カボチャの彼

酢味噌屋きつね

第1話 カボチャの呪い

 彼はカボチャの頭をしていた。

 言葉で聞いてもすぐには理解できないかもしれないが本当にそうなのだから仕方がない。

 ハロウィンのあれと言えば分かるだろうか。カボチャを顔のようにくりぬいたあれだ。彼はそれを被っていた。

 誰も彼の素顔を見たことがないという。そんなわけがないのに。カボチャをくりぬいて顔の形を作っているのだから、そのくりぬいた部分から中身が、つまり彼の顔がそこから見えるじゃないか。そう思って覗いたことがある。授業と授業の間休みだったかに。

 結論。見えなかった。真っ暗なのだ。どういう原理なのだ。果たして彼は前が見えているのだろうか。そもそもこんな真夏に暑くないのだろうか。

 不思議なやつもいるもんだ。そう思ったぐらいであまり気にすることもなく過ごしていたがある時ふと思った。みんな気にしなさ過ぎではないか、と。

 どう考えてもおかしいだろう。かぼちゃの頭をしたやつが普通に授業を受けて普通に部活をして帰るなんてあり得るだろうか。

 なぜ先生は注意しない?

 なぜ友達は指摘しない?

 そもそもなぜ彼はカボチャを被って過ごさなければならないのか。私は気になって気になってどうしようもなくなってきていた。

 

 私は行動することにした。

 彼はいつも授業が終わると部活に行く。サッカー部だ。サッカーに限らないが運動系の部活など、真夏にやるようなものではないと私は常々思っている。しかしバカにしているわけではなく、ちゃんと尊敬もしている。今日流した汗の分いずれどこかで報われるのだろうと。逆に私みたいに何もせずに青春をただ消費している者はどこかで帳尻を合わせるように苦労することになるのだろうと。そうも思っている。だが性根は変えられない。たとえそれが将来のためになることだとしても、今現在の私が面倒だと思ったならばそれは面倒なことなのだ。肉体の苦痛に抗うことなど私にはできないのだ。

 消極主義で省エネ活動な私はいつも授業が終わればすぐに帰宅する。友達からのたまの誘いもあるがそれに乗ることはほとんど無い。

 夏は苦手なのだ。早く帰って涼みたい。もちろん冬も苦手だ。

 そんな私が行動することにしたのは自分でも意外だっだ。いや、どうだろう、カボチャ頭の彼をそのままに帰れる者がいるだろうか。気にならない者がいるだろうか。そう考えると面倒くさがりの私が思い切ったことをするのも理にかなっているのではないか。と言い聞かせてみたり。


 彼が出てくるまで私は玄関ロビーの陰で待った。サッカー場は校舎の裏にあって、そこへの直接の出入りは基本認められていない。つまり帰るときは必ずこの玄関ロビーを通らなければならないのだ。

 問題は彼がいつ帰るのか、それと彼が1人になるタイミングはあるのかだ。私の観測上でしかないが、カボチャの彼にそのカボチャの理由を尋ねた人はまだいない。周知の事実で、当たり前の事だと皆が思っているかの如く、スルーしている。

 そんな時に私が急にそれを尋ねたらどうなるのだろう。ただのドッキリだと笑い者になるかもしれない。内輪ノリをしていただけなのに急に話しかけて来たキモいやつと言われるかもしれない。私は小心者で臆病者でコミュニケーション不得意人間なのだ。だから慎重にいきたい。下手を打って目立つのは避けたいのだ。


 サッカー部の連中がぞろぞろと現れた。時刻は6時50分。6時30分頃に練習が終わったのだろう。そこはリサーチ不足だった。誰かに予め時間を聞いておけばずっとここで待つ必要はなかったのに。

 暇潰しに眺めていたスマホをポケットにしまい、カボチャの彼を探す。

 いた。

 サッカー部の集団が靴を履き替えて帰ったところで彼が現れた。ずいぶんと遅いお帰りだ。だが好都合。周りには誰もいない。彼一人だった。

 下足ロッカーに向かおうとする彼を背後から追った。話しかけねば。勇気を出して話しかけねば。

 近付くにつれて心臓が強く早く鳴った。誤算。そもそも彼は男子だった。カボチャに気を取られ忘れていた。男子に話しかけることを今まで積み重ねてきていない私が、一対一という状況で男子に話しかけるというのはなかなかに厳しいものだった。

 ほとんど彼の真後ろにいる状態で、もたもたしていると急にカボチャがこちらを向いた。


「うわっ!」


「うわっ!」


 ほとんど同時に声をあげてしまった。振り返った彼と振り向かれた私。優先的に驚くべきなのは彼の方なのだろうがカボチャと目が合った私も当然驚いてしまう。


「な、なにか……?」


 カボチャの彼が私の顔を見ながら言った。予定外だったが話しかけるという最初のハードルは越えることができた。あとはこのチャンスを逃さず真相を聞き出すしかない。


「あ……あの、その、かぶってるのって──」


 思っていたより口が乾いていて、思っていたよりも喉が締まっていた。おろおろしながらカボチャのことを聞こうとしたその時、私は両肩を強く掴まれた。


「え、あ」


 男子と話すことも、ましてや触れたことも触れられたこともあまりない私にその両肩からの衝撃は強すぎたようで体が硬直してしまう。


「見えるのか! これが!」


 大声をあげる彼。

 まだ、ちらほらと生徒が残っている玄関ロビーにその声が響き渡った。それに気付いた彼は今度は私の右腕を掴み、ずいっと廊下の方へと私を連れ出した。


「あ、あの」


「ごめん。やっと見つけた」


 見つけた? どういう意味?

 彼に引っ張られるまま私は非常階段の前まで連れてこられた。ここは普段人が通らない場所だ。

 そして再び両肩を掴まれる。


「……俺が好きなのか?!」


「えっ?」


 何を言っているのか分からない。


「……いや、済まない取り乱した」


 彼はすぐに冷静さを取り戻し私の肩から手を離した。カボチャ頭のせいで表情は読み取れないが、焦っていたことは伝わる。

 彼はカボチャの頭をコンコン叩いた。


「これが見えるのか?」


 改めて彼は私に聞いてきた。


「……うん」


「そうか。どう見える?」


「どうって、カボチャ? だよね……?」


「カボチャか。カボチャ??」


 彼は驚いていた。まさか自分がカボチャになっていたことを知らなかったのか。いやだってについて聞いてきたのは彼の方だ。つまり何かしらかぶっていることは分かっていたがカボチャとは知らなかった、と?


「ごめん本当、急に。急なんだけど少し協力してほしい」


「な、何を?」


「これはなんだ。最近呪われたんだけど」


 呪い。


「とにかく明日空いてる? 明日先生のところに一緒に来てほしい。この呪いを解く鍵がどうやら君らしい」


「予定は、無いけど……」


 無いけど。急に呪いって言われても訳が分からない。それに何で私が鍵なんだ。


「訳が分かんないよね。俺も全然なんだけど。先生が言うにはこの呪いを解くには俺を好きな人を見つけなきゃいけないらしくて、どうやらそれが君らしい」


「え、は、好き?」


「そうだよね、そうなるよね。とにかく俺の頭が変になってることに気付けたってことはそういうことらしい。俺を好きな人しか俺が変だって気付けないらしいんだ。いやマジで失礼なこと言ってるかもなんだけど、とりあえずそこは置いといて明日だけでも頼む!」


 本当に全然好きとかいう感情は無いと思う。でもどういう呪いなのか、なんでカボチャなのか、どうして私なのか。そこはすごく気になる。それに彼が本当に呪われているのなら助けたいという気持ちもなくはない。明らかにおかしなことになっている人が困っていたら助けたいと思うのは普通なんじゃないかな。

 好意? 興味? 同情?

 混乱は多少あるけど、これも私が行動を起こした結果招いたことだと考えると少しだけ彼に付き合う義務もあるような気がしてきた。


「分かった。とりあえず明日だけ……」


 そう答えると彼は私の肩を叩いて喜んでいた。

 明日は土曜日。

 待ち合わせの場所と時間を決め、ついでに連絡先も交換した。

 男子と直接連絡先を交換したのはこれが初めてだった。

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