第2話 カークヨームの森
美女の名前はアトリと言った。アトリに連れられ、僕は酒場を出て、人気の少ない通りを抜けて、ついには街からも出て、森へ入った。このまま異界へ連れていかれるのではないかと思い始めたころ、ようやくアトリは足を止めた。
「さあ、着いたぞ」
そこは村というか、森だった。背の高い木々に囲まれたその場所には、たくさんの木の小屋が並んでいる。よく見ると木の上にも。こんな未開の地みたいなところに人が住んでいるのかと疑っていたが、アトリと同じようなローブを着た人たちがけっこうそのへんをうろうろしていた。
「ただいまー」
アトリは門番の男にあいさつをした。
「アトリさん、また飲みに行っていたんですか。KACの最中なのに余裕ですね」
「余裕はないけど、息抜きしないとやってられないんだよ」
「そちらは、新規の人?」
「そう。興味があるっていうから連れてきた」
門番は僕を見ると一礼した。
「どうぞ楽しんでいってください」
「あ、はい。どうも」
見ず知らずの僕のこともすんなり通してくれてほっとした。
中に入ってすぐ目に入る一本の木から『祝 8周年!』という断幕が垂れ下がっていた。そしてその木の根元からは、ずらりとたくさんの出店が並んでいて、たくさんの人でにぎわっている。なるほど、お祭りらしい雰囲気である。
「じゃあトリあえず、好きなものを読もうか」
「読むって、何を?」
「作品だよ。そこかしこに並んでいるだろう」
言われてみれば、多くの出店に並んでいるのは食べ物でも飲み物でもなく、紙の束だった。
「これが、KACか……」
「そう。狂気のお祭りだ」
アトリはあっちの屋台、こっちのワゴンに僕を引っ張って行き、その都度おすすめの作品を紹介した。どうやら作品のジャンルごとに店が分かれているらしい。僕はあまり小説を読む習慣がなかったが、ほとんどの作品が短いものばかりだったので、気軽にあれこれ読むことができてけっこう楽しかった。しかも、ほとんどの作品がタダで読めるというのだから驚く。
「ほら、これをあげよう。お腹空いただろ」
木の下のベンチに座り込みSF短編小説を夢中で読んでいると、アトリが焼き鳥とクレープを持って現れた。
「ありがとうございます。食べ物の店もあったんですね」
「ああ。ほかにもフライドチキンとか、照り焼きチキンバーガーとか、ナゲットとかもあるぞ」
「へえ」
おいしそうだが、ひとつ気になることがある。
「どうしてそんなに鳥づくしなんですか?」
「私たちの村では、トリは神の使いとされているんだよ」
「……それって、食べちゃダメなんじゃないですか?」
「ダメなのか?」
「………」
「………」
この問題は深く追求しないほうがよさそうだ。
「そんなことより、お気に入りの作品が見つかったか? 見つかったなら、ハートや星を送ってみるといい」
「ハートと星、ですか?」
「ああ。ほら、そこのかごに入ってるだろう」
アトリが僕が座っているベンチのわきを指さした。大きな箱に、何やらキラキラしたものがぎっしりと詰まっている。出店のあちこちにも同じものが設置されていて、何に使うのか不思議ではあった。アトリはその箱からキラキラのハートを取り出した。
「これをな、こうして」
僕が読んでいた小説の上に、ぽいっとハートを乗せた。すると、ハートはシューっと紙の中に吸い込まれていった。
「なんだこれは! 見たことない魔法ですね」
「大トリ様が作ったシステムだよ。これが作者に届いて、励みになるんだ。メッセージをつけることだってできる。もちろん金はかからないから、気に入った作品があれば、積極的に送るといいよ」
「へえ、面白いな」
そのとき、「チリン、チリン、チリーン」と大きなベルの音が鳴り響いた。とたんに、あたりがザワつく。
「何事ですか?」
「次のお題が発表されたんだ。 行くぞ!!」
走り出すアトリ。自体がのみこめず戸惑うが、周りにも同じように走る人が大勢いたので、僕はアトリを見失うまいと必死に追いかけた。ベルの音がしたほうには掲示板があって、紙が貼り出されているところだった。
『第6回お題「トリあえず」』
紙には大きな文字でそう書いてあった。
「うわー、なんだよトリあえずって! ダジャレか!」
アトリが頭を抱える。
なんのことかわからず戸惑っていると、周りからも「トリって、あのトリ?」「書きづら……」「攻めてるなあ」などと声が上がる。
そして、群衆はそろそろと退いていった。また出店のほうに向かう人もいたが、散り散りにどこかへ向かっていく人も多数いた。
わけがわからず、アトリの顔をうかがう。
「次なるお題に沿った作品を書くために、自分の家に戻っていったんだよ」
「そうなんですか……」
よくわからないが、静かになってしまい少し寂しい。
「アトリさんは戻らなくいいんですか?」
「私はだなあ、君にいろいろ見せて回る役目があるし、ほかの人の作品も読みたいし、ようやくさっき一仕事終えたばっかりだし……」
あー、この人ギリギリまで追い込まれないとやらないタイプだ。
「やめろ、そんな憐れむような目でこっちを見るな!」
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