第6話 信じたくない【アリシア視点】

勇者様の家に案内されると、優しげな男性と女性が出迎えて下さった。

この方々が勇者様のご両親……やはり勇者様が素敵な方ですからご家族も素敵な方なんですね。



「お父さん、お母さん。紹介するね。魔王討伐のために力を貸してくれた仲間達だよ」

「フィアから話は聞いているわ。とても優秀で素敵な仲間達だって。私にも分かるわ、貴方達、とても素敵な目をしてるもの」



お母様はそう言って微笑んだ。

勇者様と結ばれたあかつきにはこの方が私のお母様になる。そう考えるだけでにやけてしまいそうです。


……私は、勇者様のことが好き。

初めて出会ったあの日から、ずっとずっと貴女だけを見つめていた。本当は私と勇者様の2人旅でも良かったのですが、やはり戦力が欲しいということもあって仲間を増やすことに賛成してしまいました。


勇者様の笑顔も、声も、髪の毛も、頭の先からつま先まで全て私だけのものにしたい。

そう考えてしまうのはいけないことでしょうか。

でも私はどうにかして勇者様と結ばれたい。女性同士だからというのは関係ありません。愛さえあれば恋愛は自由だと思っています。


勇者様が辛い時は必ず傍にいて、励ましていました。その度に『ありがとう』と微笑んでくださる貴女が愛おしくて、独占していたくてたまらなくなってしまっていました。


嗚呼、勇者様……どうかその微笑みを私だけに向けてください。



「……シア……アリシアさん……アリシアさん」

「! は、はい」

「どうしたの? ぼーっとしていたようだけど……」



勇者様が至近距離で顔を覗き込んで……!

嗚呼、その大きくて美しい茶色の瞳……その瞳でずっと私だけを見つめていて欲しい。



「い、いえ、なんでもありません……」

「そう? ならいいんだけど……具合が悪い時は言ってね」

「はい」



なんてお優しいのでしょうか。

さらに好きになってしまうじゃないですか……!



「さ、みんな座って。いちごのタルトをお母さんが作ってくれたんだ。一緒に食べながら話そう?」

「お、いいじゃねぇか」



ルーヴェルトさんはそう言ってにっと笑う。

私、ルーヴェルトさんが苦手なんですよね。勇者様と距離が近いと言いますか……必要以上にベタベタと触れて……私の勇者様が穢れてしまうではないですか。



「そうだ、勇者様とご家族の皆さんに、お土産……」



そう言ってリリィさんが箱を取り出す。

勇者様はありがとうとお礼を言って受け取った。



「何が入ってるんだろう……開けてみてもいい?」

「はい」



勇者様はリリィさんから許可をとると、丁寧に包装紙を剥がし、箱を開けた。箱の中身はクッキーと紅茶の詰め合わせ。現役の頃、良く休憩時間にクッキーと紅茶を嗜んでいらっしゃったので、私が提案してみたんですよね。

どうでしょう……喜んでいただけているでしょうか……

恐る恐る反応を伺うと、勇者様は無邪気な笑顔を浮かべた。



「嬉しい……ありがとう。みんな」

「お礼ならアリシアさんに言ってください。これを選んだのは、アリシアさんなんです」

「そうなの? ありがとうアリシアさん。大切に食べるね」

「は、はい」



あぁ、なんて可愛らしい笑顔を見せてくださるのでしょう……メロメロになってしまうじゃないですか。

そんなことを考えていると、勇者様が思い出したように口を開く。



「そうだ、みんなに相談したいことがあったんだ」

「相談、ですか?」



勇者様の発言にヴィルさんが聞き返す。



「うん。実は―――シーヴェスク王国のグラーツ王子に求婚されてしまって……」



―――ガシャン!!



思わずティーカップを落としてしまった。

唖然とする私。心配そうな表情をうかべる勇者様。

嘘ですよね。王子に求婚されただなんて……


あぁ、でも私達に相談するということはまだお返事はしていないんですよね。そうですよね。

まさか私以外の方と幸せになろうだなんて思っていませんよね。

私以外の方と結ばれるだなんて許しません。

だって、勇者様は私の運命の人なのだから……


勇者様だって、数回しかあったことの無い男性と結ばれるよりもずっと共にしてきた私を選んだ方が幸せになれると思います。

ですから、ですから……どうかその方を選ばないで。私を選んで―――



「アリシアさん、大丈夫?」

「は、はい……その、求婚の件ですが断った方が良いかと……」

「やっぱり断った方がいいのかな」

「はい……っ」

「でも、グラーツ王子の好意も無下には出来ないし……」



あぁ……そんなに悩まずとも求婚なんて断ってしまえばいいのです。そうして私と結ばれましょう勇者様。お願いいたします……どうか、どうか……



「私は勇者様が幸せになれるのなら、いいと思いますよ」



ハルヴァさん……!?


なんてことを仰るんですか……!?

そんなことを言ったら優しい勇者様のことですから本当に婚約してしまうじゃないですか。



「俺もいいと思うぜ? 勇者ももう23だろ? そろそろ結婚も視野に入れといた方がいいと思うぜ?」



ルーヴェルトさんまで……



「私も……いいと思います。勇者様がそれで幸せになれるのなら」



リリィさん……!?


どうしましょう、どんどん賛成派が多くなってきてしまいました。これでは数で押し負けてしまいそうです。

当の勇者様はかなり悩んでいる様子ですが……



「うーん……そう、だね……皆の言う通り婚約、してみようかな」

「ッ―――!!」

「グラーツ王子、すごく優しい方だし、一度会った時とても親切にしてくれたし……悪い人では無いと思うんだよね。まぁ、悪い人だと思ったらすぐ逃げ出すけどね」



そう言って勇者様は笑う。

信じたくない。

嫌です。

こんなの、信じたくありません。

勇者様が他の方と結ばれるだなんて……あぁ、悪い夢なら覚めて……



―――ガタンッ!



意識が遠のき、その場に倒れ込む。

勇者様の焦ったような声が聞こえてくる。

私の意識はどんどん遠ざかっていった―――




*




目を覚ますと、見知らぬ天井が視界に入ってきた。ここは……そういえば私は確か、勇者様の家で倒れて……それで……



「あ、良かった。目が覚めたんだね」

「! 勇者様……」

「いきなり倒れたから驚いたよ。大丈夫?」

「はい……」



勇者様が他の方と結ばれようとしていることが信じられなくて倒れてしまったなんて言えません。


ですが……



「本当に、グラーツ王子とご婚約なされるんですか?」

「んー、そうだね……うん、そのつもり」

「そう、ですか……」



俯いていると、勇者様は心配そうに眉を下げながら問いかけてくる。



「アリシアさんは、私がグラーツ王子と婚約するの、反対してたよね。どうして?」

「…………それは……」



何も言えずに黙り込んでいると、勇者様は優しく私の頭を撫でて下さった。

勇者様の手の温もりが心地よい。



「言いたくないなら大丈夫だよ。それに、婚約してももう二度と会えなくなるわけじゃないから。ちゃんと会いに行くよ」

「勇者様……」



そういうことでは無いのです。

私は、私は……勇者様のことが好きなんです。ですから、誰にも取られたくないのです。

ですからグラーツ王子との婚約なんて破棄してください。

まだ、信じたくないのです。

勇者様がほかの男性の元で幸せになるなんて。

勇者様は私と幸せになるべきなのです。

そう、勇者様は、私と……


どうしたら、勇者様は私だけのものになるのでしょうか。



「アリシアさん?」

「……」



しばらくの沈黙。

その沈黙を破ったのはノックの音でした。ガチャリと扉が開き、ルーヴェルトさんが顔を覗かせる。



「アリシア、そろそろ帰るぞ」

「ぁ……はい……」



ふらふらと立ち上がり、私は部屋を後にした。


あぁ、どうしたら勇者様を私だけのものにできるのでしょうか。

グルグルと思考を巡らせても解決策は出てこない。

帰り道でも楽しげに話す皆さんを他所に私はどうしたら勇者様を私だけのものにできるのか考えていました。


そしてふと、浮かんできたのは監禁という案。


誰にも会うことなく、私だけを見てくださる方法―――これしかありません。

そうと決まれば準備をしなくては……


待っていてくださいね、勇者様。

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