第2話
タワーを出ると外はもう薄暗かった。人通りはまばらだ。ここへ来る間もほとんど見かけなかったが、そもそもが物書きの町だ、用事がなければ外へ出ることもないのだろう。
俺は渡されたタブレットの電源を入れた。最初に流れる注意書きを流し読みしながらスクロールすると、いちばん下に地図が現れた。自分がいる位置が点滅しているほかに、もうひとつ、俺が山から下りてきた道沿いに赤く「here」と点滅している箇所がある。ここが俺の家ということだろう。他にもコンビニや飲食店などが点在している。タワーの正面から続く先にはやはり駅があって、他のどこよりも賑わっているようだ。
駅にも興味はあるが、今日のところは一杯引っ掛けて早々に休みたい。何より、噂の真相を確かめたい。そう思った俺は、新しい我が家にほど近い居酒屋で夕飯をとることにした。
正面と違って、タワーの裏側の通りはひっそりとしていた。道の両脇にはオレンジ色の街灯がずっと先まで真っ直ぐ続き、月明かりのない今夜はトンネルに迷い込んだような気分になる。ネオンもなければ広告看板もない。どの飲食店もコンビニもこじんまりしていて、うっかり見落としてしまいそうなほどだ。
ナビが目当ての居酒屋が近づいたことを教えてくれた。数メートル先にドアに赤提灯が描いてある家がある。まるでゲームの世界だと俺は思った。あまりに店らしくないので少し躊躇したが、思い切って扉を開けた。
「いらっしゃい」
それなりに年を取った髭面の男がカウンターから顔を出した。店内はカウンターとテーブル席が二つあり、俺の他はまだ客はいなかった。
「ひとり?」
俺が頷くとカウンターに座るよう促された。トレーナーにエプロンのラフな格好でジョッキを片手にしている。飲み物を聞かれたので「トリあえず生」と言って足元にバックパックを置き席に着いた。途端に体がズシンと重くなる。思えば朝から殆ど休憩を取っていなかった。差し出された熱いおしぼりに顔を埋め大きくため息をつく。顔を上げるとカウンターには既にジョッキとお通しの枝豆が置かれていた。
「お客さん、今日来たんだよね? ようこそ
人懐こい笑顔と一緒に店主が自分のジョッキを差し出した。俺は自分のジョッキをカツンとぶつけてから半分ほどあおった。冷えたビールが滝のように喉を滑り落ちて行く。空きっ腹にはちょっと効き過ぎたようで、胃がきゅっと縮んだ。壁に簡単にできそうなつまみやご飯物のメニューを書いた札が並んでいたので、その中から無限キャベツと親子丼を選んで店主に告げた。
「俺、今田って言います。これからよろしくお願いします。大将はもう長いんですか?」
俺は手際よく卵を溶いている店主に問いかけた。
「ん〜、六年目かな? 俺は井上。主に居酒屋エッセイを書いてるよ。異世界ファンタジーもあるし。そこにIDあるから後でフォローよろしく」
確かに、メニューの横に作品名やIDを書いた紙がある。俺は早速タブレットに読み込んだ。店内に甘辛い匂いが立ちこめて俺の腹がきゅーっと鳴った。
「この町はどうですか? その、住み心地とか」
「俺は気に入ってるよ。何せ同じ目的で集まってる連中ばっかりだからねえ。まあ、温度差はあるけどな」
「温度差?」
「そう、俺みたいに書くことに専念するのがしんどくてこうやって店をやってる者もいれば、書籍化、映像化目指して死ぬ気で頑張ってるガチ勢もいるよ」
井上はこんもりと盛ったご飯の上に器用に卵とじを乗せた。黄身がとろりと流れて溢れそうだ。早速添えられたレンゲでたっぷりすくって口へ放り込む。大ぶりの
「旨そうに食うなあ」
「ほんほひふはひへふ(ほんとにうまいです)」
自らのジョッキにビールを注ぎながら井上は楽しそうに笑った。
「ところで、今田君はこういうとこ初めて?」
俺がレンゲを置くのを見計らって井上が口を開いた。
「はい、そうです。なんか偏見というか、敷居が高かったというか」
「へえ、そうなのか。それなのに、なんでまた?」
俺の頭に、ここへ来るまでの苦悩の日々が甦った。
「何を書いてもどこに出しても読んでもらえてるのかどうかもわからなくて、いっそ筆を折ろうかとも考えたんですが諦めきれなくて」
「ああ、わかるよ。読者あっての俺たちだもんな」
「そうなんです。それでこういうところに来れば何か変わるんじゃないかと思って決断しました……それに、噂を聞いたんです」
「噂? どんな?」
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