魔法省諜報課の文官はただ天下りたい

わらびこもち

第1話 輝かしき未来

 いかに楽して生きるか、それが問題だ。


 ネト=コールマンとはそういう男である。


 眉目秀麗、長身痩躯、銀髪碧眼、年は19。

 その見た目とは裏腹に怠惰きわまる思考をもつ。


 商家の二男ゆえ家督をつげず、親方株も定員一杯でのれんわけの望みも薄く、かといって一から商いを興そうという気概もないため別の職を探すことにした。


 選んだのは文官の道であった。


 ここ中央都市カンテラは人口10万を超える都市国家であり、魔術都市であり、なにより他国列強から独立した都市連合国家であった。


 まったく兄上の羨ましいことで。


 朝もやたれこめる商業1区3番街、大通りに面した実家の商会を恨みがましく見やりながら中央区へむかう途中、そんな私の背中に声がかかる。


「勤務初日から辛気くさいのね、おはよ」

 

 あきれ顔した彼女はクレア=ハートレッド、おなじく商家の生まれで官学校の同期である。官学校とはいったが正式には国立中央騎士学校といい、かつては貴族令息の学校だったそれも今では文官、武官の総合育成機関となっている。


 文官、武官になるには地方都市の受験者ふくめ最難関といわれる国家試験をパスしたのち半数以上は落第という熾烈きわまる二年間の騎士学校を卒業したものに限られる。無事に卒業した者のみが中央省庁へと配属されるが、今日がその晴れの日であった。


 にも関わらず、クレアはじとりとした目を私に向けていた。


「なにか言いたげだな」

「べっつにー」

「それはそうと君の配属希望先は」

「さあてね、ひみつ」


 クレアは艶やかな紅髪をゆらし不敵に笑った。


 友であるにも関わらず、私は彼女の配属希望先を知らない。クレアは知と血の暴力で成り上がった首席様であるからしてどんな配属先も思いのままであろうが、ま、希望先が被りさえしなげればとくに問題ないがね。


 ここカンテラでは貴族は貴族、商人は商人と自由に職を変えられないなか唯一自由選択でき、輝かしき未来をのぞめるのが文官、武官の道であった。


 かたや貴族令息は試験を受けずとも騎士学校に通える。騎士学校は元々貴族を教育する機関として創設され、のちに有能な民を官として取りあげるために門戸を広げた背景があるからだ。爵位をつげない貴族令息たちにとって武官、文官は優良な就職先であり、オイシイ役職にありつける仕組みとなっている。なんと羨ましいことか。ま、卒業できればの話ではあるが。


 そんな貴族令息たちをさしおき今年の首席卒業となったのは市民出身のクレアであった。彼らは彼らなりのうっすいプライドに貴族という下駄まで履かせてもらっているのだから、首席なんぞ将来の重荷にしかならない勲章など快くくれてやればいいものを、クレアは空気も読まず彼らのオブラートみたいにうっすいプライドをことごとく叩きつぶし、市民初となる首席卒業を成し遂げた。担当教官であったマロンちゃんの可哀想なこと。さぞ裏で上官から締め上げを喰らったろうに隣にいる張本人ときたらどこふく風である。

 

 私も不本意ながらそれなりの努力はした。二年の労力とそれに対する一生で得られる報酬を天秤にかけてこそである。いかに楽して生きるか。初心忘るるべからず。希望する部課に配属されるに充分な成績をとり、これからの明るい未来を思えばこそ、自然と笑いが込みあげてくるものだ。


「へえ、ずいぶんと機嫌いいのね」

「さぁ行くか」


 胸を高鳴らせ中央庁舎に入った。


 大広間に新人の配属先の掲示がなされ人集りができている。


 私の希望先は行政省財務部監査課であった。


 いかにもお役所なカタい部課におもえるが、内実を知っている者からすればこれほどオイシイ部署はない。監査と称して年に一度、商会の帳簿照会と棚卸に立ち会うのだが、これがまったくもってザルなのである。商家の私が自分の目で見てきたのだから間違いない。目的はそればかりではないが、あとは監査課に着いてから悠々語るとしよう。


 配属先に悲喜こもごもの同期への挨拶をすませ、私も掲示を見る。


 氏名が列記され、クレアの名が1番上にあることから卒業成績順なのだろう。私の順位は48人中11位。大したことないと思われるかもしれないが私より上位はクレアを除きみな貴族なのでいかに貴族が下駄履きなのか一目瞭然だ。そんな彼らの多くは士官となるのが慣わしなので私の競合にあたらない。彼らとは良好な関係を築き配属先も確認ずみで抜かりもない。まあ、クレアのせいで何度か謝罪行脚に策を労したこともあったが、おかげで貴族といえど同期との関係が深まったともいえる。


 さて、監査課の枠は一つしかなく唯一の懸念点であったクレハの配属先は、


 行政省財務部財務課


 ふっ、やはり一丁目一番地の文官出世コースか。


 彼女は誇らしげに言う。


「これからよろしくね、監査課のネトさん?」


 同じ行政省財務部であれば勤務棟も同じ。フロアは異なるだろうが、付き合いは変わらずありそうだな。まぁ二度と彼女の尻拭いはごめんだが。


 そんなことを思いながら自分の名を見つけ、視線を横に滑らせた。


 ネト=コールマン 魔法省福祉部生活安全課


 は? え、いや待て、は? 魔法省? 生活安全課?


「な、なぁクレア、すこし腕をつねってくれな、ぶふっ!?」

「話違うじゃない! なんで魔法省なの!」

「ゔぅ……ビンタしろとは言ってない」

「私を騙したのね! この嘘つき!」


 肩を怒らせクレアは行ってしまった。


 そこに貴族然とした金髪男の横やりが入る。


「あーあ可哀想にな、行かなくていいのか」

「なぜだ、なぜ監査課じゃない……」

「そういうところだと僕は思うよネト」


 口調も見た目もまごうことなき上流貴族の超絶美男フロレンス=フォン=ライグニッツがあきれ顔だ。どうやら私は友をあきれさせる才能があるらしい。フロレンスは有力貴族の嫡男で、卒業総合成績は3位なうえ同期女子にモテまくって美人の恋人までいるのだから、まったくこの国の将来が思いやられる。人はそれを僻みという。


「そういうフロレンスこそ近衛騎士か、意外性も何もないな」

「お、言ってくれるね。それはそうと生活安全課だって?」

「むしろこっちが教えて欲しいくらいだ」

「あーなるほど。道理でか」

「ん? なにか知ってるのか」

「これでも伯爵家なんでね。ま、お互いがんばろう。それじゃあ」


 フロレンスは金髪を颯爽となびかせ周囲の女性職員たちの視線を欲しいままにした。まったく何をしても絵になる男だ。にしても参った。じつに参った。


 生活安全課とはなんだ。そもそも魔法省に配属されること自体ありえない。私は監査課に入るため、筆記に特化させて成績を調整し、魔術の成績は並であったため文官位として卒業した。


 貴族出身の士官が大半を占める魔法省庁から直々にお声がかかるなんてまずありえない。それでも、ここでごねてる場合でもないのか。


 仕方なく庁舎をでて魔法省の棟を目指すことにした。赤レンガの中央庁舎の奥、北側に位置する白亜の建物に向かう途中、ふいに横から声がかかる。


「貴君がネト=コールマンだな」


 軍上官をおもわせる女の声音に、騎士学校の血なまぐさい思い出がフラッシュバックして胃液が喉元まで込みあげてきた。みれば酷薄な黒髪ストレートの妙齢な軍装美女が仁王立ちしておられる。


「私に何かご用でしょうか、申しわけありませんが先を急いでおりまして」

「とぼけるな。そんな無能をとった覚えはないぞ」

「……」

「ともかくこちらだ、ついてこい」


 有無も言わせず、ぐいと腕を掴まれて私は連行されていく。


 こんな強引なことして目立たないかと思いきや、すれ違う人の視線がこちらに絡むことはなかった。ああなるほどな、相当に高度な認識阻害魔術を展開しているのだろう。つかんだ私もろとも気配を消したに違いあるまい。


 ともすれば、自ずとどんな部署に配属されたかは明白だった。


 ゆえに私は思うのだ。


 輝かしき未来はいずこへ、と。

 

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