第二話 プロローグ



 爆心地。今では、つた植物に埋もれた旧首都の一帯は「グラウンドゼロ」と呼ばれ、新政府は非安全保障区域に指定した。


 ハルとストールは、ここ「グラウンドゼロ」で暮らす子供だ。


 新政府は軍国主義政策を取り、島全体に厳しい支配体制を敷いた。

 結果、国から爪弾きにされた者達。要するに弱者達がここ、グラウンドゼロに小さなコミュニティーを形成し、政府の目を掻い潜りながら細々と暮らしていた。


 幼少期の二人はコミュニティーの助け合いによってその糧をつないでいた。

 身寄りのない二人だったが、コミュニティーのおかげで愛情を知らずに育ったわけでは無かった。


 そんな生活の中で主な脅威は、腰ほどあるカマキリや、顔ほどの大きさの肉団子を作るスズメバチ程度。ある時までは、貧しくはあるが健やかに成長していた。



 その日も、コミュニティーの子供達は、廃墟探検で集めたガラクタを広場に持ち寄って自慢大会を開いていた。


 娯楽の少ないグラウンドゼロの子供達にとって、廃墟は生活の場であると同時に絶好の遊び場にもなった。

 至る所に残された二百年前のガラクタ達は、子供の目からすると絶好の宝物だ。

 ドロドロに溶け固まった金属は様々な形を成し、子供の想像力をかき立てる。


 一段落すると、地べたで土を弄り回しながら色々語り合った。


 時刻が日没が近づいた頃、廃墟を進む数台のトラックがあった。


 モスグリーンの車体に大きなタイヤを備えたそれは政府軍のトラックだ。聞き慣れないエンジン音を聞いた子供達は騒然となり、大人の元へ急ぐ。


 しかし、すでに彼らは軍に囲まれ、逃げ場は無くなっていた。


 銃を向けられ大人しくなった子供達はトラックのそばに集められ、一列に並べられる。

 兵士が一人ひとりに問う。


「お前、いくつだ」


 答えるしかなかった。答えなければ容赦なく撃ち殺されるだろうことは子供ながらに理解できた。しかしその先の事は全く想像に及ばなかった。


 兵士は答えを聞くと子供の腕を乱暴に掴み、ゴミ袋を投げ捨てるように子供達をトラックへ投げ入れた。

 しかし子供のうちの何人かは列から避けられた。

 兵士は子供の選別をしに来たのだ。


トラックに乗せられそうになった子供は必死に抵抗するが、しかし容赦なく頭を殴られ、軽々とトラックに投げ込まれる。


横目で覗くと順番はヨウコという女の子に回ってきていた。兵士は彼女の伏せた顔を強引に持ち上げ顔を覗く。大粒の涙を流し、しかし頑に目だけは合わせない。

 すると兵士は汚い歯を見せて笑い、年齢も聞かずにみんなが乗せられたものとは別の車両に腕を引っ張って連れて行かれた。

 悲鳴がコンクリートに反射して虚しく響く。

 強引にドアが閉まる音とともに悲鳴は聞こえなくなり、代わりにドアを叩きつける音が虚しく響く。


 ニヤ付きの収まらない兵士は残る子供達に同じ質問を続けた。選別は順調に進み、順にしたがっていよいよ自分の番が巡ってきた。


 こんな無慈悲があるもんか。

「僕はミカエル・ストラテゴス、七歳だ、僕に指一本触れてみろ、コミュニティーのみんなが怒って探しに来るに決まってるんだ!」


 兵士達は僕を見て笑い合い。


「ガンッ」


頭を銃で殴って軽々トラックに投げ込んだ。



 目を覚ますとトラックは動き出していた。床から響くエンジンの振動が直接脳みそを揺らす、振動のたびに後頭部に鈍痛が走る。


 しかし後方から聞こえてきた数発の銃声は聞き逃さなかった。


 この時の感情は表現し難い、憤り?、絶望か、それともひと時の安堵か。


 しかしこれは地獄の始まりに過ぎなかった。それは、あの時残された者が羨ましく感じるほどに。


 ストール達はグラウンドゼロの外れ、廃墟を抜け暗い森の中に連れて行かれた。ここには軍の小さなキャンプがあった。


 トラックを降ろされた子供達は上着を脱がされると、広場に膝立ちで並べられた。泣き崩れる者、抵抗する者もいたが、それらは容赦ない暴力で屈服させられた。


 そうしてしばらくすると、テントから偉そうな制服野郎が数人の部下を連れてやってきた。


 彼らは列の後ろに回り込み何やら話をしていた。振り向くことはできなかった。


 それは急に来た。


 背中に走る衝撃と炸裂音、少し遅れて強烈な痛みに襲われる。


 泣き叫びそうなものだが、あまりの痛みに対して人間は声すら出ない。連続して放たれる鞭は背中の皮膚を裂き、肉を抉った。


 生傷からは血が染み出し、熱を帯びて脈打つ様に痛む。

 浅い呼吸に意識は朦朧としていた。その拷問はしばらく続いた。地獄のように無限に続くのだとさえ思えた。


 背中の状態は想像もつかないが、直下の地面はそれが涙か汗か、よだれか鼻水かも分からないが乾いた土に湿り跡を作った。


 どれほど経っただろうか。時間の感覚などとうに失われていた。甲高い耳鳴りの中、朦朧な視界がすっぽりと影で覆われた。背後に誰かが立っている。


 ふっと背中に何かを乱雑に塗りつけられる。


 何が起こったか理解はできなかったが、しかし瞬間先程までの痛みはたちまち消えた。


 先程までの苦しみが嘘だったかのように朦朧としていた意識は完全に覚醒し、背中の傷なんてもろともせずに立ち上がると、連れられるがままテント入った。


 テントに着くと兵士は子供達をペアにして、片方に銃を手渡した。

「撃ち殺せ、撃て!」

 彼らは言う。


 僕は引き金を引いた。僕は七歳で友達を殺した。


 血を流し、眠っているのとは違う、手放した人形の様に倒れる友達。虫のように造作もなく死んだそれはストールの親友、コリンだった。


 僕の脳はその状況を理解して、なお興奮していた。


 眼前の悲しみから身を守ろうと分泌されたアドレナリンが、感情吹き飛ばすほどの高揚感を与えていた。

 この時もしかすると、僕の顔は口角が引き攣っていたのかもしれない。


 新政府軍は操作しやすい子供を国のために戦わせるために育てていた。


 ナイフの使い方、銃の使い方、偵察訓練、小さな体を生かして、爆弾を抱えて敵の車両に潜り込む訓練もした。


 そして戦うことで自由が掴めると吹聴して希望を抱かせた。しかし奴らにとって最も重要なのは命令に背いてはいけないという脅迫的な使命感を植え付けることだった。


 隔離された森の中で、常に監視されている。

 逃げ出すものや優秀で無いものは目の前で野良犬のように撃ち殺される。訓練は辛かったが三日に一度支給される塗り薬を頼りに耐え抜いた。

 孤独で抑圧的で閉鎖的な環境の中で子供達の思考は狭まり、どんどん従属になっていった。


そして数ヶ月の訓練ののち、生き残ったのは二人だけだった。


 その二人、ハルとストールはセラフィア陸軍 第二外人歩兵連隊に配属され、それからは軍の期待通り囚われたように戦い続けた。


 泥血を浴び、その容姿は部隊の兵から見ても残忍そのものだった。

 しかし二人は目を輝かせ、いつか来る自由のために戦い続けた。二人にとって、銃やナイフは自由を得るための道具だった。


ある日はグラウンドゼロに住み着いた浮浪者を殲滅した。


数ヶ月の後、二人の部隊は敵国スパイの、追撃殲滅作戦に駆り出された。


2人の働きによって作戦は成功し、スパイは掃討された。一件落着と思われたところ、思いもよらぬ出会いが2人を待ち受けていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る