第9話 婚約成立と準備
「! フィア様、お久しぶりです」
グラーツ王子はそう言って胸に手を当てお辞儀をした。どうしてここにグラーツ王子が? シーヴェクスからククル村までかなりの距離があるというのに。
立ち尽くしていると、見透かしたかのようにグラーツ王子は私の頬に手を触れながら口を開いた。
「どうしようもなく貴女に会いたくなってしまって、会いに来たんです」
「!?」
「ご迷惑、でしたか?」
グラーツ王子はそう言って眉を下げる。
そんなことは無いと首を横に振ると、グラーツ王子は『良かった』と微笑みを浮かべた。
「立ち話もなんですし、私の家にご案内しますね」
「ありがとうございます」
王族を家に上げるなんて緊張する。家にグラーツ王子を連れて戻ると、お父さんやお母さんは驚いていた。兄さんに関しては飲んでいたものを吹き出していた。
うん、まさか騒ぎの原因がグラーツ王子だとは思わなかったよね。私も思わなかった。
椅子に座ってもらい、紅茶をいれて持っていくと『ありがとうございます』と微笑んだ。
兄さんはグラーツ王子に聞こえないような声量で私に問いかける。
「なぁ、なんでこい……彼がここにいるんだ?」
「私に会いたくて来たらしいよ」
「……お前も大物になったなぁ」
チラリとグラーツ王子を見やる。
優雅に紅茶を嗜む姿は流石は王族と言うべきか。
そんな事よりも……
「本当に私に会いにいらっしゃっただけですか……? 他にも要件があったりするのでは?」
そう問いかけると、グラーツ王子は静かにティーカップを置き、口を開いた。
「そうですね……待ちきれなくなってしまった。と言えばいいでしょうか」
「…………婚約の件、ですか?」
「ええ。今この場で教えて下さいませんか? 貴女は私と婚約を結んでいただけますか?」
グラーツ王子の瞳は真剣そのものだった。
ここではぐらかすのは失礼に当たるだろう。私は大きく深呼吸をした。
グラーツ王子は悪い人では無い。そう信じてるからこその答えだ。
「こんな私でよければ……貴方のお傍に居させてください」
「! それは、婚約を結んで下さるということですか?」
「は、はい」
いざ口にするとなるとなんだか恥ずかしい。
顔に熱が集中する。
そんな私の様子を見て、グラーツ王子は愛おしげに目を細めた。
「私は幸せ者ですね」
グラーツ王子はそう言うと席を立ち、私の元に来ると私の手を取り、手の甲に口付けを落とした。
グラーツ王子のその行動にまたぼふんと顔が赤くなってしまう。この方はどれだけ私を照れさせれば気が済むのだろう。
真っ赤になった顔を両手で覆っていると、兄さんが口を開いた。
「まさか妹が王族に嫁ぐことになるとは思わなかった。……妹を、よろしくお願いいたします。グラーツ王子」
兄さんはそう言ってふかぶかと頭を下げた。
こうして私とグラーツ王子は婚約を結んだ。お父さんやお母さんも喜んでくれたし、親孝行は出来たかな。
そんなことを思いながら紅茶を一口啜る。
「……そうだ」
婚約の件も片付いたし、アリシアさんに会いに行こうかな。出発は明後日にしよう。今日のうちに訪問する旨の手紙を書いて送らなければ。
便箋を机の上に置き、サラサラとペンを走らせる。
『アリシアさんへ。
体の調子は如何ですか? 突然倒れてしまったので未だに心配です。
明日、そちらに伺いますね。
フィアより』
短いけれどこんな感じでいいかな。
手紙を届けて貰えるように頼み、私は自室のベッドで横になる。
それにしても、私がグラーツ王子と結婚かぁ。
式はいつ挙げるか決まっていない。王族の結婚式だし大きなパーティーが開かれることになるだろうね。そうなったら、私は失礼のないように振舞わなくてはいけない。
王族のパーティーなんて当然一度も行ったことがないから今から緊張してきた。
まだ式を挙げる日も決まっていないっていうのに、私ってば気が早いなぁ……そんなことを考えながらゆっくりと目を閉じた。
*
チュンチュンという雀の囀りで目が覚める。
どうやら私は爆睡してしまっていたらしい。
ゆっくりと体を起こして伸びをする。外を見ると今日も天気がいい。
それより、昨日の出来事は夢だったのだろうか。グラーツ王子と婚約を結んだなんて……現実ではないような気がして兄さんに問いかけると、兄さんは苦笑いを浮かべながら答えた。
「現実だぞ、フィア。お前はシーヴェスク王国のグラーツ王子と婚約を結んだ」
「わぁ……」
「わぁって。まぁ何はともあれおめでとう」
「ありがとう……? あ、そうだ。私明日グローリア王国に行くね」
念の為報告しておかなければ。
すると兄さんは『分かった』と笑う。
「アリシアに会いにいくんだろ?」
「うん。やっぱり心配だから」
「だよなぁ……手土産はどうする? 母さんの作ったベリータルトでも持ってくか?」
お母さんの作ったベリータルト……いいかもしれない。
ベリータルトを食べながらアリシアさんと話そう。そうと決まればお母さんに作って貰えるように頼まなくては。
私はお母さんの元に行き、ベリータルトを作って貰えないかと頼んだ。するとお母さんは快く了承してくれた。
やっぱりお母さんは優しい。
自室に戻り、明日持っていくものを準備していると、コンコンとノックの音が聞こえてきた。
「はーい」
「俺だけど、いいか?」
「大丈夫だよ。兄さん、どうかした?」
ノックをしてきたのは兄さんだった。
兄さんは部屋に入ってくると何やら袋を私に手渡してきた。これは一体なんだろう。首を傾げていると兄さんは中身を教えてくれた。
「さっき渡しそびれたけど、薬だよ」
「薬?」
「アリシアに持ってってやれ。何かあってからじゃ遅いからな」
そういう事か。確かにアリシアさんに何かあってからでは遅すぎる。薬はありがたく貰っておこう。
兄さんにお礼を言って、鞄の中に薬を入れる。
「本当にフィアは仲間思いの素敵な勇者様だな」
「兄さん、私はもう勇者じゃないよ。ただの村娘」
からかうように言う兄さんに向かって溜め息混じりに言うと、兄さんは『ごめんごめん』と笑った。
仲間を大切にするのは当然のことだ。
それはパーティーを解散してからもね。解散したからってもう二度と会えないわけじゃない。この間みんながククル村に来てくれたように、また会える。
だから今度は私が会いに行く番だ。
「ねぇ兄さん、他に何持っていけばいいかな?」
「そうだなぁ―――」
私は兄さんと一緒に明日の出発に向けて準備を進めた。
まさかあんなことになるなんて思わなかったけれど―――
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