第13話

 家族の肖像画を見ていた私は、ふと、ある違和感に気付いて周りを見渡した。

「どうかしましたか?」

「んん……?」

 なんだろう??なにか変だ。そう思って周りの絵と見比べて、やっと違和感の正体に気が付いた。


 父上だけ髪の色が違う。

 歴代の当主は皆、艶やかな黒髪なのに。

 父上1人だけが、灰色に近い銀髪だったのだ。


「フィーリウお嬢様?」

「んん……なんでも、ないよ」

 でも周りの当主がすべて若い頃に描かれているから、年取って描かれた父上だけが、そんな色をしているのかも知れない、と思い直した。


 そうして改めて父上の肖像画を見上げた、時。


「…………ッ!」

 目の端に写った、1枚の肖像画。

 そこに描かれた人物に、私は目を奪われた。

「ねえ…キアイラ、この…人は?」

「はい………?」

 どうにも気になって指差した先には、父上のそれより大きな肖像画があった。

 だいぶ古そうな、年代物の肖像画。

 そこに1人の青年の全身像が描かれていた。


 黒い髪。浅黒い肌。冷たくも見える切れ長の目。

 今の時代のそれとは異なる風情の衣服は、上から下まですべて黒で統一されている。

 まるで闇を人型に切り取ったようだ。

 ああ、なんて怖いくらいに綺麗な男の人だろう。

 それに──なんだか少し、兄さまに似てる。


「ああ…この方は、当家の初代ご当主様です」

「初代って、一番最初の人?ってこと?」

「はい。お嬢様の遠い遠~いご先祖様ですよ。なんでもこの絵は、初代ご当主様がお若い頃に描かれた、たった1枚の肖像画なのだとか…」

「ふうん……」

 そっか。この人が神話の勇者なのか。と、私は改めてマジマジと絵の中の青年を見た。

 こんなこと言っては駄目なんだろうけど、初代当主の見た目は10代か20代前半くらいなのに、明らかに年上の父上よりよほどかっこいいし威厳があった。まさに神話の勇者って感じで、絵姿からも偉大さが滲み出てる感じだ。もちろん、絵師の贔屓目もあるのかも知れないけども。

「さあさ…そろそろお昼ご飯のお時間ですし、お部屋へ帰りましょうね」

「ん………」

 目が離せなくて立ちすくんでいた私を、キアイラは繋いだ手を引いて出口へ促してくれた。それでようやく私も我へ返り、初代当主の肖像画に背を向けて歩き始める。

「……………」

 でも…なんだろう。

 なんだか、すごく後ろ髪を引かれる。

 兄さまに似ているからかな。

 初めて見る顔なのに親し気に思えて、どこかで会ったような気さえしてしまう。


 もちろん、一万年も前の人間と、会ったことがある訳ないんだけど。


 回廊の角を曲がる時、名残惜しさに、もう一度だけ絵を振り返った。すると、

「…………え?」

 暗い通路の向こうに、薄っすら光る人が立っている。そんな風に見えた私は、慌てて目をこすってもう一度見たが、そこには誰の姿もなければ何の光も当たってはいなかった。目の迷いかな??


 しかし、そうして初めて見たはずの初代当主の絵姿は、美しい母様の絵姿と共に私の記憶に深く刻まれたのだった。 



 その日からしばらくの間は、何ごともなく平穏に過ぎていった。


 私はひたすら自身の体力回復に努め、キアイラの手助けと介助を受けながら、一日一日を療養と健康管理の時間に費やした。おかげで3ヶ月が過ぎるころには体重も増え、不健康そのものだった体が標準的な所まで回復してきた──みたい。

「少し大きめに作っておいて正解でしたねえ」

 私用に作られた青いドレスを着せてくれながら、キアイラはすっごく得意げに言う。

 彼女の言う通り、少し前までちょっぴり大きかったドレスは、今はピッタリと私の体に合っていた。夜空みたいな青いドレスは、装飾が少なめで大人っぽいが、私はとても気に入っている。

 可愛すぎなくて落ち着くんだよね。ピンクのひらひらよりは。

「キアイラ、フィーの準備は出来たか?」

「ええ。ラトール様、ご覧くださいな!!本当に可愛うございますよ!!」

 自分のことみたいに喜んでくれるキアイラに励まされ、私は胸を張って兄さまにドレス姿を披露した。ドレスだけじゃなくて髪の毛もセットしたり、花の形の髪飾りを付けてもらったりして、今日はいつもよりたくさん気合が入っている。


 何故なら、今夜私は、初めて『家族の晩餐』に参加するからだ。


 食事の作法やマナーも、一生懸命お勉強して覚えたよ。というか、逆行前にある程度は見て覚えていた自己流のマナーを、改めて正式に勉強し直したと言う方が正解かしら。

 健康的な生活と三度三度の食事によって、痩せ細って貧相だった見た目もかなり改善された。『だから』『父上のお許しが出た』とかで、今夜から自分の部屋じゃなくて、ちゃんと食堂でご飯を食べていいってなった訳だ。

『あの人たちと食事するより、フィーと2人の方が(精神的にも)食事が美味しく感じるけどな』

 とは、思わず漏れたっぽい兄さまの本音。

実際、私も心からそう思うから、ホントのところはあんまり嬉しくない。

「わたくしも心に思うところがない訳ではございませんが、これはフィーリウお嬢様を正式に家族と認めさせる良い機会ですから仕方がありません」

 兄さまからその話を聞いたキアイラは、ずっと以前から父上の態度に怒っていたみたいで、

「せいぜい本日のフィーリウお嬢様を見て、ないがしろにしてきた過去を後悔すると良いのですよ!」

 とか言って、なんだか暗雲を背に黒い笑みを浮かべていた。

 いつもはとっても優しいのに、怒らせると執念深いし凄く怖いんだな、キアイラって!?まあその、この数ヶ月間付きっきりで世話になってたから、ある程度は解っていたつもりなんだけども!!

「当然だ!!フィーの可愛さは俺ですら想像の遥か上だったからな…!!蒙昧な父上とて無視できるものではない!!…だが、だからと言って今更、可愛がろうとしても、とっくに手遅れだがな!!」

 わあ。兄さままで暗雲背負って笑ってるよ!!


 ていうか2人とも父上に対して憤慨してたんだな。

 しかも私が本邸に住むようになった日からずっと。

 ううん。もしかすると、それ以前から。


 ところで、兄さまもキアイラも、ことあるごとに私のことを『天使みたい』とか、『妖精のよう』だとかいって褒めてくれるけど、少し…いや、かなり大げさではないかしら。

 僕…じゃない、私自身が言うのもアレだけど、確かに私の見た目は悪くないと思うよ??実際、鏡に映ってるのは贔屓目なしに美少女(うーん…ムズムズする)と言ってもおかしくない。でも、天使だとか妖精だとかは、さすがに言い過ぎだと思う。


 なにより聞かされる私の方が恥ずかしいのでやめて欲しい。


 そういえば、逆行前の人生では解らなかったけど、兄さまって元からこんな性格だったのかな??

 妹に激甘というか、盲愛というか…いくら何でも贔屓が過ぎるのでは??ってくらいに、私のことを溺愛してるっぽい。


 すでに以前、抱いていた『氷の四聖公』のイメージは欠片もなかった。


 これが元々の地だったのか、それとも──

 それとも私が『僕』ではなく、『私』だったから…なのだろうか??


 考えたくないけどもしかして、弟としての僕に対しては冷淡だったけど、私が『妹』だと解ったから優しくなった?とか…だったりしたら……??

「………………」

「あら、どうされたのですか、お嬢様??」

 嫌な想像が浮かんだせいで、一気に気分が沈んでしまった。

 それが顔に出ていたがために、キアイラは心配そうに覗き込んでくる。私はそんな乳母の顔を見ながら、ますます泣きたい気持ちになった。


 キアイラは違う。

 何故なら逆行前の人生に、彼女との接点はまるで無かった。

 だから彼女は私が『僕』でも『私』でも関係なく接してくれていると思う。だって実際に私が僕であった時にも、彼女は今と変わらず優しかった。


 でも、兄さまは??

 確かに今生では『僕』のことも、前よりずっと気にかけてくれていた。

 だから一見、なにも変わらないようにも思える。

 ──でも、本当に??


「フィー、どうした??気分が悪いのか?」

「な…なんでもない…」

 兄さまに限ってそんなことは無いと解っていても、どうしても私は悪い方に考えてしまっていた。

だってあまりにも以前と変わり過ぎているから。

逆行前の人生と違って、今があまりにも幸せ過ぎるから。


 逆行前によく見た、兄さまの冷たい視線。

 まるで汚いものを見るかのような黒い瞳。

 『僕』はそんな兄さまの視線にいつも、威圧と恐怖をしか感じていなかった。

 かと言って怒られたり、怒鳴られたりした記憶はあまりない。

 ただ、なにかを諦めたみたいなため息を良くつかれていた。


 『僕』にはそれが何より怖くて。恐ろしくて。

 父上や他の誰よりも、兄さまに愛想を尽かされるのが、死ぬよりも怖かった。


 もしもまた今生で同じ視線を浴びせかけられたら??

 そう考えるだけで悲しくて怖ろしいのだ。

 例え、兄さまが優しいのが『僕』が『私』だったから、なのだとしても──私は今の優しい兄さまを失いたくないから。ずっとずっと、今のままの優しい兄さまでいて欲しかったから。

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