第7話 心配

みんなの姿が見えなくなるまで見送り、家に戻る。もう勇者でもなんでもない、ただの村娘に戻ったって言うのに私の事を勇者と呼び続けるみんなに"フィア"で良いよと言ったのだけど最後まで勇者呼びだったなぁ。


定着しちゃったのかな。


でも、そんなことよりもだ。アリシアさんの様子が明らかにおかしかった。突然ティーカップを落としたり、倒れてしまったり、冒険していた頃はそんな事一度もなかったのに。

あの常に冷静なアリシアさんがあそこまで取り乱すなんて……



「大丈夫、かな」



心配だな。

そんなに私とグラーツ王子の婚約が嫌だったのだろうか。みんな賛成してくれた中、アリシアさんだけが反対してきたし。

でもどうしてあんなに反対してきたのだろう。もしかしてグラーツ王子の裏の顔を知っているから、とか?



「…………私も変な男には捕まりたくないけど」



グラーツ王子に限ってそんなことは無いと信じたい。

ひとりでうんうん唸っていると、コトンとマグカップが置かれた。顔を上げるとお母さんが心配そうに眉を下げていた。



「アリシアさん、大丈夫かしらね」

「うん、私もちょっとその事を考えてた」



マグカップの中身はココアだった。

ふぅふぅと息をふきかけ、少し冷ましてから一口飲む。優しい甘さが口いっぱいに広がった。



「アリシアさんはいつも冷静さを欠かなくて、余裕を持って行動しているような人だったから、あんなアリシアさん初めて見た」

「そうなのねぇ……そんなに婚約がショックだったのかしら」

「だとしたらどうしてだろう。その理由が見当もつかなくて」

「そうねぇ」



どうしてかしらと頬に手を当てるお母さん。

次会った時アリシアさんに直接聞いてみよう。次はいつ会えるか分からないけれど……


ずっと一緒にいた仲間だし、理解してあげたい気持ちはある。余計なお世話だと言われてしまえば終わりだれど。



「……」



話を聞いてあげて、少しでも気持ちが軽くなるといいんだけど。

そんなことを考えながらココアを飲んでいると、お母さんがクスリと笑って口を開く。



「フィアったら、すっかりリーダーらしくなったのね」

「え?」

「解散してもこうして仲間の事で悩んでる。とても良いリーダーじゃない」

「私はリーダーなんて柄じゃないよ。ただ心配なだけ」

「そういう事にしておいてあげるわ」

「もう、なんなのさ」



そう言って苦笑いを浮かべると、お母さんはくすくすと笑って部屋を後にした。

私がリーダーらしい、か。ずっと勇者らしく居なきゃと気を張っていたからまだそれが残っているのかな。それが無くてもみんなは私にとって大切な仲間。だから心配してしまうのは仕方の無いことだと思ってる。



「アリシアさん……」



やっぱり彼女が心配だ。

村の仕事とか婚約の話とか諸々落ち着いてきたらアリシアさんに会いに行こう。

多分アリシアさんはグローリア王国にいるはず。



「よし、ちゃちゃっと仕事と婚約の話を終わらせてしまおう」



そしてアリシアさんと話をして、解決したらあとはゆっくり自由に過ごさせてもらおう。

もう勇者として戦わなくて良くなったのだから、自由にのんびり暮らしていても良いはず。貴族に嫁ぐことになってしまったから自由を与えられるかどうかは微妙なラインだけど……

グラーツ王子にそれなりの自由を約束してもらえるようにしようそうしよう。




*




翌朝、朝食を食べ終えて自室でゆっくりしていると外から兄さんの声が聞こえてきた。



「フィアー! 畑仕事手伝ってくれー!」

「あっ、分かったよ兄さん。今行くから待ってて」



帽子を被り、外に出る。

勇者に選ばれる前はずっと兄さんと一緒に畑仕事を手伝っていた。

久しぶりの畑仕事、上手くできるか心配だったけれど体は覚えていたようで、畑の耕し方も問題なくこなせた。



「なぁ、アリシアって子大丈夫なのか?」

「私も心配なんだよね……あんなアリシアさん初めて見たし、だから村の仕事と婚約の話が落ち着いたら会いに行こうと思ってるの」

「そうか。それが良いだろうな」

「うん」



畑を耕しながら兄さんと会話をする。



「アリシアっていつもお前を支えてくれてたって子だろ?」

「うん、そうだよ。辛い時とかいつも傍にいてくれて励ましてくれてた。戦闘面でも精神面的にもずっと支えてくれてたんだ」

「なら尚更今度はフィアが支えてやる番だな」

「そうだね」



汗を拭いながら畑を耕す。

こうしていると勇者じゃなくて村娘に戻ったんだなぁと思えるんだよね。後買出し中とか。


ぼんやりと考えながら兄さんと一緒に畑仕事を終わらせる。

今ごろ他のみんなは何をしているんだろう。冒険者になってたりするのかな。ルーヴェルトさんは新しいパーティーに入ってっていうのはちょっと難しそうだけど。

ルーヴェルトさん、プライドが高いから。


ハルヴァさんはエルフの森で暮らしているのだろうか。また、会いに行ってあげたい。


リリィさんはフェルトス王国でお祖母様と一緒に暮らしているのだろうか。もっと成長したら冒険者として冒険に出るかもしれない。なんて妄想でしかないけれど。


ヴィルさんは良いパーティーに巡り会えているといいな。ヴィルさんの補助魔法は本物だから、それを理解してくれるパーティーを見つけていて欲しい。



「……昨日会ったばかりなのに、また会いたくなるなぁ」



みんなもそんな気持ちで私に会いに来てくれたのかな。今度来てくれた時は泊まって行ってもらおうかな。

一日だけじゃ話し足りない。

次はなんの話をしよう……そんなことを考えていると、やはり浮かんでくる昨日のアリシアさんの様子。



「……」



心配だなぁ。


昨日からずっとそればかりだ。

私もかなりの心配症らしい。



「ふぅ」



大きな石に腰掛け、ボトルに入った水を飲み干す。

アリシアさんの曇った表情じゃなくてあの綺麗な笑顔が見たい。アリシアさんみたいな美しい女の人には笑顔が似合うから。

なんてセリフはクサいかな。

ちょっと考えてて自分でも恥ずかしくなってきた。



「でも事実だしねぇ」

「フィアお姉ちゃんどうしたのー?」



独り言を呟いていると、近所の子供が駆け寄ってきた。



「んーん、独り言だよ」

「そっかぁ。ねえねえ! また冒険のお話聞かせて!」

「ふふ、いいよ。それじゃあ今日はエルフの森を襲おうとしていたキングオーガを倒した時の話をしようかな」

「わーい!!」



エルフの森がキングオーガの驚異に晒されていたことを知ったのはハルヴァさんがパーティーに加入した後に聞いた話だった。


キングオーガとはAランクのモンスター。巨大な体と凶暴な性格をしている中々厄介なモンスターだ。


エルフ達は何とかギリギリ撃退はできても討伐までは出来ていなかった。中にはキングオーガに襲われ、命を落としてしまったエルフも居たという。


そんな話を聞いたら放っておけなかった。それに、私には心強い仲間たちが5人もいる。だからキングオーガに勝てる自信もあった。



「そして私達はキングオーガを探して森の奥深くまで進んで行った」



キングオーガはその巨体からすぐに見つけることが出来た。私たちはすぐさま臨戦態勢に入り、キングオーガと対峙した―――

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