第15話
相変わらず嫌な女だ。
いや、あの父に似合いの女ではあるが。
「ほう。あの鳥ガラのような子供が、こうも変わるとはな」
フィーリウの初めての晩餐だと言うのに、当主である父上の第一声がそれだ。よくも血の繋がった我が子に対して、そんな言葉を掛けれるものだとつくづく感心する。
「まあまあ…貴方ったら、お口のお悪いこと…」
そしてそんな父の言葉尻に乗っかり、諫めるふりでフィーリウを侮辱してくる女。
毒々しい赤毛を高く結い上げ、胸を強調する下品なドレスで、俺の真正面に座った義母は、口元に扇を当てつつ優雅に下卑た言葉を吐く。しかしその相手は常に弱者へ向けられていた。己より立場の弱い者に対しては、どこまでも傲慢になれる女なのだ。
こんな女のいる場所に、フィーリウを連れ出したくは無かったが。
「これはフィーリウお嬢様を正式に家族と認めさせる良い機会ですから仕方がありません」
『本当は嫌ですが』と言外に告げるキアイラの言葉通り、これは今まで迫害され続けてきたフィーリウを、シュワルツ家の一員と正式に認めさせる大切な場だからと俺も我慢した。
フィーリウだって我慢して、一生懸命、習ったマナーで食事をしているのだ。兄である俺がブチ切れて、この場をぶち壊す訳にはいかない。
本音は今すぐにでも、フィーリウを連れて部屋に帰りたかったが。
「フィー、大丈夫かい?」
「う……うん」
小さな手がナイフとフォークを持って必死に動くさまを、可愛いなぁと心の癒しにしながら嫌な気分を吹き飛ばす。まだまだしっかりとは身に付いてないから、時折、音を立てたり失敗したりするが、それでもめげずに頑張る姿は健気だ。
「貸してごらん」
「……でも…」
「良いから」
どうしても切れない肉を、皿ごと受け取って小さく切り分けてやると、フィーリウは申し訳なさそうな顔をしながらも、懸命に口の中に押し込んでいる。ほんと可愛いな。俺の妹!…って、まあ、ほんのつい最近まで、可愛い弟!!って思ってたんだけどな。俺としては、正直、どっちでも変わらん。
「フィーリウお姉さま、ずるい!」
もう1人の妹。半分だけ血の繋がったリアンナが、ぷくっと頬を膨らませて抗議する。見た目は可愛いし、一応は血が繋がっているのだから、可愛く思わない訳ではないが──義母が常に間に挟まってくるお陰で、あまり兄として接してやれていないのが現状だ。現に、
「リアンナは1人できちんとできるでしょう?あんなみっともないことを羨むんじゃありません」
「………でもお…」
『ならリアンナの分も』と俺が口に出すより先に、義母がぴしゃりと暗に断りを入れてくるのだ。いつもこんな感じで、どうやら彼女は俺とリアンナを必要以上に仲良くさせたくはないらしい。
俺としては、なるべくなら義母の毒に染まらないよう、リアンナを彼女から引き離して育てたいのだが、実母という強みが威力を発揮してどうにもならなかった。
試しに父上へ相談してみたこともあるが、なしのつぶてというか、まるで無意味に終わったのだ。『娘の教育は母に任せて当然』だそうだ。その母が毒親だから相談を持ち掛けたというのに、さっぱり理解してないところが父上らしくもある。
「フィーリウお姉さまだけ…」
小声で未練がましく呟き、恨めし気な目でフィーリウを睨むリアンナ。うーん。こうなることを考えたら、リアンナの前でフィーリウに優しくするのは逆効果かも知れない。今後は気を付けよう。色々と不甲斐ない兄で申し訳ない。
義母はともかくとして、リアンナに罪はないのだ。手遅れになる前に、彼女を毒母から遠ざけたい。 かくなる上はなるべく早く、資格を得てシュワルツ家の当主になるほかなかった。だが、それもあと最低3年は待たなくてはならない話である。
資格とは俺が18歳になること、だった。
本来、当主の交代は、前当主が引退もしくは死亡し、次代の当主に引き継がれるものだが。
我がシュワルツ家は少し訳ありで、他に条件が追加されている。
その事情とは、現当主の父が、養子であるということだった。
そう、正当なシュワルツ家の血筋は、死んだ俺の母上の方であり、現当主の父上は傍系から養子に入っただけの『仮の当主』であるのだ。俺が成人を迎えて当主の座を望めば、父上はその役割を終えることになっている。
そして、その時が2年半後に迫っているから、父上は焦っているのだろう。
シュワルツ家当主の座を追われても、権力の中枢に居座り続けるために。
もちろん当主の座を追われたからと言って、シュワルツ家から追い出される訳ではない。
ただ、引退した元当主として、なんの力も持たぬ隠居生活に入るだけの話だ。
衣食住で不便はさせないし、隠居後も、当然、父上として敬う。
しかし、一度権力の座に納まった男には、それだけでは物足りないのだろう。
父上は今の地位を守りつつ、さらに高みへ至る手段を模索していた。
それが『神聖皇王の父』という、この世界における至高の地位なのだろう。
さっきからフィーリウやリアンナに、ちらちらと測るような視線を送り、どちらがよりその可能性が高いか?などと考えている様子だった。
俺も試しに考えてみたが、見た目だけなら可能性が高いのはフィーリウの方だろう。なにしろ初代神聖皇王は、黒髪に黒い瞳だったと伝え聞くことだし。だが、そのフィーリウには肝心の神霊力がない。翻ってリアンナには、そこそこ強い神霊力があるのだ。父上が迷うのも理解できる。
俺にとってはどちらも可愛い妹だし、神聖皇王の生まれ変わりなどでなくとも、俺の持てる全力で守ってやりたい大切な家族だった。
出来ることなら2人とも、健やかに明るく優しい子に育って欲しい。
ホントに心からそう思っている。というか、
将来、大きくなってお嫁に…とかなったら、相手の男を闇から闇に葬ってしまいそうだ。
イカンイカン。落ち着け、俺。
「よく頑張ったな、フィー、偉いぞ」
「兄さまが側に居てくれたから…」
地獄絵図のような晩餐を終えて、フィーリウを部屋までエスコートすると、キアイラが心配マックスな様子で飛び出てきた。
「お嬢様!!大丈夫でございますか!?まさか、意地悪されたのではないでしょうね!?」
「キアイラ、ただいま…」
フィーリウのためだからと、心を鬼して送り出したはいいが、晩餐の間ずっと不安で仕方がなかったんだろう。キアイラは少し涙ぐみながら、フィーリウの小さな体を抱き締めて、よしよしと撫でまわしていた。うーん。なんだか、彼女の方がフィーリウの母みたいだぞ。
「ようございました…ホントにお偉いですよ。あとは、半年後のお兄上のお誕生日パーティーで、他の方々にご挨拶されれば、もう、決して誰もお嬢様を侮ることは出来ませんからね…」
「うん…私、頑張るね」
確かにそうだ。
今回は身内への顔見せ的な行事にしか過ぎないが、他家の有力者を招待する俺の誕生パーティーでは、フィーリウを初めて我がシュワルツ家の長女として正式に紹介することになる。
一度、そういった公の場で紹介を済ませておけば、今後、フィーリウの存在を隠すことは出来なくなるはずだ。というか、俺がそうさせるつもりでいた。
もう、決して、フィーリウを、あの離れ屋敷で1人にしないために。
まずはパーティーの前に、俺の友人らに紹介しておくべきかも知れない。
なにせ、ああ見えて次代の四聖公当主なのだし。そして気のいい彼らのことだ、きっとフィーリウの支えになってくれるだろうから。
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