第14話
「フィー、嫌だったら、晩餐は断っても良いんだぞ」
急に顔を曇らせた私を気遣ってか、兄さまはそう言って頭を撫でてくれた。
「んーん、大丈夫」
『失敗しないか、ちょっと心配になっただけ』と言うと、兄さまは『俺がすぐ隣にいるから大丈夫だ』と安心させてくれようとする。
「そーなの!?」
兄さまが隣の席と解って、私は現金にも少し心が軽くなった。
自分自身良く解ってなかったけど、食事のマナーを勉強したとはいえ、正式な晩餐とか初めてだから、やっぱり少し不安だったみたいだ。
「じゃあ、そろそろ行こうか、俺のお姫様」
兄さまったら、今度は姫とか言い始めたよ。
まあ、妖精とか天使よりはマシかもだけど。
「んん?私、お姫様じゃないよ?」
首を傾げながら兄さまを見上げると、兄さまは見た目より逞しい腕で、私の体を抱き上げてくれた。それから初めて見る満面の笑顔で、
「俺にとっての大切な姫様って意味だから良いんだよ」
「…………うう~?」
などと、良く解らない理屈を付けてドヤ顔してた。
うーん……ホントに誰だよ、この人…??
初めての家族の晩餐。
結果から言うと、最悪だった。
せっかくの美味しそうな料理が、まったく味が解らなかったもんね。
「ほう。あの鳥ガラのような子供が、こうも変わるとはな」
四聖公『黒』家、現当主オリトリス・シュワルツ・ドラッヘシュロス。精巧な氷の彫刻みたいな兄さまとはあまり似ていない、見た目が四角くごつごつした感じの厳つい男が、実の娘である私を見た第一声がそれだった。
その一言を耳にした時点で、大抵の人はいい気分なんか吹っ飛ぶだろう。いや、元々、気分は良くなかったのだけど。現に、隣に座った兄さまから、隠しきれないというか、そもそも隠すつもりがない怒りの波動が。
おかげで私は自分のことで怒りを覚えるよりも先に、兄さまが暴走しやしないかとハラハラしてしまっていた。
「まあまあ…貴方ったら、お口のお悪いこと…」
「ねえねえ、おとーさまぁ、鶏ガラってなぁに?」
そしてそんな兄さまの怒りに油を注ぐのが、長テーブルを挟んで反対側に座る義母の反応と、無邪気なのか無邪気を装っているのか、一瞬、判断の付きにくい幼い少女の声。
くすんだ赤毛と美人と言ったら美人だけど、どこかキツイ印象の派手な顔。豊満な身体のラインがしっかり出る赤いドレスを身に着けた義母と、その隣にちょこんと座るピンクブロンドで、ドレスもピンク尽くしの可愛らしい幼女。
彼女らが義母スターシアと、その娘で僕の妹でもあるリアンナだ。
肖像画の中の母様は、いかにも高貴な生まれの女性らしく、清廉でいて美しく、かつ芯の強そうな、優しさの中にも、凛とした厳しさを併せ持つ人のように見えた。
実際、兄さまから聞いた母様は、私が肖像画から感じたまんまの人であったらしい。
比較して目の前の義母は、駄目な貴人の要素をこれでもかと詰め込んだ女だった。
傲慢で欲深く、打算的で、悪辣。
心は常に猜疑心に満ち、人一倍嫉妬心も強い。
そして己の分をわきまえない向上心の持ち主でもある。
「お前は鶏ガラなどという汚らしい言葉、知らなくて良いのですよ」
「そーなのですか?鶏ガラって汚いの??そっか、じゃあ、お姉さまも汚いのですね??」
義母とは逆行前の人生でも何度か会ったことがあるが、そのたった数度で彼女の為人の底が知れてしまうくらい浅はかな女だった。まあ、ある意味、自分に正直な人、なのかも知れないけれど。
「お姉さまなどと呼ぶ必要はありません。アレはお前と同い年なのですから」
「そーなんですの?」
今も私を射殺さんばかりの視線で睨んできていた。対して自分の娘である義妹には、過剰なほどの愛情をこれ見よがしに注いでいる。
「じゃあ、私、あの子のこと、フィーリウって呼べば良いのかしら?」
義妹もそんな義母に随分と甘やかされている感じがして、今はそれほどでもないが少し将来が心配な気がした。などと、彼女らの観察結果を内心で密かに考えていると、
「義母上。フィーリウはれっきとした我がシュワルツ家の長女です。それ以上の暴言はどうぞお控えください」
「………ッッ、あら、まあ失礼しましたわ。ごめんなさいラトールさん」
無遠慮な蔑視と侮辱の言葉を口にしていた義母に、たまりかねた兄さまが怒りを凍らせた指摘を口にした。瞬間、義母はビクッと大きく身体を震わせる。
「謝る相手をお間違えですよ、義母上」
「そうね。そうだったわ。フィーリウさんも、ごめんなさいね」
どうやら彼女は兄さまのことが苦手…というより、どうやら内心物凄く怖いらしい。兄さまのに声を掛けられた途端、派手に化粧したその顔が、白粉を通り越して見えるくらいに青ざめていた。
「でもね。わたくし、初めての場所で緊張してるフィーリウさんのために、ただ冗談を言って場を和ませようとしただけなのよ」
「…………」
自己正当化に必死なのは解るが、その言い訳もなんだかなぁと思う。
「そのように悪意のある言葉を冗談とは…それは義母上のご実家の常識ですか」
兄さまの容赦ない追撃に、義母が眉間に皺を寄せつつ、助けを求めてちらちらと父上を見てるが、ことの発端でもある当の本人は完全に無視していた。
というか、なにか良からぬ考え事でもしているみたいで、こちらの会話が耳に入ってないようだった。視線だけは私の方を向いているけど、私を見ている訳ではないみたい。何考えてるか解んないけど、なんか怖い。
「まああ…ラトールさんったら、怖い顔。ほんと、意地悪ねぇ」
期待していた父上の援護が得られず、それでもわざとらしくホホホと笑い、上っ面だけでも虚勢を張る義母はいっそのこと立派だと思う。
しかもさらに聞こえるか聞こえないかの小声で『神霊力も持たないくせに』とか悪態ついてて、兄さまから凄い目で睨み付けられてるし。ほんと、めげない強い人だ。
「リアンナも、フィーリウの方が6ヶ月早く生まれているんだから、姉さまと呼んで良いんだからな」
「はい、お兄さま!」
兄さまは義妹リアンナに対しては、義母に対するより格段に優しく注意していた。きっとまだ彼女は幼いし、義母の毒に染まり切ってないからだろう。そしてリアンナはというと、たぶん、兄さまのことが好きなんだろうな。すごく素直に返事していた。
…………なんだろ。
なんかちょっと、もやもやする。
「なにはともあれ、家族が全員揃って食事できるのは実に喜ばしいことだ。フィーリウもこれから、シュワルツ家の者として恥ずかしくないようにな」
「は……はい、父上…」
先ほどまで自身の思考に耽って沈黙していた父が、空々しい挨拶で晩餐の始まりを告げると、待機していた給仕のメイド達が各々のテーブルに料理を配膳し始めた。カチャカチャと微かな食器の音だけが、無駄に馬鹿っ広い食堂内に響いている。
その後は特に会話らしい会話もなく、淡々と料理が運ばれてきた。
義母だけは『他所のお嬢さんは…』とか、当て擦りみたいな話を延々続けていたけど。
うう…なんか空気が重いな。この冷えた雰囲気の中で食欲が湧く人って凄いって思う。
私、こんな険悪な始まり方をした晩餐で、楽しんで食事が出来る心臓持ってない。
という訳で出された料理がどんな味をしてたか、さっぱり解らないまま初めての『家族の晩餐』は終了したのだった。
ああ…疲れた。空気が重くて、ほとんど食べれなかったよ。
やっぱり、兄さまと2人で食べる方が絶対美味しい。
「食べた気がなさらないでしょう?」
なんて、お腹を鳴らしつつお部屋へ帰ったら、キアイラがお察し顔で笑って、おやつのプリンとココアを出してくれたのだった。
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