16.魔犬―2

ヘルハウンド

 は、本来、ローレンシア大陸全域に棲息している……、いや、棲息していた魔獣である。

 魔獣と呼ぶにふさわしく、常の世には在らざる力――魔力をもった肉食かつ獰猛な獣だ。

 妖精族のようには知能は無いが、本能に根ざした超常のちからを発揮し、一般の獣をはるかにしのぐ猛威を振るう。

 そのためヒト族、妖精族――総じて人間たちから恐れられ、また忌み嫌われて、互いの力関係が人間優位の世となってからは、時、場所を問わず、徹底した駆除根絶の対象となった。

 為に現在ではおよそ姿を見かけることも少なくなった獣なのである。

 その忌まわしき獣を部隊徽章エンブレムに冠するイスタリア帝国の戦闘部隊……。

 ヴォトル少尉は全身の毛穴がひらき、ぶわッと総毛立つ感覚をおぼえた。

「イスタリア帝国陸軍親衛魔導猟兵部隊――通称『ヘルハウンド』」

 エルフの士官が淡々とした口調で言葉をつづける。

「この写真が撮影されたのは、約二週間前。イスタリア帝国ルンクスボルン市の鉄道駅でのことです。確認できた限りにおける部隊規模はほぼ大隊レベル」

「……確か、なんだな?」

 自分でもわかる。

 ねばついたような声になっていた。

「何を目的にしているのかまではわかりませんが、まず間違いなく」

 ヴィンテージ中尉が頷く。

「く……ッ、ぐッ、ふ、ふふ……ふぅ」

 こらえきれずに笑いがこぼれた。

 猛獣が……、いや、いっそ、ドラゴンが喉の奥で唸りをあげるのを笑いと言えるのならば、それは確かに『笑い』だった。

「おい、ヴォトル……」

 同席していた小隊長がたしなめようとでもするかのように声をあげる。

 不敬、とまでは言わない。

 しかし、異なる国から来た軍士官が相手なのだ。それなりの節度は必要だ。

 しかし、ヴォトル少尉はそれに反応しなかった。

「さっき、あんたが言った『協力者』うんぬんというのは、つまり、この魔犬を退治するとか、そういうことに対する協力なのか? そういう理解で間違ってないか?」

 食い入るように写真をめつけながら、なおもエルフの士官に問いただした。

「戦力比からして退治はムリでしょう。協力を願いたいのは偵察です。敵部隊の動向は現在も確認中ですが、いずれにしても、最終的にはその企図するところをくじきたい。そのための協力をお願いしたいのです」

「司令?」

 そこまで聞いて、ヴォトル少尉は、基地司令の方へ顔を向けた。

「ああ、わかっとる。ここの――」と言って、小隊長の方へあごをしゃくって、

「ガロンを呼んで話し合っとったのも、その件じゃし……、行くか?」

 端的に一言、そう訊いてきた。

「行きます!」

 ヴォトル少尉は力強くうなずく。

 そして、

 一拍おいてから、「あ……」という表情になって、おそるおそるに小隊長の方をうかがう。

 小隊長――ガロン大尉は苦笑した。

「貴様の乗車が重整備を要するかもしれん事は整備長から連絡があった。くわえて、俺の乗車も含め、小隊所属の全車両がなにがしかの不具合をかかえこんでしまっとる。欠員も補充しなけりゃならんし、当面の間はなにも出来ん。だから、貴様の乗車の修理時間と、こちらの中尉殿の要請に折り合いがつくようだったら――」

 自由にしろ、と、そう言った。

「中尉もそれでよろしいか?」

 基地司令がエルフの士官の方に目を向け、話をまとめる。

「あいにく、こちらも人手が足りんでな。招きもせんのに、が大入り満員で、ちょいてんやわんやしておるところよ。ちゅうワケで、済まんがそんなに数は出せん。申し訳ない」

 頭を下げた。

「い、いえ、こちらとしては協力いただけるだけで感謝です。不満などあろう筈がありません。貴重な情報も提供していただきましたし……、どうぞ、頭をお上げください」

 これには相手の方が慌てたようだ。

 いかにもエルフ然として、どこか高慢ささえ感じさせる態度だったのが一転、あたふたとした表情を見せた。

 が、

「では、そうさせてもらいましょうかな」

 言って、基地司令が伏せていた顔をあげるとポカンとなる。

 それに、小隊長のガロン大尉がちいさく吹きだし、「失礼」とびると、風がスゥッと吹き抜けたように、その場の空気が明るく、そして軽くなった。

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