第三話 二人ぼっち

 突如として現れた天使。

眼前に転がるそれは、無気力に転がり、目を覚ます様子は全くなかった。 


 少しの沈黙ののち先肉とを開いたのはストールだった。「これは僕らの手柄だ」

ハルは少し驚いた表情を見せたが、改めて天使を見ると口角を上げた。

 「よし、これであいつらを見返せるぞ」

 「そうだ、ついに!!」

 天使の褒賞に二人の思考は飛躍し、これまでの屈辱と抑圧をついに跳ね返せると意気込んだ。

 嬉々として翼を掴むとそのまま部屋から引きずり出した。


 二人はこれまで六年間もの間戦ってきた。亡命を求める不法入国者や国内の危険分子を排除し、自らが育ったコミュニティーに対しても命令通り容赦無く引き金を引いた。 


 たくさんの老若男女が自らの手によって死んでいった。そう強制されてきた。

ついに解放されるのだ。

天使を引きずって階段を降りると全身を完全に覆う防護服を着た中央の兵達が二人を迎えた。

握手を交わし天使を引き渡すと連中はすぐさま天使を荷台に積み込み車を発進させた。


 握手なんて初めてだった。二人はこれまでにない満足感を感じてその走り去る姿を見送った。


「ガンッ」


 突然の衝撃に視界は暗転し、二人は地面へそのまま倒れ込んだ。

 

 なんか昔もこんな事あったよな。


 後ろから数人の笑い声が聞こえる。

地面に突っ伏したまま目を開けると一人の軍人がこちらへ近づくのが見えた。


 特注の立派な軍帽に鏡のように輝くヒールのブーツ。

部隊長ダンテスだった。


 声を出そうとするが、驚きと痛みで喉が塞がって声が出ない。手足も縛り上げられ起き上がれない。


 ダンテスは目の前で足を止める。磨かれた革靴のつま先に自分の惨めな顔が反射して見える。醜く泣いていた。

 ダンテスは二人の間でしゃがみ込むと、髪を引っ張り顔を持ち上げた。

男らしいとか、均整が取れているとは違う、華美な彫刻の様な顔だ。客観的に見ると金髪ロン毛のナルシストだが、しかし目の奥は底なし沼のように澱んでどす黒い。


 「ありがとうなぁ、グズが」吐き捨てるようにいった。


 二人は困惑した。


なぜだ、おかしいじゃ無いか、兵役を終えるほどの戦果を上げたろう。


驚いたまま顔だけでダンテスを仰ぎ見た。

大きな手が迫っていた。純白の手袋で後頭部を鷲掴みされ、抵抗も出来ずそのまま地面に顔面を押し付けられる。砂と頬が擦り合わさる音が頭に響く。

「貴様らは我が部隊の誇りだ、褒めてやる!。閣下もさぞお悦びになるだろう」


 ハルが血走った眼球をダンテスへ向け。

「じゃあ、なんで」


一見爽やかな笑顔のまま言う。


「ガキが出しゃばっていいのはここまでなんだよ、貴様らは負傷して痛手を負った、そして暗闇で虫に襲われて死んだ、よくある悲しい事故さ。あの天使のことは任せておけ。じゃあさようなら」


ダンテスは満足気にぽいと頭を手放し踵を返す。ヒールの足音が遠のいてゆく。

エンジンがかかり、その音も遠のいてゆく。


 ストールは歯を食いしばっていた。なぜだ、なぜなんだ、しかし考えても仕方ない。まずはこの状態からいかに脱するかだ。


 ハルは、縄を解こうと悶えなが、叫んでいた。

「おいダンテス大尉!クソやろう!解けよぉ、なんだよこれ!ふざっけんじゃねえ!!」


「おいガキ供!」


 

 それを遮るように対して大きくも無いのに、喉いっぱい張り上げた声が響く。

見ると二等兵、ヨコイがヒョロっと只ずんでいた。


 ハルがカッと顔を向け、睨みつけるとキレて言う。


「なんだいたのかよ、チェリボーイ」


 返事はなかった、代わりにヨコイはスッと抜いた拳銃をこちらへ向け、二発打った。


 それぞれが一発づつ二人の体に命中する。

 拳銃を腰へ差すとすぐ車に乗りこみエンジンをかける。


「おい、チェリボーイ!てめえ子供二人もろくに仕留められないのか、軍人風上にもおけないヘタレが!」


「黙れガキ!」


ヨコイは一瞥もくれずに車を発進させた。


 二人は二人ぼっちになった。

 

 これまで死ぬほど頑張ったのに、俺たちの人生結局こうなるのか。目が回るほどの悔しさと怒り。しかし体は震えるばかり、力は入るが思うように動かなかった。


二人は捨てられた。


 自由を求めて戦った二人がやっと自由になれたのは自分たちが銃で打たれた時だった。


*****

 




 霧のような雨が降っていた。


 銀色の水たまりが赤く濁っていく。部隊は去り、周囲は人気のない暗闇に包まれていた。二人は泥濘んだ地面の上で目覚めた。


 怒り、憎しみ、痛み。昨日の戦闘でも疲れ切った痛二人は地面に捨てられたままいつの間にか気を失っていた。


 ハルとストールはそれぞれ脇腹と右腿に銃弾を受けた。致命傷ではないが治療しなければいずれ失血するだろう。


 二人を縛り付けていた縄は雨水を含んて膨張し、結び目は緩んでいた。

 ストールは固まった関節を解すようにゆっくり立ち上がると、ハルを助け起こす。右足を庇いながらも肩を貸して昨夜のビルへ向けてよろけながらよろよろ歩みを進める。


 会話は無かった。不規則な濡れた足音だけが寂しく鳴っていた。乱れた呼吸が凝結して白く現れる。ノイズのような雨音は周囲の静けさをより増幅させていた。


 シャッターを潜り雨の届かない場所へたどり着くと二人は力無く腰を下ろす。


 傷口は雨にぬれ血が滲むが二人は呆然とさっきまで倒れていた赤い泥濘を眺めていた。降り注ぐ霧雨はレースカーテンの様に風に煽られて、時折室内にも降り込んでくる。


「死ね」ハルがぼそっと口にした、声にも満たない唇が微かに動く程度のものだった、しかしそれはそれは殺意を呼び起こすかのように何度も連呼された。

ついに「殺してやる!」喉が張り裂けそうなほど気迫をはらんだその声は雨音にかき消される。


 静かになったハルへ目をやる。

ストールは彼が怒りで震えていると思った。しかし違った。


 顔を覗くと青ざめ、その瞼は泣きぶくれ、深く息を吸い込むたびに唇はヒクヒク動いていた。

ハルの中で何かが砕けてしまったようだった。小さく折り畳まれたハルの体はこのまま綿菓子のように雨に溶け消えてしまいそうな程に弱々しく見えた。


「ハル、昨夜の部屋に行こう、傷、治療しなきゃ」ストールがハルの肩に促すように優しく触れる。ハルの肩は一瞬ビクッとしたが、すぐに瞼をグッと瞑り目に溜まった涙を搾り出すとゆっくり立ち上がりストールとともに歩き出した。昨夜の薬莢が転がる室内を進み、スパイが物資を蓄えていた部屋に入る。


 ハルのライターでナイフを炙り、互いの傷口に押し当て焼灼した、アルコールで患部を消毒すると厳重に包帯を巻きつけた。


 軍で教わったものではなくストールの読書で得た知恵の賜物だった。ひどい痛みは伴ったが、その痛みを噛み締めつつ軍にとって自分たちは使い捨ての使いっ走りだったという事を改めて実感した。


 無事に荒療治を終えた二人は、普段の体力とは裏腹に疲れ切ってしまい、壁にもたれ掛かって荒い呼吸を落ち着かせた。



 短い蝋燭に火を灯しゆらゆら照らされて顕になった壁のヒビを迷路のように目で追う。辿った先にはハルの姿があった。


「俺はもう動けないからさ、ストールはどっか行って助けてもらえよ」


 ハルが力無く、そう言葉を紡ぐ。


「ここで死ぬ気なの?」

「もう死んだも同然だろ、戻るコミュニティーだって無いんだし」

「そっか、僕は、悔しいな」


 ストールは、ハルは生きる気力を与えないと本当にここで野垂れ死ぬんだと思った。

漠然と、死んでほしくない、彼が唯一生きる気力を取り戻す方法。それは復讐しかない。


「なに、悔しい?」

「ああ、悔しいよ、あんなしてやられて」

「そっか」

「ハルは悔しくないの?」

「、、、俺だって悔しいよ、けどな」

「けど何だよ、もう何にも出来ないのか。そんなに無力なのか」

「そんな言い方無いだろう」

「僕はどうせ死ぬなら、あいつらに何か一矢報いてから死ぬよ」

「報いるって」

「人の人生弄びやがって、このまま死ねないだろう」

「、、、どうするつもりだ」

「天使を取り戻す」

「あの天使をか」

「ああ、きっと奴らにとって重要な何かなんだろう。奪い返してやる」

「中央の連中直々だぞ、そう簡単に行くわけないだろうが」

「せめて死に場所は選べるさ」


ハルは驚いた表情でストールを見上げた。

奥歯をグッと噛むと、ハルは眉を顰め、天井を睨んでゆった。


「確かにな、一発やってやるか!」









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