第3話 初デートは2人で電車移動
早くに目が覚めてしまった。
約束の時間まであと3時間もある。移動に30分としても余裕がありすぎる。これも一種の緊張なのだろうか。緊張しているのかこの私が。いやしないわけがない。初めてなんだぞ。男の子と2人きりで出掛けるなんて。消極的で非生産的な日々を送ってきた私が男の子と2人きりだなんて。
一昨日までの私に笑われてしまうな。
そして今日も例にもれなく暑くなるらしい。
『駅着いた』
『え、もう? ごめん、今橋渡ったところ。市役所のところの』
『あーあそこね。じゃあもうすぐだ。急がなくていいよ。俺が早く着いちゃっただけだし、電車の時間は変わらないし』
『分かった。ありがとう』
何の気なしに待ち合わせのメッセージをやり取りしているが、よく考えたら青春のど真ん中過ぎるのではないか。ど真ん中過ぎて3ストライクでチェンジになってしまうのではないか。昨日の夜父が見ていた野球中継が何故か脳裏にこびりついているせいで、例えにも野球が出てきてしまった。
そういえば彼も野球を観たりするのだろうか。男の子はスポーツが好きだから。というか彼はサッカー部だから、むしろサッカーの方を観るのだろうか。
「お、お待たせ」
急がなくていいと言われても、遅れて来る方は何となく焦って急いでしまうものだ。案の定私は少し息を切らしてしまっていた。
お互いに昨日と同じような服装だった。私はログスカートにしましま
「おはよう。今日も俺の頭は変わらず?」
「うん、今日も変わらず」
今日も変わらず彼の頭はカボチャのままだった。彼はいつの間にか呪われ、頭にカボチャをかぶった状態になっている。その呪いを解くために、彼と私はしばらく一緒に行動しなければならなくなったのだ。
頭のカボチャは私からそう見えているだけで、実際は頭の周りにモヤモヤと呪いが漂っているようなものだという。私以外には特に何も見えてないらしく、そもそも彼の存在自体ぼんやりと皆の意識から排除されているみたいだった。彼の学校での扱いを見てもそれは如実に感じ取れた。それでも普通に話したり部活に参加したりはできているとのことで、それも不思議だができているのだから仕方がない。何故か私だけは彼をはっきり認識できていて、不思議なことだが呪いだからで済ませておこう。
とにかく彼の呪いを解くための第一歩を今日踏み出すのだ。呪いを解くためになるべく一緒に過ごす。よく考えるとバカみたいな解き方。だけどそう言われたんだからそれも仕方がないのだ。とりあえずはそれに従わないと。そう、呪いを解くために必要だから仕方なく。呪いを解くために仕方なく。
「三島さん?」
「……っはい。なんでしょう」
呼び掛けにビクッと体が反応する。考え事をしている内に電車の時間になっていた。ずっと黙り込んでいた私を彼こと目黒くんが不思議そうに見ていた。
昨日私が彼に付けた名前が「
「さあ行こうか。実は俺、自分で電車乗るの初めてなんだよね」
「私も初めてかも」
「昨日なんか乗り方から乗り換えまでずっと調べちゃっててついつい寝るの遅くなっちゃったもん」
そうなんだ。ありがたいな。すごいな。私は何もしてないな。恥ずかしいじゃないか。気を遣えない人間性があぶり出されてしまうじゃないか。
「ありがとう」
「いやあ、俺が不安だっただけだからね」
2人で改札をくぐり、電車に乗り込んだ。まだこの駅はキップで通るタイプの改札だった。良かった、スイカやらパスモやらが必須だったなら私はおそらく立ち往生してしまっていた。いや、それでも目黒くんはしっかり下調べをして私の分も難なく対応してくれるだろうと思える。これが信用か。信頼か。私にはできないな。
乗り込んだ車両は、両側に座る長シートがある普通のタイプだった。私と目黒くんはドアのすぐ近くに座ることにした。一番端の手すり側に私を促してくれて、その隣に目黒くんが座った。隣同士。これはあれだ。あなたと私さくらんぼだ。
「初電車ってやっぱ緊張するよな意外と」
「目黒くんは、緊張とかあんまりしないタイプだと思ってた」
「いやー、するね緊張は普通に。サッカーのミニゲームとかでも緊張するし」
意外だ。
「意外でしょ、この顔で緊張するなんて」
この顔も何もカボチャだよね。でもカボチャは緊張しなそうだから意外は意外か。目黒くんなりのカボチャジョークだ。思わず笑ってしまう。
「どこで降りるんだっけ?」
「えーっと、待ってね」
目黒くんはスマホを取り出してスパスパと操作していく。自分で調べもせずのほほんと尋ねたのが申し訳なくなってくる。でもたぶん目黒くんはそういうことは気にしないんだろうな。だからって私はそこに甘えないようにしないといけない。少し自分を
「ここから9駅行って山形で乗り換えでしょ、そこからさらに19駅行って仙台で乗り換え、そして6駅行ったら
「けっこうあるね」
「けっこうある。新幹線もあるにはあったけどちょっと高校生には痛かったからね。少し我慢だ」
「出費がね、新幹線は。でも見方を変えればこっちが正解かもね。なるべく一緒にいなきゃなんだからゆっくりで全然いいわけだし」
私がそう言うと彼は少し驚いたような表情を浮かべた。ていうか何でカボチャの表情が分かるんだろう私は。
「そうか! 頭いいね、その発想はなかった。俺たちにとってはこの各駅停車もある意味正解だ」
さすがだなー三島さん、と彼は腕を組んで唸っていた。
電車が発車する。ゆっくりと前に進んだ電車の慣性で私の体は少し傾いてしまう。サッカーで鍛えられているのか目黒くんは微動だにせず。気持ち離れて座っていたはずなのに私が傾いたせいで肩と肩が触れてしまった。やば、と唇を少し噛みながらバレないように体勢を元に戻す。意識しているわけではないはずなのに心臓が強く反応してしまう。ちくしょうこれが異性の力なのか。耐性を付けてこなかった私の落ち度なのか。
カボチャなのに、と私はチラッと目黒くんの方を見る。カボチャの表情は変わらない。でもどこか少し色が変化しているように感じた。オレンジ色だったカボチャが、少し濃くなっているような。たぶん気のせい。朝焼けに照らされているから。
私の方も、朝焼けに照らされているからだ。絶対にそうだ。
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