第3話 宮廷魔法使いの実力
「品性が欠けておるな。暗殺者の真似事を教えた覚えがなかったのだがのう⋯⋯」
老魔法使いは追撃を許さなかった。帝国騎士クザロの前に立ち塞がり、臨戦態勢で挑む。強大な魔力が白杖に注がれていた。
「皇帝陛下からの勅命です⋯⋯。卑劣な手段だとしても⋯⋯しなければなりません⋯⋯」
「そうじゃな。忠誠を誓った騎士であるのなら、そうするべきじゃ」
「ブラウト先生はレヴァンティール帝国に多大な貢献をされた宮廷魔法使いです。陛下にはこう命じられています。『逃亡した宮廷魔法使いブラウトを説得せよ。可能な限りにおいて生かして連れ戻せ』」
「ほう。こんな老人に慈悲を示されたか。さすがは皇帝陛下じゃ⋯⋯。お優しいのう」
「お願いです。投降していただけませんか? 皇帝陛下も理解を示しておられます。ブラウト先生が彼女を連れて逃走した件で、処罰は免れませんが⋯⋯命までは取られないでしょう」
「お断りじゃな」
「⋯⋯命は助かります」
「皇帝陛下に反逆した身。恥の上塗り。まさしく生き恥じゃ。それに⋯⋯今さら⋯⋯どうにもならん⋯⋯。私は決めたのじゃ⋯⋯!」
「どうしてもですか⋯⋯? 私は恩師を手にかけたくはありません」
「生憎じゃったな。儂も弟子を見捨てるわけにはいかぬのだ。⋯⋯ここは通さんぞ」
「私とて辛い。しかし⋯⋯! あの予言は世界の⋯⋯、レヴァンティール帝国の存亡に関わる⋯⋯!! 国家の一大事であれば、手を汚さねばなりません。貴方ほどの御方なら分かるはずだ⋯⋯! いや、分かってもらわねば困る⋯⋯!!」
「たとえ妹弟子であっても殺すのか⋯⋯?」
「はい⋯⋯。私は先生と違って、情で流されるわけにはいかないのです。帝国で暮らす数千万の民が危険に晒される。世界そのものを滅亡させるかもしれあに。非情な決断も致し方ないでしょう」
「そうじゃな。クザロよ。お前は何も間違ってはおらん。帝国の魔法学院で教え込んだ甲斐があった。だが、儂は我が侭な男じゃ。受け入れられぬ」
「戦う気ですか⋯⋯」
「久方ぶりの指導試合じゃ」
「十年前とは違います。今は私の方が先生よりも強い」
「言うようになったのう」
「私は戦争で実戦経験も踏んでいます。⋯⋯死ぬおつもりですか?」
「そういう強気な台詞は相手を殺してから言うべきじゃ。儂を時代遅れの老いぼれと見くびっておるな? 小生意気な若造めが⋯⋯!!」
レヴァンティール帝国の宮廷魔法使いブラウト。魔法学院の教授を務め、幾人もの弟子を大成させた偉大な魔法使いの一人であった。
皇帝からの信頼も篤く、魔法知識のみならず政治上の相談相手にもなっていた重臣。皇帝の懐刀は実戦から遠ざかって久しいが、魔力は錆び付いてなどいなかった。
「手加減はせんぞ! クザロよ!!」
若かりし頃、軍人時代の名前がシャツァルであると知る者はほとんどいない。帝国軍の最前線で生き延びた古兵の魔法使いは容赦なく攻撃を浴びせかけた。
「
白杖が指す方向に巨岩が猛進する。シャツァルの魔力で強化され、仮想質量が付加されている。魔法で守られた城壁を貫通する攻城魔法。対人戦闘で用いるような規模ではなかった。
「残念です。先生⋯⋯。防ぎ流せ――
対するクザロは大量の水を生じさせる。年若くして騎士団の筆頭に登り詰めた資質。それは得意な魔力性質だった。魔力で特殊な人工水を生成し、自在に操る。たった一滴で水が混じれば、自然水もクザロの支配下に入る。
(地下水を呼び寄せておるな⋯⋯。標高が高いが地中には水分が豊富にある。大質量による飽和攻撃を連発されると厄介じゃ。短期決戦で挑まねば敗北は必至。きついのう⋯⋯!)
さらに魔力を集中させて、魔法で操られた水壁の貫通を狙う。互いの魔力が衝突し、放射光の破片が空中を舞った。
「ブラウト先生! これは指導試合じゃありません。陛下からは生け捕りを命じられていますが、殺す気でいくしかない。⋯⋯せめて悔いが残らぬよう、魔法使いとしての全力を尽くします⋯⋯!」
巨岩の投石を全て受け流したクザロは、騎士の剣を抜き放った。地面に刃を突き刺し、魔法による支配領域を拡張する。
(並の魔法使いであれば、赤子の手を捻るよう殺せるのじゃろうな。儂が育てた弟子のなかで、もっとも戦闘に秀でた天才児。こうして敵に回すと本当の恐ろしさが分かるのう)
クザロは生成した魔力水を霧散させる。細かい粒子が大気に浸透していった。
「先生なら分かるはずですよね。すでに私の結界に範囲内。結界内の水分は私の支配下にある。そして、人体の六割は水分で構成されている。私は水を自在に操れる」
「そうじゃのう。だが、一つ勘違いしておるぞ。儂は老人じゃからな。干からびておる。せいぜい人体のうちで水分が占める割合は五割弱じゃよ」
「割合が下がったところで同じことですよ。身体の一割でも失えば人間は死ぬ。たとえ一%であったとしても、損傷箇所が脳髄なら即死だ」
帝国騎士クザロは戦争で多大な戦果を上げた。一騎当千の猛者であろうとも身体の内側から破壊されれば即死する。魔法使いであれ、剣士であれ、脳髄や心臓を潰せば殺せる。
「これから私が使うのは人体急所の破壊⋯⋯。水分を暴走させるだけの下劣な魔法攻撃です。発動するのに呪文の宣告すら必要としない」
「ベラベラとご丁寧じゃな。まるで魔法学院の授業じゃ。儂が降参すると思うか?」
「いいえ。先生がどんな魔法で防ぐのか⋯⋯興味があります」
一撃必殺の魔法だった。しかし、無敵の魔法とは思わない。相手はレヴァンティール帝国でもっとも偉大な魔法使い。手の内を誰よりも知っている魔法の師匠だ。
「戦場でこの魔法を使ったとき、範囲内にいる人間は全員死にました。どれほどの魔法使いであっても⋯⋯」
クザロは水分子を暴走させ、人体急所の破壊を試みる。だが、シャツァルは平然と立っていた。通常であれば人体が膨れ上がり、爆散するにも関わらず、強大な魔力でクザロの魔法発動を弾いている。
「それは防御の魔法ですか⋯⋯? 信じられない。私の魔法を完璧に防ぐなんて⋯⋯」
防御系の魔法はいくつか知っている。だが、今までに見たどの魔法にも該当しない。そもそも既存の魔法では身体の内側を守るなどできないはずだ。
「知らぬじゃろうな。真面目なお前ですら、魔法史の授業は寝ておったろう?」
「はっははは⋯⋯。バレてましたか。先生の魔法史は退屈でした」
「ふんっ! 勉学の怠惰を痛感するがよい。これは
太古の昔、魔法を編み出した偉大なドラゴンが禁忌として封じたとされる古代魔法。生涯を注いで研究し、再現した大魔法の一つ。あらゆる魔法効果を阻害する究極の防御魔法である。
「別名は〈死神を遠ざける魔法〉。どれほど恐ろしい存在であっても、知識があれば対策可能じゃ。クザロよ。お前さんの魔法は儂には通じぬぞ」
「そのようですね。私の魔法が完璧に遮断されている。驚きです。たった一つの系統だけだとしても、既存の魔法理論を覆す画期的な防御魔法。ですが、物理的な攻撃は効きそうだ」
「儂の攻撃魔法を避けて斬り込む気か? 自信家じゃのう」
「騎士団最強に登り詰めるため、私が磨いた技術は魔法だけではありません。殺し合いなら絶対に私が勝ちます」
「どうかのう? 現実を知らぬ若造は根拠もなく大言を吐く」
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