カラスは賢い鳥らしい

フタキバ

カラスは朝飯をたかりに来るらしい

 朝、コツコツと窓を叩く音に起こされる毎日にも慣れてきた今日この頃。何か反応してやらないとこれは止まないので仕方無く布団から体を起こしてカーテンを開ける。外は少し雲は出ているが晴れ、体いっぱいに浴びる朝日はなかなか気持ちの良いもんだ。

 と、呑気に思っていたら窓の外の足元の辺りでバサバサと音がする。全く、自分の欲求アピールが朝から激しいもんだ。


「はいはい、分かったからちっと待っとれ」


 俺の声が聞こえて自分が来ている事を俺が認識出来ているのを理解してか、窓突きも翼を広げてのアピールも止めた。大人しくなったからと言って放置するとその後が面倒なので、仕方無くある物の用意を始める。

 夜の内に仕込んでおいた炊飯器を開けると、美味そうに湯気を上げる白米がお目見え。それを茶碗半分程よそい、ほんのちょっぴりと塩を掛けてさっと握る。自分が食べる分ではないし、これを食べる奴はそもそも人ですらないのでさっさと用意をして、出来た握り飯を皿に乗せて今か今かと黒い瞳を輝かせて待っている奴の元へ出してやる。


「ったく、毎朝毎朝律儀にたかりに来やがって……ほれ」


 俺のぼやきに一つカァと鳴いて、出してやった握り飯に取り掛かったのは一羽のカラス。嘴が太いから、ハシブトガラスって奴なんだろう。ちょっとした縁があってこんな事をしてやるようになった、所謂腐れ縁で繋がった野郎である。

 器用に散らばらないように嘴で握り飯を食うカラスを暫く眺めていると、握り飯は皿の上から無くなりまたカラスがカァと一つ鳴く。ご馳走さんとでも言ってるのかは知らないが、それを聞いたら俺は一応こう言ってやる。


「はいはいお粗末さん。そら、行った行った」


 俺の反応に満足した……かは分からないが、やり取りが終わるまでじっとしていたカラスは翼を広げて飛び去った。まぁ、また明日の朝になれば顔を出すんだろうけどな。さて、俺も飛んでったカラスを目で追ってないで朝飯を食って学校へ行く用意を済ますか。


 カラスが俺の暮らすマンションの一室に来るようになったのは、今から半年前からだ。風が窓を打ち付けるような日で、大荒れの日に学校まで歩くのは億劫だよなと想いながらカーテンを開けてみたら、奴はベランダに居た。何処かで体を打ち付けたらしく蹲って、足からは血も出てたっけな。

 その頃の俺はカラスに興味なんか無く、ゴミ捨て場を荒らす様も何度も見ているのでどちらかと言えば嫌っていた。だからパッと見た時は嫌な顔をしてさっさと何処か行かないかなとしか思ってなかったんだけども、動けないで強い風から必死に隠れようとするみたいに蹲ってるのを見てると流石に可哀そうかと思ってしまった訳だ。頼むから突いてきたり暴れたりしてくれるなよと思いつつ、まだガタガタと音を立てている窓を開けてベランダに出た。で、カラスとファーストコンタクトを取る事になる。奴も人間をあまり良く思ってなかったようで、最初は威嚇の為か鳴いたり翼を広げたりしたんだが、少しやって草臥れたのかぐったりし始めた。あ、これ多分不味い奴なんだろうと思ってカラスを拾い上げて部屋に戻る。今考えたらばい菌とかの心配もあるのによくあんな事したもんだなと自分でも思う。

 動物なんか飼った事も無いしどうしたもんかと考えて、とにかく座布団に古くなった毛布で簡易のベッドのような物を作りそこにカラスを置く。物凄く不満そうな顔をしてる気はしたがじっとしてる辺り外に放り出されるのは不味いとでも思ってたんだろう。大人しくしてるのでそのままにする。で、傷の手当の仕方なんか分からんから百均で買った無地のハンカチを止血くらいになるだろうと足に巻いてやった。これの何が気に入ったか知らないが、それ以来そのハンカチが他のカラスと奴を見分ける印になっている。

 手当を終えて時間を見ると、そろそろ家を出なきゃならん事に気付いた。けどカラスはどうするかと頭を悩ませて、とりあえずの措置として簡易ベッドに新聞を敷いたり食べるか分からないが残っていた米で握り飯を置いて家を出た。雑な糞対策やら餌の用意だったけど、何もしないよりマシだろうと思った訳だ。怪我して動けないんだろうから部屋の中で飛び回ってくれるなよと祈りながら学校へ向かったもんだよ。

 その日は一日部屋は大丈夫かと気が気じゃない状態で学校生活を過ごして、終わり次第急いで帰ったもんだ。で、入った部屋はカラスによって荒らされて……はいなかった。置いて行った握り飯は無くなってたけど、カラスは朝置いた簡易ベッドで大人しくしてた。糞はしてたけど、それも新聞の上にしていたから助かった。無駄だろうと思いながらも糞がしたくなったらこの上にしろよと言い含めてはおいたけど、今思えばそれを理解してたのかもと思ってたりする。

 そんな生活を三日ほど過ごした後、カラスは元気になり何事も無かったかのように部屋から飛び立っていった。ご丁寧に窓を軽く突いて開けろと催促して出ていく辺り、あいつは大分頭の出来が良いんだと思ってる。

 で、それから朝になったら握り飯をたかるようになった訳だ。何でかって? それは俺が奴に聞きたい。世話してる間にやったのは握り飯だけだったけど、それをよっぽど気に入ったのかもしれない。ま、そんなこんなで朝のあのやり取りな訳だ。


 まぁ原因を作ったのは俺だし、なんだかんだ一人暮らしで少々寂しい思いをしている俺としては変な客とは言えちょっとした触れ合いが嬉しかったと思ってないと言えば嘘になる。俺の両親は亡くなった……かも分からないのだ。何があったか知らないが、俺が小6の時に俺を親父の弟に当たる叔父に預けると相手方に手紙を残して両親共に蒸発。それから俺は中学卒業までは叔父の世話になってたけど高校入学と共に一人暮らしを始め今生活している。マンションの家賃は叔父さんの世話にまだなっているのは申し訳無く思ってるけど、叔父さんは気にも心配もするなと言ってくれているのでちょっと救われている。

 ま、俺の身の上話なんて面白くも無いし、思い出しても虚しくなるのであまり意識せずに生活してる。もし両親がひょっこり帰って来るような事があれば一発くらい殴って縁切ってやろうとは思ってる。

 まぁそんなこんなで俺は一人暮らしをしてる訳で、朝のカラスとのやり取りも続けられてる訳だ。でなければ野生のカラスの餌付けに等しい事なんて誰も許したりしないだろうさ。

 そう言えば、カラスに握り飯をやっていて一つ不思議に思っている事がある。奴は毎朝飯をたかりに来るんだが、他のカラスが便乗して現れた事は一度も無い。ゴミ捨て場を荒らすカラスなんて、それこそわらわら集まって大変な事になるって言うのに、カラスに餌をやってるのにそんな事が起こった事は無い。ついでに言うとここ最近、俺の暮らすマンションのゴミ捨て場や通学路でカラスがゴミを漁ってるところを見なくなった。……前に一度奴に、俺に飯をたかってるんだからゴミ漁りなんてしてくれるなよーなんて言った事があるんだけど、まさかなぁ?


 そうそう、奴なんだが、時折俺の部屋のベランダ以外で姿を見たり目の前に来たりする。白いハンカチなんか足に巻いてるから目立つって言うのもあるけど、時々は明らかに俺の前に来るために飛んできたって感じの時がある。その時は大体歩いて行こうとした先で事故が起こってたりトラブルがあったりしたって言うのを後から知ったりするんだが、奴なりの恩返しなのかなと思っていたりする。一度とんでもなくヤバい時に現れた事もあったっけなぁ……休みに散歩してる時に工事現場の横を通ろうとしたら突然奴が上から降りてきて、散々頭の上でバッサバサ羽を羽ばたかせたり爪でがっつり掴んできたりの大暴れ。普段そんな事しないから俺も混乱したんだけど、暫くカラスに翻弄されてたら向かおうとしてた先から轟音が響いた。降ってきたのは、鉄骨。いやあの時は本当にビックリした。もしカラスとわちゃわちゃしてなかったら、恐らく俺は潰されてたろうな。原因は確かクレーンの誤作動だったらしいけど、本気で九死に一生ものだった。

 あの時はカラスが助けてくれたのかと思ったが、鉄骨の落下音で俺と一緒に固まってた辺り、ただちょっかいを出しに来ただけだったのかもしれないと思ってる。命拾いさせて貰った事に変わりは無いから感謝はしたけどな。


 学校を終えて家に帰って、用を済ませて寛いて寝て、朝になったらまたコツコツと窓を叩かれて起こされる。俺とあいつはそれだけの関係だけど、一人で何となく生きてた頃よりは楽しい毎朝。こんな毎日がこれからも続いたら、ちょっとは幸せなのかもなと思ってた。奴がまだ新しい、両親の描かれた写真位の大きさの絵を持ってくるまでは……。

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