第4話 水族館デート、三島は呪いを絶対に解きたいと決意する

 中野栄なかのさかえ駅に着いた。3時間くらいは電車に揺られていたことになる。けっこう疲れたかもしれない。


「ちょっと休んでから行こうか」


 目黒くんが先導してくれる。そのまま導かれて駅を出た。階段を降りてすぐにあるファミリーマートで飲み物を買うことにした。私が緑茶で目黒くんは甘いカフェラテだった。

 甘いの好きなんだ。


「まだバスまで少し時間あるからね」


 ということでイートインコーナーに座って休むことにする。


「何から何まで調べてくれてありがとう」


「いやいや本当全然いいよ。俺こういう行程? みたいの考えるの好きっぽいし、全部任せてって言ったのも俺だし」


 申し訳なくなるくらい優しい。優しすぎて飲んでる緑茶すら甘くなりそうだ。


「お昼ごはんは水族館でって感じで大丈夫?」


「うん、大丈夫」


 そう、今日の私たちの目的地は水族館。仙台うみの杜水族館だ。休日に遠出することに不馴れな私が思わず提案してしまったらそうなった。かねてより行きたかったのはその通りなのだが、まさか目黒くんもノリノリで肯定してくれるとは思わなかった。むしろメッセージの文面からも分かるくらいテンションが上がっていた。目黒くんは意外と魚が好きなのだということが分かった。



 水族館行きのバスに乗り、再び揺られること約10分。ついに到着した。


「めっちゃ混んでるな」


「めっちゃ混んでるね」


 まあ日曜日だしそりゃあ混んでる。だがここまで来て「混んでるから帰る」なんていう選択肢は私たちにはない。当日券をチケット売場で買って入口ゲートでもぎってもらう。結局入るまで15分以上かかった。


「あんまりのんびりは見てられなそうだな」


「時間ありそうなら2周しちゃおうよ」


「いいねそれ」


 目黒くんは嬉しそうに微笑んでいた。たぶん微笑んでいた。


 いきなり目に飛び込んで来たのはマボヤだった。マボヤかよ、と拍子抜けするべからず。左右のみならず天井にも水槽がある。一面に吊るされたマボヤが太陽光に照らされ、まるで海中にいるような気分を演出してくれる。


「いいね、普段は絶対に見ることのできない景色だ。マボヤって食えるらしいんだよね。韓国とかでは普通に食べてるらしいし、ちょっと食べてみたいな」


 まさか目黒くんにマボヤの知識があるとは驚きだ。それにホヤって食べれるんだ。私は別に食べたいとは思わないけど、目黒くんは好奇心旺盛みたいだから珍しいものが好きなのかもしれない。

 記憶はほとんどないのになぜマボヤの知識はあるのかと不思議に思ったが、今それを口にするのはヤボだろう。野暮。マボヤヤボ。今は楽しむことだけを考えたい。


 次に現れたのはバカみたいにでかい水槽だ。様々な魚が自由に泳ぎ回っている。ここにも太陽光が差し込んでいてキラキラと海水を照らしている。水族館側が用意した演出にまんまとはめられてしまう。


「きれい……」


「ね」


 思わず見とれてしまう美しさ。に浸っていたがすぐに現実に引き戻される。ドンっと誰かにぶつかられたのだ。


「痛っ、すみません」


 反射ですぐに謝ったがぶつかった人は反応もなくその場を立ち去っていく。そちらを見ているとまた後ろから誰かにぶつかられた。


「す、すみません」


 また謝るがその人もこちらを気にすることなく歩いていった。

 その様子を見た目黒くんが私の腕を掴み、館内の誰もいない端の方へと連れ出した。


「ごめんやっぱり俺のせいだこれ」


 目黒くんは珍しく神妙な面持ちで言った。


「前にも言ったかもだけど、俺って周りの人からうっすら認識されてなくてさ。話しかければ話したりできるけど、基本は認識されてないんだ。俺の近くにいることでその認識されないが三島さんにも適用されちゃってるっぽい」


 たぶんだけど、と付け足して目黒くんはうなだれた。


「……これ以上迷惑かけ続けても申し訳なさがあるし、三島さんが嫌なら全然やめていいからね」


 やめていい?

 なんだやめていいって。と私はそこでカチンと来てしまった。それは目黒くんの態度に対する怒りではなかったと思う。いや厳密に言えば態度への怒りなのだろうがそうじゃない。その優しさにムカついたのだ。自分が呪われてることもその呪いを解くのに必要なことも棚にあげて、私のことを優先に考えて発言しやがったその優しさにムカついたのだ。


「やめない」


「え……?」


 私は真っ直ぐ目黒くんの黒い目元を見つめた。


「絶対にやめない」


 今、強く決意した。絶対に目黒くんを1人にしてなるものか。

 目黒くんは私が周りから認識されなくなることを哀れんで、心配して提案してくれた。じゃあ私がいないと目黒くんはどうなるんだ。哀れみと心配が目黒くんから私に向けられるということは、認識されない辛さを自分でもちゃんと理解しているということ。その上で私だけを外そうとした。究極の一人ぼっちを体験し続けている目黒くんを認識できる私は目黒くんにとって救いになるはずなのに、どうして自分を殺してまで私を優先するんだ。

 私がいないと。私がいないと君は独りぼっちのまま一生を過ごすことになるかもしれないのに。


 私が君を独りにはさせない。

 二人ぼっちでいくって今決めたから。


「絶対にやめないから」


 再度強く宣言する。なぜか視界がぼやけてきてしまったので、ハンカチを取り出し目元をぬぐう。

 そんな私を見て目黒くんは悲しそうに唇を噛んでうつむいていた。ように見えた。


「ごめん。やめていいなんて、もう2度と言わないよ。ありがとう」


 目黒くんは黙って私の手首を優しく握った。幼子が迷子にならないようにのやつだ、と思ったがそんなことを口に出す余裕はなかった。


「離れすぎないように、した方がいいと思うから」


 と言った目黒くんの声が背中越しに聞こえてくる。その声は少し震えていたような気がした。


 それから見て回った館内はそれほど記憶に残っていない。いろんな魚を眺めたが、2人ともそれどころではなく、よく分からない感情に頭を心を支配されていた。


「何かつまんで行く?」


 目黒くんが立ち止まったのは2階外、イルカショーが観れる屋外プール脇にあるフードコート【cabana】だった。フードコートと言ってもポテトなどの軽食を売っているだけの簡単な屋台みたいな所で、ちゃんとした広いフードコートは1階にある。そこで目黒くんは何かに目を惹かれていた。


「どうしたの?」


「シャーク……」


「シャーク?」


 目黒くんの視線の先、【cabana】のメニューを見る。あった、シャークの文字。


「シャーク&チップス?」


「うん。マジでシャークなのかなって」


 いわゆるフィッシュ&チップスのフィッシュがシャークになっているそのメニューに目黒くんは興味を持っていた。たしかにサメの肉なんて普段食べることないし、気になると言えば気になるかも。


「頼んでみる?」


「いいの? もっと下でちゃんとしたお昼じゃなくて」


「いいよ全然。ちゃんとしたお昼を毎回食べなきゃいけない決まりもないし」


「そ、それもそうか。盲点だった」


 高校生にとって観光地のフードコートで何かを注文するというのは決して安い買い物ではない。でもせっかくならという心理もあったのか2人の財布のヒモは緩んでいた。食べたいものを食べたいときに食べるという贅沢を今実行する。

 イルカショーがやっていない時間帯のため店はそれほど混んでいない。注文するとすぐにケースからシャーク&チップスを取り出してくれた。水面の揺らいでいないイルカショーのプールを見ながらサメの肉をつまむことにする。


 アツアツのフライはすごくジューシーに口内を襲った。ハフハフと少しずつかじりながら味を噛み締める。


「すごっ、おいしい……」


「ね、ハマるねこれは」


 淡白な味わいで柔らかな肉はフライによく合っている。サメの肉を食べるならフライしかない。そう思わせるほどに美味だった。


「ポテトもおいしい」


「今は何でもうまくなるね」


 空腹は万能の調味料、とはよく言ったものだ。空きっ腹で食べる揚げ物ほど美味しいものはない。

 5分もしないうちにアツアツのシャーク&チップスは跡形もなく消えてしまった。



「2周目、行かない?」


 目黒くんの提案に私は頷いた。

 それからのこともあまり覚えていない。いや、本当に覚えてないわけではない。サクラダイもミズダコもタカアシガニもサンゴタツもバイカルアザラシもツメナシカワウソもちゃんと覚えている。でもそれらを見たという記憶がふわふわと頭の隅に泳いでいってしまうような、心地の良い時間がただ流れていたのだった。

 


 普段しない遠出。しかもデート。しかも泣いちゃったし。疲れていないわけもなく。帰りの電車で私はいつの間にか眠っていた。ふと目が覚めると私の頭が目黒くんの肩に寄りかかっていることに気付いた。慌てて目黒くんの方を振り返るが、幸いなことに目黒くんも眠っていたようで、私の蛮行は気付かれていなかった。

 良かった。

 

 ……。


 私は自分でも理解できない行動に出てしまう。まさに蛮行だ。

 頭を再び目黒くんの肩に寄りかけた。起こさないようにゆっくりと。目黒くんの呼吸で肩が揺れているのを直に感じながら私はまた目を閉じた。

 目黒くんのことをどう思っているのか。それはまだよく分からない。好きなのかどうなのか。異性との経験値はとぼしいからそれが分からないのは仕方がないのかも。

 ただ1つ明確に、目黒くんを助けたいという気持ちは心の真ん中に出来上がっていた。その延長として目黒くんに関わりたいという気持ちもおそらく、かなり、たぶん。

 その先がどうなるかは私にも分からない。だから今は、ただしたいことを少しだけさせてもらう。

 いいよね少しだけ。私が目黒くんを助けるんだから。肩くらい借りてもいいよね。

 目黒くんは私の蛮行には気付かないまま、すやすやと肩を揺らしていた。

 

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