「努力する男」と「努力する男」

うさだるま

努力する男と努力する男

 こんなんじゃダメだ。男はそう思った。

 男はそのまま、書いていたノートの1ページを乱雑に破り捨てる。そして頭を掻きむしり、またボロボロのペンで書き始めた。

 男は小説家だ。それも売れない小説家である。毎日バイトをして、日銭を稼ぎ、それで何とか暮らしているのだ。小説を書いて、金を稼いだ事は数えるほどもない。

 だけれども、本を書いて食っていくという夢を諦めきれずに男はバイトの休憩時間や家に帰ってからは、ずっと小説を書いているのだ。

 もちろん彼は何度もこの生活をやめたいと思った。しかし、夢というのは簡単には捨てきれなかった。何より本を書くのが好きだった。そうして、気づけばこの生活に戻っているのだ。

 男は売れる為、自分の夢の為に自分の創作ノートに書き殴った。純文学、コメディ、ホラーに恋愛。果ては官能小説まで手当たり次第にできる事は全て手をつけた。

 それでも男は売れなかった。

 書いて書いて書いて、いつしか男の創作ノートは百冊をゆうに超えていたが売れる気配はない。

 これでもまだダメなのか。男は六畳ほどの自宅アパートで呟くのだった。

 そんな時だった。プルルルル。プルルルル。

 男の携帯がなる。学生時代からの友人のハジメだ。

 ハジメは男と同じく執筆活動を行なっており、その才能は素晴らしく、若くから業界で活躍し、今じゃ天才小説家と世間ではもてはやされるくらいだった。

 男は正直、ハジメの事があまり好きではない。

 いいやつだし、面白いヤツなのは分かっているのだが、どうしても今の自分と比べてしまい、身を焦がすような嫉妬にかられるのだ。

 彼のことは嫌いだ。今の自分はもっと。

 そんなことを思いながら、男は電話を繋いだ。

「もしもし?」

「おう!久しぶり!」

 ハジメはテンション高く声をあげた。

「……どうしたんだよハジメ。」

「いやさ、お前と久しぶりに飯に行きたくてさ。」

「嫌だよ。」

「どうしてさ?学生の頃はよく一緒に飯食いに行ってただろ?確かに社会人になってからは、お互い忙しくてあんまり会えなかったけどさ。」

「……忙しいんだよ。」

「そんな事言うなよ。な?いいだろ?親友の頼みだと思って来てくれないか?もし、本当に忙しいんだったら来なくても構わないから。でも、多少時間ができたら来て欲しい。」

「……考えておくよ。」

 男はそう言って、通話を切った。

 直ぐにハジメがメールで日にちを伝えてくる。

 シフトが入ってない日だった。

 男は悩んだ。大きな劣等感と過去の友人と会いたい気持ちの狭間で揺れ動き、夜も眠れなかった。

 その後、数日悶々と考えた後に「なにか刺激がもらえるかも」となんとか行く事にしたのだった。

 だが、それは失敗だった。

 飲みの席で、徐々に話題に困っていき、男は自分から仕事の話を振ってしまうことになる。

 ハジメは少し気恥ずかしそうに、先日決まった連載の話や書いた本が大きな賞にノミネートされた話をするのだ。

 男は苦しかった。才能があるやつはこんなにも遠いのかと思った。

 自分がどれだけ努力をしても、才能があるヤツは簡単に先に行ってしまっているのだ。

「やはり才能か。才能があるヤツは違うな。」

 男は心の中でそう吐き捨てるのだった。

 その後、どんな話をしたのかは碌に覚えていないが、ずっと内蔵が鉛にでもなったかのように重たく沈んだ気持ちだった事だけは覚えている。

 食事が終わり、家に帰る途中に何度もため息がでた。

 「どうして。アイツと俺とじゃ何が違うんだ。」

 何度も自分に問いかけた。

「俺は頑張っているのに、アイツみたいに認められないのは何でだ。」

 何度も何度も問いかけた。

 やはり、才能なんだろう。と男は思った。

 じゃあどうすればいいんだ?

 そんなの答えは決まっている。

 『才能があるヤツに勝てるくらい、さらに努力をすれば良い。』

 そこから先は早かった。

 男は駆けて家に帰り、机に向かう。

 己の創作ノートにペンをガリガリと音を立てて走らす。

「才能を殺せ。才能を殺せ。」

 そう男は心の中で、つぶやいた。

 どこまででも、努力できるような気がした。

 その日から男は今までより努力をするようになった。

 いつもの倍以上の量の話を書きあげ、それら全て、賞に応募した。バイト中もずっと小説のネタを考え、休憩時間に急いでメモをとった。全ては才能に努力で勝つ為。男は身体がボロボロになっても書いているのだった。

 そんな日々の中、男は最高の出来といえる話を執筆することに成功した。

 直ぐに以前から狙っていた賞に応募する。

 これで、やっと報われる。

 そう思った。

 しかし、惜しくも賞は佳作だった。

 他人は佳作でも凄いじゃないかと言う。だが、男は納得ができなかった。

 あれだけ頑張って、あんなに素晴らしい作品なのに。

 歯をギリギリ言わせながら、壁を叩いた。

 そんな時にまたハジメから連絡が来たのだった。

 要件は男が佳作をとった祝いも兼ねて、また食事に行かないかと言うものだ。

 男は前回の食事でもう行きたくなかったのだが、お祝いをさせてくれと、うるさく言ってくるので仕方なく行く事になるのだった。

 場所はハジメの行きつけだという居酒屋で、良い酒と寿司や焼き鳥などといった豪華な料理がどんどんと卓に運ばれて来た。

 男が急なもてなしに驚いていると、ハジメは少し得意そうに、「これは祝いだからな。俺が全部だすから、遠慮なく食ったり飲んだりしてくれよ!」と爽やかに笑うのだった。

 運ばれてきた料理を殆ど平らげて、腹も膨れてきた頃、ハジメは「じゃあ払ってくるわ」と鞄から財布を取り出そうとする。

 その時に鞄の中がチラリと見えた。

 ボロボロの何かが見えたのだった。

「ん?これか?」

 ハジメは何かを取り出す。

 それは、創作ノートだった。表面の塗装が剥がれ、小さなキズがいくつもあるノートだった。

 キズのひとつひとつ、シミのひとつひとつが、ハジメの積み上げて来た努力を伝えてくる。

 その時に初めて、同じ所で戦っていた事に気づいたのだった。

「ごめん。帰るわ。」

 男はそういって、その場から逃げ出した。

 全力で夜の街を駆け出した。

 その途中、男は違ったんだと思った。

「才能じゃない。才能じゃ…ないんだ。」

 男は家に到着するや否や、引き出しに大事に保管していた己の創作ノートを取り出し、全て燃やした。

 どうでも良いもののように適当に火に焚べた。

 そして、もう二度とペンをとることは無かった。 

 

 

 

 

 

 

 

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「努力する男」と「努力する男」 うさだるま @usagi3hop2step1janp

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