17.魔犬―3

「セクレの泉という地のことは御存知ですか?」

 ヴィンテージ中尉は言った。

 場所は基地司令の部屋から会議室へと移っている。

 室内にいるのは、ヴィンテージ中尉とヴォトル少尉、それから、別の砲戦車部隊の車長だろうドワーフが一人と、こちらはヴィンテージ中尉の同僚か部下か――エルフの女性が一人の計四名。

 エルフの二人は壁に設置されてある黒板を背後にして立ち、ドワーフの二人は長テーブルの席に腰をおろして向かい合っている。

 おそらくはヴィンテージ中尉が、この場にいる人間の中でもっとも階級が高いようだったが、それでも言葉遣いが変わってないのは、彼のクセなのかも知れない。

 それはともかく、訊ねられた一同は(と言ってもエルフの女性を除くドワーフの二人だけだが)頷いた。

「では、その周辺にエルフの集落があることは?」

 重ねられる問いに、しかし、今度は首を横に振るドワーフ二人。

 それに対してヴィンテージ中尉は、隠れ里のような小規模の集落ですから、そうでしょうねと、やはり頷いてみせる。

「実は先日、その地より避難してきた者がおります」

 彼女です――そう言って、自分の隣に立っているエルフの女性をしめす。

「彼女によると、突然おそいかかってきた軍隊と思しき集団によって集落は壊滅。住人はほぼ殺害され、からくも難を逃れることが出来たのはほんの数名の状態だった、と。

「そして、その際、先鋒をきって襲いかかってきたのは今では見ることも珍しい魔獣であり、背後につづいて姿をあらわした襲撃者たちは、明らかにそれを使役していたというのです」

 紹介めいた言葉に、ドワーフ二人へちいさく目礼してよこすエルフの女性。

 その女性をよそにヴィンテージ中尉は、淡々とした口調でそう言ったのだった。

「魔犬だ……」

「ああ、間違いない。魔犬だな」

 ドワーフ二人は頷きあう。

 イスタリア帝国陸軍親衛魔導猟兵部隊――通称『ヘルハウンド』

 それは、ヒト族にあっては珍しく魔法――いや、を駆使する者たちの一団であり、また、駆除対象であった魔獣としての魔犬を兵器として使役することが知られていたからであった。

「セクレの泉の場所はここ」

 ヴィンテージ中尉はおもむろに振り返ると背にしている黒板――その表面に何枚も貼り付けられてある拡大された写真や書類の写しコピーのうち、中央天山路を中心とした地図中のとある場所を指し示した。

 山間に孤立したようにある湖――『泉』という言葉から連想されるものより遙かに大きな水の集積地である。

「泉と呼ばれているのは、水源が雨や雪解けの水にほぼ限られ、また、四周を山に囲まれた立地から、湖水の出入り口を事実上もっていないことから来ているものと思われます」

 ヴィンテージ中尉が説明を付け加える。

「わたしたちエルフは」と、そこで避難民だと紹介された女性が口をひらいた。

「わたしたちエルフは、風の妖精であると同時に森を守護する者。緑をはぐくむ水とも親しい一族です」

 ギュッと拳がにぎられるのがわかった。

「セクレの泉は水の精霊をまつる聖地であり、その近在に住まっていたわたしども住民は、水の精霊につかえる者たちでもありました。それを……」

 あとは言葉にできなかったか、唇をかたく引き結ぶ。

 ヴォトル少尉も、もう一人のドワーフも、およそこの地で戦っているドワーフたちは、皆、このエルフの女性と同じくイスタリア帝国の軍兵によって故郷を焼かれた者たちである。

 気持ちは痛いほどよくわかった。

「そのような隠れ里をは襲った」

 同情心に染まりかかった空気のなか、どこまでも事務的な口調のヴィンテージ中尉の声が響く。

「さて、何故でしょう?」

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