そのトリは思い出と揺れて

セツナ

『そのトリは思い出と揺れて』


 僕らがまだ幼い子供だった頃。

 いや、高校生が子どもでないのかと言ったら、きっと子供なんだろうけど。

 何も知らなくて、何もかもに夢を見ていた無邪気なあの頃。

 僕は大好きだった女の子に、プロポーズをした事があった。


「だいすきです。ボクのおよめさんになってください」


 僕の大好きだった女の子は、僕が一目ぼれしたその愛くるしい笑顔を浮かべて「はい、よろこんで」と僕が差し出した手を握ったのだった。

 そんな、微笑ましくて幸せで。その時に咲き乱れていた桜の花びらのような色に染まった、美しい記憶。


***


 ――ジリリ。ジリリ。


 部屋に鳴り響く昔ながらのアラーム。その音の主である目覚まし時計のスイッチを押し、音を止める。

 ゆっくりと身体を起こし、布団をめくると外気に触れた肌が少し痛くて、まだ外が肌寒いことが分かる。

 ゆっくりとした動きで、ベッドから降りて制服に着替えていく。

 制服を着て洗面所の鏡の前まで行き、髪の寝癖を整えていく。

 そこに映っているのは、やや長めに髪を伸ばした、冴えない高校生の僕だった。

 時間に余裕をもって支度を済ませ、家を出る。

 玄関を出た瞬間に、隣の家から同じ学校の制服を着た女子の姿を確認する。

 彼女もこちらに気付いたようで、視線を交差させるがそれは次の瞬間には逸らされ、彼女は何もなかったかのように歩き始める。

 行く先は同じなので、必然的に彼女の後を追いかけながら歩く形になるのが非常に苦しい。気まずい。

 僕から少し離れた場所を、こちらに目もくれずに歩いている彼女が詩帆しほ。僕の幼馴染だ。

 そして、僕がプロポーズをしてしまった相手であり、またその時からずっと変わらず僕の初恋の人だ。

 詩帆とは小学校までは、ずっと仲良くしていたが、中学に上がると少しずつ疎遠になってしまって、高校に進む頃にはほとんど話をしなくなっていた。

 彼女は歳を重なるごとに綺麗になっていく。そんな彼女を好きで居続ける事はとても苦しい。

 当時は可愛く切りそろえられていたおかっぱ頭も、今ではその黒髪は長く伸びていた。

 しかしただ伸ばしっぱなしているように見えないのは、きっと彼女がしっかりと手入れをしているからだろう。


 今ではすっかりと手が届かない存在になってしまった彼女の後姿をながめつつ、はぁと僅かに息を吐くと学生カバンにぶら下げた、トリのぬいぐるみが小さく揺れた。

 それは僕が物心ついた時から家にあった、デフォルメされたフクロウのようなトリの、可愛らしいぬいぐるみだった。

 小さい頃それは僕の家に色違いで2つ並んで置かれていて、僕が彼女にプロポーズした際にその片割れは彼女に渡っているはずだ。

 結婚指輪はペアのものでないといけない、と言う事だけは何故か分かっていた僕が、家にあるお揃いの物を頑張って探した結果、ようやく見つけたのがこれだった。

 今では僕の気持ちは彼女には届かず僕と、僕の気持ちと、謎のトリのぬいぐるみは、ずっと過去の思い出の中に取り残されている感覚だ。


 そんな事を考えていると、僕らは学校に着いてしまい、それぞれの教室に身体を滑り込ませていく。

 僕はE組、彼女はA組。今となっては端と端の教室なのもまた、寂しく感じてしまうのはあまりにも女々しいな、とまたひとつ溜息を吐いた。


***


「はぁ」


 教室に座り自分の席に座る。窓際にある席にカバンを置くとまた一際大きくため息を吐く。はぁ。

 なぜ、こんなに気が重いのかと言うと、大好きな人に想いが届かないからだ。

 こんなに大好きなのに、ずっとずっと、大好きなのに。

 小さい時にした結婚の約束の事も、もう忘れてしまったんだろうか。

 そもそも一方的な気持ちだったのかもしれない。

 最初から向こうはそんなに自分の事を好きじゃなかったのかもしれない。

 でも、それでもこんなに好きだったのに。あんなに好きだって言ってくれてたのに。

 あまり深い事を考えないようにしよう、と教科書や筆記用具を取り出していると、カバンのトリのぬいぐるみが揺れた。

 お揃いのぬいぐるみ。大好きなぬいぐるみ。今ではもう汚れてしまい、年季が入っているがそれでも大切にしてきたこのぬいぐるみ。

 それを指でなぞっていると、隣から不意に声を掛けられた。


「なーに考えてんの」


 親友が手元を覗き込むようにしながら話しかけてくるものだから、びっくりして「わっ」と大きな声を出してしまう。


「いきなり話しかけないでよ」


 言うと親友は「いいじゃん」とケラケラ笑いながら、再びトリを指して言った。


「そんなに大切なもんなの?」


 親友に言われて、トリをみつめると「うん」と頷いた。


「そう、好きな子にもらった大切な物なの」

「へー」


 親友は考えるようなそぶりを見せて、そして嬉しそうに笑った。


「詩帆って意外と乙女な所あるんだね」


 からかうように親友に笑われ、私は頬を膨らませる。


「何? 意外とって、失礼じゃない?」


 言うと彼女は「はは、ごめんね」と手を合わせた。

 そうしていると、予鈴のチャイムが鳴り始めたので「じゃあまたね」と手を振って、親友は自分の席に戻って行った。

 彼女に手を振りながら、再び私は自分のカバンの内側に、こっそりぶら下げたトリのぬいぐるみを見つめた。

 大切だから、傷つけたくないから、冷やかされたくないから。隠すように大事にしているこのトリ。

 幼馴染の彼は、大切にしてくれているだろうか。

 今では中々話すことも上手くいかないけれど、いつか彼とまた話せるようになるだろうか。

 昔は並んで飾られていたというこのトリたちが、いつか再び会える日は来るのだろうか。


 いつかまた。この子たちと、私たちが並んでいられる日が来ればいいのに。

 今はまだ、トリあえず、惰性で過ごしてしまっているこの日々を何とかしたいと思いつつも、変える事の出来ないもどかしさを感じながら。

 トリを再びカバンの内側に戻して、私はそっとそれをしまった。


-END-

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そのトリは思い出と揺れて セツナ @setuna30

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