第2話

僕は教室で頬杖をついて、悩んでいた。

彼女の性的な告白についていけなくて……。


(僕になにができるだろう……)


彼女が言うには、年上の彼氏と付き合っている時、セックスは週5日して当たり前、男はいつだってしたくなる、ぜんぶ君が可愛いから抱きたくなるのでしょうがない、そう言われてしぶしぶ嫌な日も行為に応じていたらしい。


……性欲の無限さは、実は僕もわかる。でも、まだ彼女を神聖視している自分がいるのか、彼女で自分勝手な妄想から、その先を想像したことはない。


途中から快感がなくなっていった彼女は「おかしい」と感じ、友達や母親にまで相談したらしい。

年上の彼氏には別れ際にやっと打ち明けられた。

その頃には、というか、最初の時点で彼氏はもう色んな女の子にちょっかいを出していた、いわば「サル」のような状態だったらしい。

猿に謝れ。

そして、彼女に謝れ。


無理強いとまではいかないまでもセックスを強いられてきた彼女は、精神的ストレスで快感を得ない身体になってしまったらしい。


「わたし、すごくHでいますぐ君ともしたいのに、疼くけど感じないの。それじゃ、きっと君のことも口でしたり手でしたりするのもお互いの昂りがわからなくて、気持ちよくしてあげられないと思うから……。せっかく好きって言ってくれたのにごめん、ふたりで気持ちよくなれないなら、付き合っても意味ないよね、ごめん、ほんとに……」


なにもセックスの気持ちよさだけで繋がろうとしなくていい。心でつながろう。


なんて言葉が頭の回転の遅い僕からは出てこなかった。


性欲や快感なら僕にもあるはずだ。


でも。


(僕も、気持ちいいとかわかんないんだよなあ)


Hなものを見て反応はする。

ただしごきたいとも思わないし、ましてやその先の射○までしたいとも思わない。


「なに悩んでんの?」

パックのジュースをかわいくチューチュー吸う親友が現れた。

「昼間から、猥談なんだけどさ……」


親友がかたまった。


「お、おう。なに、俺、童貞ですケド、どうぞ……」


いつのまにかついていた頬杖を、気だるげに軸にして親友を席に着席した姿勢で見上げ、質問する。


「夢精、って。いつだった?」


親友がジュースを吸えなくなった。周りは静かだ。

いや、僕が静かな想いを抱えているだけでそれなりに騒いでいる。


「小……、六? あれ、遅かったか早かったかとかも思い出すの恥ずい。え、待って、覚えてない、あれだろ、こう、精通して、いよいよ、大人の身体とかに近づいて、女子で言えば生理で二次性徴だろ? え。……なんで?」

「わかんない。聞いてみただけ。ちなみに僕もいつだったか思い出せない」


性教育として習ったのは小四くらいだったような気もするけれど実際自分の身体がそれを会得したというか。いやらしい夢まで見ていつのまにか、その、出るようになったのって、いつだっけ。


親友は僕の机の近くにかがみ込んでパックのジュースをつきだしながら

「どうした?」

と沈没船のように深く沈んで聞いてくる。


「きょう、風花(かざはな)に告白したらうれしい、って言われたのに、フラれたんだ。人生で初めて、失恋を経験している」


沈没船はゆっくり、と頭を浮上させて。


「両思いが、失恋になるなんてどういうことだ……?」


「僕も話を聞いていたら、なんだろう。複雑な事情と好きな子がもう思いっきり経験あるって知ってダブルパンチなんだ……。親友よ、僕は、なんとなくこの恋を諦められない予感がするんだけど、どうだろう」

「根拠は?」

「好きなものが連作でいくつも映画やスピンオフが出てるから最後まで追っかけたい感じ……」

「ストーカーかな、それは親友として反対する」


うららかな春先の午後から、明日は強風の天気予報がスマホのアプリにて確認できた。


「明日は風が強いって」

「気持ちの切り替えがよめないぞ、大丈夫か」

「明日、もう一回、告白しようかな、なんでかな、風花ともっと近くなりたい」

「なんでそんなに執着するか知らないけれど、一度振られたなら次で良くないか? 次」


親友の言うことも一理ある。

でも。

秘密を知ったら、

「僕が幸せにしたっていいだろ」


親友はちょっとこちらをあまり動かない動物園のコアラを見るような目つきで眺めた後。


「なにか、事情が、あるらしい……」


「察してくれてありがとう。彼女の沽券に関わるから多くは語れない」


「俺に夢精の時期について質問しといてすごくね?

もしかして、風花、まだ生理が来てないとか身体の問題? 別に夢精とか生理どうこうで男とか女とか関係ないし。人生これからじゃん」


ほう。

親友、女子に理解ある。

僕は驚いて親友に聞く。


「お前、彼女いたっけ?」

「実はいる」

「親友解消だ」

「待てよ、俺はこの学園生活、恋も友情も青春そのもの、勿論学業だって手放したくない! お前の力にならさしてくれ」

「冗談だ。ところで、親友よ」

「なんだ、なんでも聞いてくれ」

「僕は、性欲って必要なのかと疑問に思うんだけど、どうだろう……」

「……え、沸かない人いるの? 性欲……」

「厳密には、快感、みたいなもの……かな」

「? 気持ちよくなきゃ、ヤ、ヤル意味なくね?」

「でも本人は気持ちよくなりたいのに身体がどうやっても気持ちよくなってくれなかったら? 相手としたい気持ちはあるのに」

「お前、何に首突っ込んでんの?」

「正直な感想は? お前が今の彼女として彼女は気持ち良くなれない、変わんない、って言う」


親友は、パックジュースからストローを抜き取り、本体を「えええ……」と言いながら潰して、頭でも抱えそうだが、ずっとゴミを持ったまま。


「俺の技量とかテクのせいかなって思ってショック……、なに、おまえ、風花ともうそこまで……?付き合う前に……?」

「違うけれど、今風花の元彼に怒りが湧いてきた。人間、悲しんだら次は怒るべきだな」

「マジでどうしたの、お前と風花」


「明日は風が強くて寒いから、風花が舞うかもしれない」


「なぜ、どうした急に。応援していいの? この友達の恋……」

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