二章.『偵察行』

15.魔犬―1

「おお、ちょうど良かった」

「……では、彼が?」

 ヴォトル少尉が小隊長の在所を訊ね、通された先は基地司令の部屋だった。

 そこで入室直後に聞かされた文句がこれである。

 部屋の中には四人の人間がいた。

 基地司令、その副官、小隊長、そして見知らぬ男性士官の四人だ。

 そのうち声を発したのは基地司令と正体不明の男性士官のふたり。

 基地司令は高齢の、しかし、矍鑠かくしゃくとしたドワーフだったが、くだんの男性士官についてはヴォトル少尉は場違い感、違和感をしか感じなかった。

 風精エルフだったからである。

 室内の四人のなかでは飛び抜けて背が高い。

 筋肉質で頑健ではあるが、身長は平均一五〇センチそこそこのドワーフたちに囲まれているというのもあろうが、そうでなくとも一八〇センチ超の高身長だ。

 美丈夫でもあった。

 身につけているのは礼装ではなく野戦服のようだったが、それすら募兵広告のモデルみたいにサマになっている。

「セントリーズ共和国軍のヴィンテージ中尉じゃ」

 基地司令が紹介すると、かるく一礼して寄こす。

 しかし、ヴォトル少尉を見る目は、どこか冷たく厳しかった。

 つ、と、視線を逸らすと基地司令の方へ顔を向ける。

「本当に彼で大丈夫なのですか? 戦地ですから不潔なのはまだしも、ここまで届くくらいに酒の香がつよい。ドワーフはアルコールに耐性があるとは聞きますが、それでも朝からこうというのは問題なのでは?」

「――ッ! 任務の遂行には何ら問題ありません……ッ!」

 セントリーズ共和国は、中央天山路沿いに存在する、あるいは存在していたドワーフの都市国家群と異なり、アーカンフェイル山脈の雪解け水がはぐくんだ深い原生林のなかにある国だ。

 ドワーフたちが歴史上の経緯から名目上だけにせよアーカンフェイル山脈の南に位置するサントリナ王国を盟主と仰ぎ、だから、公国を名告っているのと異なり、あくまで独立を貫いているのだと公言してはばからない。

 うがった見方をすれば、『共和国』という国名も、ヒト族とつき合う上で仕方なくつけたものであり、王国、公国、帝国、教主国などとは違う――自分たちエルフは、生まれた時より平等であり、高度な教育を施された自主自立が可能な者たちによって構成されている。

 自分たち以外をし、見下した、いわば当てつけに他ならなかった。

 ヴォトル少尉が、だから、ほとんど反射的に反論を口にしたのは、そうした事どもからくる反感が、ぬきがたく腹中にあったからだろう。

「ふん……」

 それに対してエルフの士官――ヴィンテージ中尉は、かるく鼻を鳴らす事で応じた。

「まぁ仕方ないでしょう」

 そう言った。

「事は急を要します。協力者のえり好みをしている余裕はありませんね」

「いったい、何のはなしを……!」

 自分はそもそも自車の戦線復帰が遅れることを小隊長に報告に来たのだ。それをワケのわからない話をダラダラ聞かされても迷惑だ。

 伝えるべきことを伝えるべき相手に言って、あとはとっとと整備場に戻ろう――そう思って切り出したヴォトル少尉の目の前に、「これを見てください」と一枚の写真がつきつけられた。

「これは……!」

 機先を制され、ぐッと詰まったヴォトル少尉だったが、相手が提示してきた写真に顔色が変わった。

 粗い画像。

 元はスナップ写真程度だったものを拡大したものだろうか、光量も足りず、手ブレもひどい。

 それでもわかった。

 装輪式の装甲車、その車列を横から捉えたものだ。

 そして、その横腹には、おそらくは部隊のエンブレムだろう意匠が描かれている。

 狼か何かか――血を滴らせた肉食の獣の横顔。

「まさか……」

 ヴォトル少尉が唾を飲む。

「そうです」

 エルフの士官――ヴィンテージ中尉はうなずいた。

「ここに『ヘルハウンド』が来ています」

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