9.戦場の情景―2

 ぐわん! ばきぃぃん!

 突然、巨大な衝撃に襲われる。

 まるで、伝説にうたわれる巨人族の戦士に殴りつけられたかのよう。

 手にしたハンマーをあらん限りの力で叩きつけられたかのようだった。

 鼓膜が破れそうな金属同士が激突した音と同時に、床と言わず、壁と言わず、天井と言わず――己をかこむ四周がビリビリ震動し、罵声、悲鳴、呻き声がその場に満ちる。

「ッ! 被害報告! 全員無事か!?」

 さいわいにも堅固な鋼鉄製の耐壁は持ちこたえてくれた。

 一拍――いや、半拍の後、ほとんど怒声に等しい誰何すいかが車内に響きわたる。

 状況は力まかせにき鳴らされた寺院の鐘――その内部に閉じ込められているのと何ら変わらない。

 姿勢をくずして転倒したり、金属の壁面、或いはそこから突き出ている備品類に身体を打ち当てたりすれば負傷、場合によっては昏倒の危険性もある。

 もちろん装備が故障し、そこまでいかなくとも動作に支障をきたした可能性も、だ。

 被害の有無、程度の確認は絶対的に必要だった。

「照準器正常! 主砲作動に問題ナシ!」

「次弾装填完了済み! 即、発砲可能!」

「き、機銃、通信機も異常ありません!」

 応答が続々かえってくるなか、また衝撃。

 しかし、今度は先刻ほどではない。

 ガンガンガン! と何かが無数にぶつけられ、が乱打される程度だ。

 そして、遠くで爆発音。

「……チクショウめ」

 反射的に縮め、すくめた頭をもたげる気配がした後、全員の無事を問うた声が、ほっと吐息混じりにそう呟いた。

 遠く――みずからも含み、砲撃をくわえて撃破した〈ヴォルフンガンド〉が数両、むくろをさらしている傍に、あらたに一両、擱座かくざ車両が増えている。

 ちろちろと炎が車体を舐め、開口部から黒煙を立ちのぼらせているそれが、自分たちを攻撃した。そして、チームを組んでいる僚車なかまによって反対にとどめを刺された――覗視孔越しに、そう確認できたからだった。

 まぁ、何にせよ、

「チッとばかし、ヤバかったっスね」

 主砲についての応答をかえした声が言う、そういう状況だったに違いない。

「まったくだ」

「メットをつけてなかったら、脳天がかち割れるところでしたぜぃ」

 つづいて、砲弾の装填が完了済みとこたえた声の文句に苦笑がもれる。

 砲撃、爆発音は依然やまないが、それらがどれも距離を感じるものであるため、緊張は維持したまま、しかし、すこしばかりの安堵をにじませた空気になっている。

「これだけハデにやりあってりゃな、そろそろこっちの位置がバレても仕方あるまいよ。――ネク、大丈夫か?」

 最初の声が、会話にくわわってこない相手にむけられた。

 意識して、だろうか、くだけた調子の物言いである。

「は、はいッ! じ、自分は大丈夫っす、しょ、少尉殿!」

 それに対して、こちらは緊張しきった声がしょっちょこばった感じで返答をかえした。

「もっと肩の力を抜いとけ。敵サンの今日の調子だと、まだまだ先が長いぞ。あんまりりきが入ったままだと保たないぞ?」

「は、はい! が、頑張ります……ッ!」

「いや、だからそうじゃなくってな……」


〈ブラウヴェイス〉

 高山に咲く清楚で可憐なしろい花。

 その名を冠された装甲車両AFV――それが、敵を撃って、敵に撃たれてを繰り返している、声の主たちが搭乗している兵器の名前だ。

 この地に侵攻してきたイスタリア帝国陸軍部隊に対抗し、たとえ、かよわく、とうろうの斧に過ぎなかろうと、もはや一歩も退くつもりは無い――そうした決意のもとに命名された車両であった。

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