第2話 三島梨花はカボチャの彼を目黒くんと名付けることにした
『もう着くよ』
『分かった』
『今日も暑かったね』
『そうだね』
午後5時。カボチャの彼が午前中は用事があったので待ち合わせは暑さのピークを過ぎた夕方にした。
緊張していないと言えば嘘になる。カボチャではあるが彼は男の子なのだ。男の子と休日に2人きりで会うなんていつぶりだろう。とにかくこれは私にとって未知に近いイベントということだ。多少のおしゃれは心掛けたが正解かは自分でも分からなかった。半袖にロングスカートという夏らしく無難にまとめた服装。女の子らしく見られたいという気持ちも少しはあったのかもしれない。
「お待たせ」
「わっ!」
カボチャの彼が後ろから声を掛けてきた。スマホの画面に完全に集中していた私は思わず驚いてしまった。
「ごめんそんなに驚くとは」
カボチャの彼は申し訳なさそうに頭をかいた。頭というか頭のカボチャをかいていた。
彼は私と同じく無難な服装をしていた。黒い半袖に黒いパンツ。普段見ている制服の印象から抜け出した彼は少し大人びて見えた。まあカボチャ頭なのだが。というかカボチャの頭からどうやって半袖を通したんだろう。
じゃあ行こうか、と彼は
さっそく向かうことにするのだがすぐに問題が発生した。
「痛っ!」
前を歩いていた彼からバチッと音がすると、よろよろと後ずさった。
「え、なになに?!」
「痛てて、忘れてた。俺呪われてるから鳥居くぐれないんだった」
マジか。こんなマジの呪いみたいなの初めて見たかも。私は少しだけ興奮した。
彼に合わせて私も鳥居の横を通った。本当に結界みたいに弾かれるんだ。ていうか鳥居の横は普通に通れるんだ。そう思ってたことを見越したのか彼は言った。
「本当は神社自体入れなかったんだけど先生が横からだけ入れるようにしてくれたんだ。でも鳥居は強いから無理らしい」
そういうものなのかと感心する。
「あ、あれが先生だよ」
彼が向いた方向には神社本殿があった。そこの縁のところに年齢不詳のおじさんが寝そべって本を読んでいた。
おじさん、もとい先生は「その子がそうなの?」とぶっきらぼうに言った。
「そうです。俺の頭に気付きました」
先生は寝そべって本を読んだまま、第一段階はクリアだなと足をゆらゆらとさせている。読んでいるのはナルトの34巻だった。
「あとはどうすれば?」
カボチャの彼が先生に尋ねる。
返ってきた答えは拍子抜けするものだった。
【2人でなるべく多くの時間を過ごすこと】
呪いを解くための儀式やお札を使っていろいろしたりするものかと思っていたが、彼と私で多くの時間を過ごす? それが呪いを解くことにどう繋がるのか。
「本当にそれだけなんですか?」
さすがに彼も疑問を口にした。
先生はスッと立ち上がり「本当にそれだけ。簡単でしょ?」言い残して本殿の方に帰っていってしまった。。
「本当にそれだけなんだ」
彼と顔を見合わせる。顔と言っても彼の場合はカボチャだが。
「うーん、どうしよっか、多くの時間を過ごすってつまりまあ文字通りだよね」
彼はうなりながら言った。
文字通りに解釈するなら例えば恋人のように登下校を一緒したり、放課後にはデートよろしくご飯を食べに行ったりすれば良いのだろうか。それだけで呪いが解けるというのか。
「でも先生が言うなら間違いないんだと思う。この呪いを最初に見つけて今の軽い形にしてくれたの先生だし」
「え、そうなの?」
「道の途中で突然倒れてね。身動き取れなくなっててその時に先生が助けてくれたんだよ。でも呪いの元を祓おうとしたら出来なかったらしくて、呪いが逃げて逃げて頭の方に固まったらしいんだよね。それで結果がこれ」
彼はカボチャをトントン叩く。
「これ先生にもいまいち視えてないらしいんだよね。ぼやーとしてる感じで。だからこれがしっかり視える人がこれを解く鍵だって」
「それが私だと」
「そう」
よりによってカボチャだったけど、と彼はケタケタ笑った。表情は分からない。笑顔のカボチャそのままだ。
本当に変なのに巻き込まれてしまったことを実感する。頑張って行動した結果がこれだ。しかも勝手に私がカボチャの彼を好きだということにされてる。彼のことは何も知らないのに。
何も知らない──。本当に何も知らない。思い返してみればそれもおかしい。呪われてカボチャになったということは彼はカボチャになる前も彼として生きていたはずだ。学校にいて部活をして彼は普通に暮らしていたはず。なのに彼のこと、呪われる前の彼のことがすっぽりと抜け落ちたように記憶にない。突然現れたとかではない。当たり前にいて、普通に受け入れていた。彼がそこにいることを。
私は思いきってその事を彼に言うことにした。
「こんなこと言うの、失礼かもなんだけど。私あなたのこと、何も知らない。分からない。え、どういうことなんだろう」
自分でもよく分かっていない。そんなことを言われても、彼も困るだろう。そう思っていたが彼からの返答は意外なものだった。
「あ、それね。俺も分かんないんだよね。呪われる前の俺がどんなだったのか。記憶喪失? ともまた違うっぽいんだけど、とにかく何も思い出せない。でもどうやって暮らしてたかとか学校に通わなきゃみたいなのはぼんやりあってそれに従ってる感じ。ちなみに俺も君のこと何も分かってない。というか周りの誰のこともなんか記憶に無いんだよね。なんとなくプログラム的に受け答えは出来てるんだけど、たぶん前の俺が体で覚えてるんだろうね。ちなみに自分のこともあんまり分かってない。名前すらね」
不思議だよね、と彼はまた笑った。
それを聞いた私は胸が締め付けられるような感覚に陥った。突然今までの自分とは違う自分になってしまった状況を受け入れている彼に、なんだかすごく悲しさを感じたのだ。なぜ彼が呪われたのか。彼と話したのはほんの少しだけだが善い人なのは十分伝わってくる。そして彼を放っておけないという気持ちは昨日声をかけた時からより一層強くなっていた。なぜなのかは分からないけど。
彼に対する同情なのだろうか。でも私が勝手に悲しむのは失礼なんじゃないかな。彼は前を向いて呪いを解こうとしている。そのために私が必要ならば、私は。
「私に出来ることなら、なるべく協力する。先生の言っていることが本当なら、一緒にいるだけで解決に向かうんだよね? そのくらいなら私にもできるから。一緒に呪いを解こうよ」
彼はカボチャの下で喜んでくれていた。たぶん。
「ありがとう! こちらこそよろしくお願いしますだよ! まずは君の名前聞いていい? 本当に失礼なんだけど、全部分からなくて。たぶん前の俺は知ってるんだろうけどさ」
「うん、分かってる大丈夫。私は
「三島さんね! 俺かー、俺はどうなんだろ……」
彼はあごに手を当て考えた。カボチャのあごに。
「みんなには何て呼ばれてるの?」
「あー、こうなってからは呼ばれてないなそういえば。何となくで過ごしてる」
悲しい。
「じゃあ何か好きなものある? そこから取れるかも」
「好きなもの? 好きなものか。三島さん?」
ビックリした。
「待って冗談。冗談言ってる場合じゃないよね。俺の呪いなのに。ていうか三島さんの顔も俺は見えてないしね」
初耳だ。
「え、じゃあみんなのことも?」
「うん、見えてない。そこに人がいるってのは分かるんだけど、ぼやーってしてる感じ。なかなか悲惨だよね」
本当になかなか悲惨だ。早く呪い解かないとだ。
「じゃあ、目が黒いから
「目黒?」
「うん。カボチャの目が真っ黒だし、みんなのことも見えてないからダブルミーニング的な」
「いいね! じゃあ俺のことは目黒と呼んでくれ。かっこいいな。いいなあ、なんか」
「いい?」
「そう、人に名付けてもらうのってなんか特別な感じがあるよね」
そうかな。
「とにかくよろしくお願いします三島さん」
「こちらこそ目黒くん。早く本当の名前も記憶も取り戻したいね」
「本当に!」
そう言ってその日は解散した。
緊張はもうしていなかった。彼と話しているとどこか安心するような雰囲気がその場を漂ってくるのだ。むしろもっと話したかったくらいだ。結局彼が何を好きなのかも聞けていないし、彼が午前中何をしていたのかとか、帰ったあとは何をして過ごすのかとか、いろいろ気になってしまっている。
『明日予定ある?』
別れてすぐにメッセージを送ってしまう。
『明日は何も! どこか行く?』
『その方が良いかなと思って。なるべく一緒にいないと呪い解けないし』
『それはそうだよね。分かった! どこか行きたいところある? ただ過ごすよりは楽しめる場所がいいよね』
『少しピックアップしてみるね』
『了解ありがとう~!』
私はすぐ地図アプリを開き「観光スポット」と打ち込んだ。
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