第10話 ティーパーティー【アリシア視点】
―――勇者様から手紙が届きました。
明日、勇者様がここ―――グローリア王国に来るらしい。
嗚呼、ついに勇者様が私だけのものになるのですね……そう考えるだけでドキドキしてきてしまいました。
徐に立ち上がり、とある一室へと向かう。
生活に必要なものは全て揃っています。それでも綺麗に収納されていてとても綺麗な部屋になっている。天蓋付きのベッドはとてもふかふかしていて寝心地も保証できます。勇者様……気に入ってくださるでしょうか。
この部屋は勇者様のためだけに用意していただいたもの。
明日から勇者様が過ごす部屋になります。
「はぁ……勇者様……」
勇者様の事を考えるだけで吐息が漏れる。
私の、私だけの愛しい勇者様。
優しく、勇ましく、可愛らしい……全てを兼ね備えた非の打ち所のない素晴らしい方。
勇者様が使う予定のベッドに腰掛ける。
勇者様だって知り合って日の浅い男性よりも何年も共に過ごし、絆を深めてきた私の方が良いに決まっています。
嗚呼、明日が楽しみで仕方がありません―――
*
――――翌日。
軽くお化粧をして、服も普段よりも可愛らしいものに着替える。
この日のために用意した強い睡眠作用のある薬を混ぜたクッキーやマドレーヌ、色とりどりのマカロンと2人分のティーカップをテーブルに置き、勇者様の来訪を待つ。
何時頃着くのでしょうか……そんなことを考えていると、勇者様がいらっしゃったという話を耳にした。
慌てて玄関まで向かうと、私服姿の勇者様が。嗚呼、私服姿もとても可愛らしいです。
勇者様は私に気がつくと微笑みを浮かべながら近づいてきた。
「アリシアさん、具合はどう?」
「はい。体の方は問題ありません……ご心配をおかけして申し訳ございません」
「良いんだよ。あ、一応兄さんに持っていくように言われた薬渡しておくね。何かあってからじゃ遅いからね」
そう言って私に袋を手渡した。
勇者様のお義兄様まで、なんてお優しいのでしょうか……本当に素敵なご兄妹です。
そんなご兄妹を永遠に引き離してしまうことに少々申し訳なさがありますが、私と勇者様が一緒になれる方法はこれしか思い浮かばなかったのです。
申し訳ありません、お義兄様。
「あ、それとお母さんがベリータルトを焼いてくれたんだよ。タルトを食べながら2人でゆっくり話そう?」
「まあ……! お義母様が……! この間頂いたいちごのタルトもとても美味しかったので楽しみです」
それにベリータルトは勇者様の好きな食べ物でしたよね。
私も上手に作れるようにならなくては……お義母様のようには作れなくても、愛情さえ籠っていれば問題ありませんよね。
勇者様を自室に招き、椅子に案内すると『ありがとう』と微笑みを浮かべた。
その微笑みももうすぐ私だけのものになるんですね。
勇者様はテーブルに並べられたお菓子を見て心無しか目を輝かせた。
ふふ、お菓子で目を輝かせる可愛らしい一面もあるのですね……
「これ、全部アリシアさんが?」
「はい。お口に合うといいのですが……」
そう言うと、素直に褒めてくださった。
勇者様が望むのであれば、毎日手作りおやつを振る舞いますよ。勿論、朝、昼、夕食も私が作ります。私以外の方が作った料理を食べて欲しくありません。
勇者様には私の作った料理だけを食べて欲しいのです。
あぁ、勇者様のお義母様の料理は別としますよ。
勇者様は箱からまた美味しそうなベリータルトを取り出すとナイフを借りてもいいかと問いかけてきたため、ナイフを差し出した。
すると慣れた手つきで切り分け、私に差し出してきた。
「ふふ、ありがとうございます。勇者様」
「いえいえ。それじゃあ頂こうかな」
そう言うと勇者様は『いただきます』と両手を合わせてベリータルトを頬張り始めた。
私もいただきますと手を合わせ、ベリータルトを口にする。優しい甘さが口いっぱいに広がり幸せな気持ちになる。
ちらりと勇者様の方を見るととても幸せそうに食べていらっしゃる。そんな所も可愛らしい。
ジィっと見つめていると、私の視線に気づいたのか勇者様は苦笑いを浮かべた。
「そんなに見られると、食べづらいかなぁ」
「ハッ……! 申し訳ございません勇者様……」
「あぁ、謝らなくてもいいよ。それにしてもクッキーもマドレーヌもマカロンもどれも美味しそうだね、どれから食べようか迷っちゃうよ」
「ふふ、どうぞ召し上がってください」
私は睡眠薬の入っていないマドレーヌを一口食べる。私が一切食べなければ、勇者様のことですから少し不審に思われそうですから、事前に睡眠薬の入っていないものも作っていたんですよね。
「どれから食べようかな……どれも美味しそうだし、迷うなぁ」
うんうんと唸る勇者様。
お菓子でそんなに迷ってしまうなんて……なんて可愛らしいのでしょう。
「ふふ、迷っちゃう」
勇者様はくすくすと笑う。
「迷ってしまうからもう少し後で食べようかな」
「そうですか?」
「うん。そうだ、本当に体の方は大丈夫なんだよね? この間いきなり倒れたから驚いちゃって……」
「その節は申し訳ございませんでした……少々目眩がしたもので……」
あながち間違ってはいません。
ショックで目眩がして、意識が遠ざかってしまいましたから。でも、こんなに心配してくださるなんてなんて優しいお方なのでしょうか。
本当に勇者様は現役の頃から仲間思いの素敵な方でしたからね。
それはパーティーが解散した今も変わらないのですね。
「目眩、か……貧血とかかな。確かにあの時顔色が優れないようだったし……」
顎に手を当て、考える素振りを見せる勇者様。
「でも、もう大丈夫なんだよね?」
「はい。もうすっかり」
もうすぐ勇者様が私だけのものになりますからね。
グラーツ王子になんて渡さない。勇者様は私だけのものなんですから。
そんなことを考えながら紅茶を飲んでいると、とうとう勇者様が私の作った睡眠薬入りのマドレーヌを手に取った。
そしてゆっくりと口に入れる。
トクン、トクンと心臓が高鳴るのがわかった。もうすぐ……もうすぐです。勇者様が私だけのものになる。
この日をどんなに待ちわびたことか……
睡眠薬はかなり強いものですから、約5分ほどで効果が現れるでしょう。
勇者様と共に魔王の討伐をせよという使命を受け、勇者様と出会ったあの日から私は貴女の虜。ずっと貴女のことしか考えておりませんでした。
貴女と出会って、私の世界が色づいたと言っても過言ではありません。貴女と出会うまでの私は空っぽな人間でしたから。
大聖女として崇められ、"アリシア"として見てくださる方は誰一人としていなかった。そんな中、勇者様だけは私を"アリシア"として見て下さった。それがとても嬉しかったのです。
貴女との冒険は幸せでした。ですが、仲間が増えていくごとに私を見てくださる時間が減ってしまったのがとても悲しかった。特にルーヴェルトさんとのやり取りを見ているのが苦しかったですね。
あんなにも距離が近い2人を見ていたら、不安になってしまうのも仕方が無いでしょう?
ですがもう、そんな心配も不安もしなくて済むのですね。
「うん、美味しい……アリシアさんはお菓子作りが上手なんだね」
「ふふ、喜んで貰えて嬉しい限りです」
ええ、本当に……とても嬉しいです。
紅茶を飲む勇者様を眺めながら微笑みを浮かべる。
早く効果が出ないでしょうか……勇者様の寝顔は冒険をしていた頃に何度か見た事がありますが、とても可愛らしいんですよね。
「……あ、あれ……」
「勇者様?」
「なんだか、眠い……長旅で疲れてるのかな……」
「では、少し横になられては如何でしょうか」
「んん……ごめんね。そうさせてもらおうかな。座ってるのがやっとで……」
やっと効いてきたようですね。
フラフラと立ち上がる勇者様を私のベッドに寝かせる。するとすぐにすやすやと規則正しい寝息を立てて眠ってしまいました。
「…………ぐっすり、ですね」
眠っている勇者様を見つめながらポツリと呟く。
本当は私が運び出したいところですが、生憎私はそんなに力がありません。ですから止むを得ず男性の方に運んでいただくしか方法がありません。
本当は触れて欲しくは無いのですが……少しの我慢ですね。
兵士の方に頼み込み、勇者様を専用の部屋のベッドまで運んでいただき、兵士の方が出て行った後に窓と扉にかなり強い結界を貼った。
念の為……ですね。
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