生徒会室にお邪魔する

 グラウンドを離れた俺は部活棟へと足を向けた。

 富裕層が多いこの学校には部室だけが集まった校舎がある。まるで大学のキャンパスみたいだ。

 規模はそれほど大きくはない。同好会をいくつも大部屋に詰めこむくらいだ。その最上階に生徒会室があった。

 先日俺は星川ほしかわに連れられてそこを訪れている。なお手前には新聞部の部室があり平日は楓胡ふうこもいたりするのだが今日は桂羅かつらと出かけていて登校していなかった。

 さてどうしようかと迷っていたが足は勝手に動いて生徒会室までたどり着いてしまった。

 星川はグラウンドにいたから中にいないはず。舞子まいこ会長は日曜祝日はしっかり休むと聞いていたから中には泉月いつきしかいないかもと思って扉をノックしてしまった。

「失礼します――」

 しかし泉月いつきはひとりではなかった。

 俺を出迎えた四つの冷たい目。そのうち二つは泉月のものだが、もう一対は眼鏡越しの刺すような視線だった。

 しっかり三つ編み眼鏡。しかし楓胡ふうこのような愛嬌は微塵もない。こいつは確か三井寺みいでらとかいったな。一年生で会計担当だったはず。

 その三井寺の方が俺に向かって「何か御用ですか?」と冷たく言い放った。

 まるで不審者を警戒する子犬だ。今にもキャンキャン吠えそうだ。

「生徒会って祝日でも活動しているのですか?」俺は間の抜けた問いを口にした。

「この時期は予算配分の修正を行うので忙しいのです。新入部員が登録されて各部・同好会の所属人数も大幅に変わりましたし――」

「大変ですね」

「バカにしてます?」

「とんでもない」

 俺の態度が悪かったのだろう。いきなり吠えられた。

「何ですか!――」

「良いのよ」泉月いつきが割って入った。「この人の相手は私がするわ」

「副会長……」

 子犬を黙らせて泉月は立ち上がり、俺を適当なところに座らせると隅にあったケトルのスイッチを入れた。

「三井寺さんは続けて――。私は紅茶をいれるわ」

「私がします」

「良いのよ」

 どうやら泉月は三井寺の会計の仕事を手伝っているようだ。

 三井寺は泉月になついているらしく黙って仕事に戻った。

「何か御用かしら?」

 紅茶をいれて、三井寺にもカップを渡してから泉月は俺に向き直った。

 俺の目の前にもに入れられた紅茶がある。飲めるのかな――これ? 

「――今日は部活の見学に来ました。さっきまでグラウンドを見て回ってました」

 あまりに静かで話が三井寺に筒抜けなものだから俺は猫かぶりの一生徒となって答えた。

「そう……どうだった?」

「サッカー部が練習していましたが、助っ人らしき人がたくさんいて、その人たちの方が目立ってました」

 俺は背筋を伸ばして両手をももにおき、かしこまった態度で上司に報告するようにしていたが、顔は笑いをこらえていた。顔までは三井寺には見えないだろう。

「この学園の部活は助っ人なしでは成り立たないわ。どこもかけ持ち部員が多くてどうにかやりくりしている感じね」

「星川くんがいました」

「あの人は気まぐれだからどこにでも顔を出すの」

 体がなまらない程度に手を貸すようだ。

渋谷しぶやくんもですか?」

「渋谷君もそうね。彼が試合に出ると――どうしてか観客でいっぱいになるというのよ」不思議ね、という顔をしやがった。

「超イケメンだからじゃないんですか」

「そうかしら。あなたの好みなの?」ちげえよ。

「ボクは女性専門です」

 そのひと言に三井寺がパッと顔を上げた。瞬時に俺と泉月の間に割って入るかたちに距離をつめた。

 フットワークが良いな。見た目わからないが運動神経は良さそうだ。

東矢とうや副会長!」泉月をかばうようにして俺をにらむ。小さいが番犬にはなるな。

「三井寺さん、あなたの仕事を続けなさい」

「しかし……」三井寺は子犬の目で泉月を見上げた。

 結構――いや、かなり可愛いな。俺は守備範囲が広いのだ。

「この人は人畜無害よ」そう言って泉月は三井寺を遠ざけた。

 三井寺は不服そうにパソコンに向かった。

 しかし――おそらく――横目で俺を警戒しているな。

 いくらなんでも実の妹を襲うかよ。まあ俺と泉月の関係は公開されていないが。

「東矢さんの目には渋谷くんがイケメンに見えないのですか?」

「ごめんなさい。イケメンとかいうのが私にはよくわからないの」

「人の顔の美醜がわからないということですか?」

「そうね、そういうのは教えられて脳内にインプットされていくわね。あの人はハンサムね――と言われればそういうものなのかと思って理解していく感じ」

 誰でもはじめはそうかも知れないな。幼児の頃にまわりによって美醜を教えられる。時代によって、世界によって美醜の基準が異なるのはその共同体によって基準が異なるからだ。

 しかしある程度の年齢になれば所属する共同体の基準が身についているはずなのだが。泉月は幼い心のままなのか?

「教えられても興味のないことはなかなか覚えられないのよ。不器用だから」

「ではどうして渋谷と……」と言いかけて俺は口を噤んだ。

 訊いて良いことなのかよく考えなかったぜ。

 泉月が一時渋谷と家族公認で付き合っていたらしいことは泉月本人の口から知らされていない。それに三井寺が耳をすませている場所で訊くべきことでもない。

「真正面から告白されたら実直に受けとめなければならないと思ったの」

「今のなし!」俺は泉月の口を封じた。

 ふと見ると三井寺が眼鏡の奥の目を真ん丸と見開いて俺たちを見ていた。まさに信じられない光景を目にしたかのような顔で。

 泉月よ、まわりを見よ。あまりにも無防備だぞ。俺も悪いが――。

 俺は出かかった言葉を飲み込んで代わりの言葉を口にした。「渋谷くんの話はもう良いです」

「そう……その話は

 だから三井寺が目を見開いて口もぽかんと開けているって――。

 やはり泉月は天然だった。

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