抱擁しようとする3人を、兄さまは華麗に躱し続けたのだった。



「初めてのお茶会はいかがでしたか?」

 部屋へ戻るとキアイラ乳母が、ニコニコと本日の成果を問うてきた。

「………ええとね…」

 私はと言うとキアイラの問い掛けに、え??あれってお茶会だったの??と、頭の中で疑問符が飛び交う始末で。だって、お茶らしいお茶を飲んでないし、まず、あの場には、マナーとかなんとか言う以前の問題があったような??気がするし??

「うう……ん…」

 なんて答えたら良いんだろう??と悩んで言い淀んでいたら、キアイラの方が先に察してくれたようだった。彼女は言葉を探す私に『大丈夫ですよ。わかりましたから』と制止すると、その後、はぁ~と深い深いため息をひとつついた。

「まったく…お茶会の予行練習とかおっしゃっておられたのに…」

 呆れた風な口ぶりではあったが、彼女はどうやら、最初から期待してはいなかったようだ。私の寝間着を用意してくれながら、『やはり相手があの悪ガキ軍団では…』とか、小さな声でぶつぶつ言ってた気がする。

「お腹は空いてませんか?お嬢様」

「んん……ちょっとだけ…」

「では、お休みになる前ですから、なにか軽いものを…あと、おやつもね?」

 お茶会が終始あんな感じだったので、私はろくにデザートを口に出来なかった。あんなに色々あったお菓子は、ほぼダイス様とシャサツキ様が完食してしまったし。

 ホントは4人と一緒に遅めの夕食を、と誘われたのだけど、なんだかんだで遅くなってしまったし、やはり彼らと一緒の食事など気後れするので断ってしまった。

 

 それに彼らは、兄さまと何か話がしたいようだったし。


 その後、楽な寝間着を身に着けた私に、キアイラは軽食としてサンドイッチと、食後にお茶とクッキーを出してくれた──のは良いのだけど。

「そうではありません。カップの持ち方はこう!!」

「うう~」

 『実践できなかったのなら仕方ありません』と、寝る前にみっちりお茶のマナーを復習させられたのだった。

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