10.戦場の情景―3

〈ブラウヴェイス〉は、分厚い装甲を身によろい、敵手たる〈ヴォルフンガンド〉を上回る大砲を前方へ指向している戦闘車両だが、いわゆる『戦車』ではない。

 その砲は車台の上にのせられた回転砲塔ではなく、車台に直接固定されている。

 自走砲。

 突撃砲。

 駆逐戦車。

 国ごとに異なる呼び方をされている戦闘車両のひとつであった。

 乗員は四名。

 車長、操縦士兼砲手、装填士、通信士の四名だ。

 車長、ヴォトル少尉。

 操縦士兼砲手、シールズ軍曹。

 装填士、リド上等兵。

 通信士、ネク二等兵。

――以上四名である。

 彼らは、〈ブラウヴェイス〉のことを『砲戦車』と呼んでいる。

 三六〇度四方に旋回可能な砲塔をもたない故に、機動戦闘を戦う上では標的捕捉の点で不利だが、現状〈ブラウヴェイス〉が投入されているのは迎撃戦闘であり、待ち伏せである。

 大地のあちらこちらに壕を掘り、その中に車体をもぐりこませ、砲身のみを突き出して照準に捉えた敵を撃破していく戦いだ。

 四両一組となって一チームを構成。

 予想される敵の進撃路のそこかしこに間隔をおいて配備され、それぞれが事前に設定したキルゾーンに敵が侵入してきたら、それを適宜てきぎ撃破していくことになっている。

 それもあって、今日は未明から大挙して押し寄せてきた敵の部隊を寡兵かへいよく制しているのだ、が……。


「よぉ、ヴォトルぅ、危なかったなぁ、おい。無事か?」

 ヴォトル少尉の耳許に無線機越しの声が響いた。

 低くつぶれたガラガラ声のなんとも伝法な物言い。しかし、言葉とは裏腹、口調からは心配している内心がつたわってきた。

「ああ、助かったぜ。基地に戻ったら、おごらせてもらう」

でか?」

びんだ。オレを破産させる気か」

「をいをい、ケチ臭いことを言いなさんな。こちとら命の恩人だぜ?」

こないだは反対だったがな」

「ふん……」

 彼ら――ヴォトル少尉をはじめの乗員クルーたちも、ヴォトル少尉と現在やりとりしている相手も、ここに来てから結構ながい。

 ここはケダン高原。

 太古代、アーカンフェイル山脈をおおっていた氷河が大地を深々と削り取っていった名残の地。

 いまは、アーカンフェイル山脈を南北に貫く縦通路の一部として、その中途に位置する盆地。

 そして、

 今次の世界大戦がはじまるまでは、サクラサス公国というドワーフたちが暮らす都市国家があった地でもあった。

 いまはまったく見る影もなく、草木の一本もない荒涼たる荒野。

 あちらこちらの遠く近くに、濃く薄く、無数に黒煙が常にたなびく最前線だ。

 地の表にあるのはほぼ石や岩。

 わずかに地表に顔を出していた緑は、爆砕され、なぎ倒され、踏みにじられて、蹂躙じゅうりんされつくしている。

 うすい表土を剥ぎ取られ、岩石砂漠――そう言ってもかまわないような惨状を呈している土地だった。

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