第2話 鬼上官
魔法省別棟、旧館に福祉部安全生活課という閑散とした部署はあった。
「ようこそ福祉部生活安全課へ。リリシア=フォン=スカーレット、この課の長だ」
いやまて、なぜ二人きりだ。
同僚はどこへやった。
まぁそれよりも私にはまず言うべきことがあった。
「転属ねがえますか」
「無理だな。せっかくとった人員を遊ばせておく余力などウチにはない」
「公安であれば最低三年以上の勤務実績が必要なはず。買いかぶりでは」
「謙遜ならばその辺の狼にでも喰わせておけ。そもそもウチは行政省じゃない。それよりも貴君が使い物になるかこれより実地試験をおこなう。マロン?」
「はいはーい」
栗毛のふわふわとした冬毛のリスをおもわせる小柄な女性が物陰より現れた。騎士学校の担任教官マロンちゃんことマロン=カステイラである。その朗らかさと人当たりの良さから男女ともにたいへん人気の教官であった。人はそれを癒しの妖精と呼んだ。
「カステイラ先生どういうことですか」
「ごめんねーネトくん。じゃはいこれ」
ニコニコと資料を渡してくる。相も変わらずかわいらしい御仁である。などと頬を緩ます暇もない。あきらかに物騒な内容だった。
「これはなんでしょうか」
「売国奴とおぼしきリストだ。巣くう前に裏取りし除去せよ、期限は三日だ」
「正気ですか」
「なんだその反抗的な目は。国に忠誠を誓ったのではないのか」
「貴方に誓ったわけではありませんので」
とたんマロンちゃんはあわあわと、リリシア課長はぎろり見据えるが、すっとおさめ言った。
「うむなるほどな。軍上官への反抗態度は厳罰にあたるが、ここは確かに生活安全課であった。なかなか新鮮で面白いぞコールマン。ならば選ばせてやろう。完遂した暁には、もし望むのならばあらためて監査課に転属させると約束しよう」
「エエッ!?」
マロンちゃんが驚嘆の声を上げた。
悪魔のような上官は言った。
「あるべき未来は一つしかないと確信している。ネト=コールマン、貴君の働きに期待する」
こうして私は旧館の一室を逃げるようにでた。本当の部署名と場所を明かされず同僚も紹介されないあたり正式に配属されたわけではないようだ。実地試験とも言われたしな。
渡された資料は持ちだし厳禁なため、その場で頭に叩きこんだものの、なぜ私ばかりこんな目に合う。リリシア課長に論点をずらされたが、本当の意味での選択は、言われたとおり任をこなすか、地方都市に左遷されるかの二択であり、実質一択だった。今までの努力を水泡に帰したくないし放置できる案件でもない。
なぜなら名簿には同期10名が記載されクレア、フロレンスの名もあった。
つまりこれはアレだ。毎年よからぬ人間が国の中枢に紛れこもうとするらしく、暗部か諜報機関かがそれを新人候補の実地試験に利用しているとみていい。
さすがはあの上官の妙手というべきか。同期のうっすい友情をなんだと思っている。まったくとしがたい話。だがそれよりもまず私を監査課に再配属の件をなんとかして欲しい。
◇
昼時、行政省の棟から出てくるクレアをつかまえる。
「なによ?」
眉間の皺が渓谷のごとき不満そうな顔であった。
私が何をしたという。
濡れ衣ではないか。
たが、今はそれより任務優先だ。
「今晩、一緒に食事でもどうかな」
「えっ!? け、けど先約あって……」
「もしよければ同席してもいいか」
「いや女子会だしさすがにそれは……」
「そうか悪かった。じゃ」
「ちょ待って! 数あわせてくれたら大丈夫と思う! 彼さえいてくれれば」
「ああ彼ね。了解した」
彼とは無論フロレンスのことである。超絶美男はなにかと便利で助かるよ。フロレンスを誘う口実もでき、クレアの機嫌もなおったようでケガの巧妙と言うべきか。とはいえ細心の注意を払うとしよう。私の将来がかかっている。
◇
名簿にあった同期、根こそぎ集めて決起会という名のコンパが同期いきつけのしゃれた酒屋で始まった。
「「カンパーイ!!」」
私の目的は彼らのなかに売国奴がいるか探り、また、横の繋がりがあるか確かめることにある。今のところ問題なさそうだな。複数犯の線はシロか?
「意外だぞ生活安全課、お前がこんな会やろうなんてさー」
「ほらほらもっと飲みたまえよ! 君には感謝してるんだ生活安全課!」
「まさか生活安全課とはねー、ねえ生活安全課」
「生活安全課いうな」
ここぞとばかり私はいじられた。私が監査課を切に希望していたのは誰もが知るところであったからだ。と、ここでひときわ陽気な女ココ=キャロットの声が割り込んでくる。
「はいしっつもーん! フロレンス様はおっぱい大きな子好きですかー?」
「……ええと、想像に任せるよ」
哀れフロレンスはドン引きした。
それを皮切りに空気が一変して桃色へとシフトし猥談が飛び交い始める。由緒正しき騎士学校に通おうとも、いや、むしろ禁欲への反動なのか、無事に卒業してひとたび酒が入ってたがが外れれば、所詮は単なる欲にまみれた若い男と女というわけか。どうりで呼べば集まる集まる。
隣席のフロレンスは「愛しのマリアンがいるのにこんな会とは聞いてない! よくも騙してくれたな!」と非難の目をこちらに向けた。まったく生真面目な男だ。私はそ知らぬ顔して水を水で割った水割りをあおった。任務中だからな。
しかし、これといってボロをだす者もいない。というよりゲスい。初めてこういう催しに参加したが、卒業して以降いつもこんな集いをしてるのか。とりわけココ=キャロット、あれでいいトコの令嬢だというのだから恐るべし。
時は流れ、なにやらカップルが二つ生まれた。お開きとなる頃にそっと目配せし、店を出るなりそそくさ闇夜に消えていったのだ。疑いの目を向け、索敵をかけてみたが色恋で間違いなさそうだ。私が真面目に仕事をした結果として、彼らは公園の茂みで性をむさぼり享楽に耽っているのだからじつに許しがたい。いずれ鉄槌よ下れ。
春の涼やかな夜風が吹きぬけクレアの赤髪をゆらす。酔いで頬を赤らめた顔にはうっすらと化粧がのっていた。学生時代よりずいぶんと垢抜けた印象おぼえる。クレアは小首をかしげ、上目づかいに私を見つめて言った。
「ねぇ、どうかしたの」
その表情にかすかな色を感じたが、まあ酒のせいだろう。
「いやなんでも」
「そ、じゃあ帰ろっか」
「だな、明日もあるし」
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ!」
後方でフロレンスが非難の声をあげた。彼の背にはココ=キャロットが泥酔しへばりついていて、酩酊しながらもご自慢の胸を意中のオトコの背に押しあて、その首筋を甘噛みしていた。
「商家の人間がこんな時間に貴族区に入るわけにいかない」
「だね。ココのことよろしくー、くれぐれも間違いのないように。あ、責任取れるなら構わないけどー」
「僕には愛するマリアンがいるんだぞ!」
「「あーはいはい、ごちそうさま」」
クレアと声が揃った。
超絶イケメンが絶望する顔を見て、私は胸がすく思いがした。
◇
「進捗のほどは?」
翌朝、リリシア課長に報告するも、相もかわらず厳めしい顔をなされていた。朝からそんな顔して人生楽しいかねと疑問を呈したいとこだったが怖いのでやめておく。まったくマロンちゃんを見ならってほしいものだ。
「今のところ変わりありません」
「残り二日だ。仕事は迅速に、正確に限るぞ」
「でしたら虚偽情報は極力省いていただきたいものです」
「それも含めての実地試験だ。貴君の減らず口に期待している」
「承知しました」
と、課長はおもむろに口をニィとつり上げ嗤った。
「それはそうと誰が乱痴気騒ぎを起こせと言った?」
前言撤回。リリシア課長の笑顔など恐ろしくて見られたものではない。
「私の不徳の致すところ、以後気をつけます」
慌てて踵を返し、旧館をあとにする。
さて、前述のとおり名簿リストのほとんどは虚偽、つまりダミーである。リリシア課長は「売国奴とおぼしきリスト」と言った。全員が全員そうとは言っていない。それに普通に考えて、未来の国をになう同期卒業者48人のうち10人も他国の諜報員だったらこの国はもう終わってる。そんな輩は入学試験か騎士学校時代に弾いてしかるべきだ。
それでも一人ないし二人、クロなのは間違いないだろう。理由は至極単純で、もし諜報員が存在しなければこの実地試験は意味をなさない。
犯人は誰もいませんでした、などといった生ぬるい答えをあの鬼上官が用意するわけがないのだ。そうなると犯人はすでに特定されていて、あえて捕まえず泳がせていることになる。それを同期の私に捕まえさせ、除去させ、国への忠誠心まで試そうというのだから、この実地試験の悪辣さと用意周到さに呆れてものが言えない。
ま、とっくに候補は絞ってあるがな。
今回の酒席は最終確認にすぎない。
なにせ二年の苦楽をともにした同期だ。
まさか課長も今日中に終わらすとは思いますまい。
油断しているうちに一泡吹かせるとしよう。
印を結び、魔力を込め、索敵無効方陣を展開させる。
そして私は思う。
同期のうっすい絆なめてくれるな。
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