集(たか)る女たち

 校門を出たところで俺と楓胡ふうこは何人かの女子に取り囲まれていた。委員会を終えて下校する女子学級委員たちだ。

 委員会には男子学級委員も参加していたはずだが彼らが俺たちに興味を示すことはなかった。そっとチラ見するだけで通り過ぎていく。どうも男子の方に堅物が多いようだ。

 それに比べて女子ときたらすぐに見知らぬ者と仲良くなる。東矢泉月とうや いつきそっくりの楓胡ふうこと談笑を始めた。

 泉月いつきにそっくりとはいえ楓胡ふうこは話しやすそうな愛嬌を見せていた。

「こんなに似ているなんてことがあるのですね」本谷ほんたにがまじまじと楓胡の顔を見る。

 その無尽蔵な好奇心が楓胡に向けられたお蔭で俺は本谷の目から逃れることができた。

「もっと似ているひともいたでしょう」名手なてが言う。

 おそらくは桂羅かつらのことを言っているのだ。桂羅かつらは表情まで泉月いつきに似ているからな。

「そんな人がいるんだ」楓胡は笑っているが目だけは名手を睨んでいた。

「あなたもよく似ているわよ」

 名手が俺に向かって言うものだから楓胡は俺を引き寄せた。全く――凄い力だ。

「まあ俺も親戚だから」俺は誤魔化すしかなかった。

 そこにいた教師と美化風紀委員は諦めたように持ち場に戻った。

 やがて人混みをかき分けるようにして、鶴翔かくしょうに連れられた泉月いつきが現れた。

 泉月は相変わらず無表情だったが俺たちだけにわかるくらいのわずかな変化を目許めもとに浮かべて、何で来たの、という顔をした。

「あ、泉月ちゃん」楓胡が馴れ馴れしい口調で言う。「連休は空けておいてね。お祖父様のところへ行くことになったの」

 その祖父は東矢とうや家の祖父ではなく鮎沢あゆさわ家の祖父だ。俺は泉月いつき桂羅かつらも連れて生まれ育った家に帰省することを決めていた。

 しかし見ている者は東矢家の祖父のもとに親戚一同が集まる図式を想像したに違いない。

「わかったわ。都合をつける」泉月は覚悟したように言った。

「じゃあね」楓胡が手を振ると泉月は「さようなら」と無愛想な返事をしてきびすを返した。

 なるほど確かにこれでは氷の女王だ。

 しかし本谷や鶴翔ら女子学級委員たちにはそれが受け入れられている。彼女たちは何か尊いものを見送るように泉月の背中に向けて手を振った。

 さて写真も撮られたことだし、これで今日の仕事は済んだなと思ったのだが、俺たちは解放されなかった。

 名手と本谷がついてくる。これは予想外。

 にこやかな顔の楓胡がイラついている気がする。

 駅に行く途中にあるファミレスに寄る羽目になった。

「良いのかい? 寄り道は禁止なんだろ?」

「「禁止よ」」名手と本谷は全く動じていなかった。

「校則とは破るためにあるものよ」名手が堂々と言いやがった。

 楓胡は諦めたような顔になり「泉月ちゃんの学校での様子を聞かせてもらおうかしら」と言った。

 それは俺も気になるな。

 H組学級委員の本谷。E組学級委員の名手。同じ学級委員でも本谷は中等部からの内部進学組。名手は高等部入学生で、ふたりの生徒会役員東矢泉月像はまるで異なるものだった。

 中高一貫生の本谷にとって東矢泉月は神のごとき存在のようだ。S組十傑。中等部時代総合成績上位を不動のものにした十人は容姿端麗、スポーツ万能で中高一貫生にとっては憧れの対象だった。東矢泉月はその頂点に君臨する唯一無二の存在だと本谷は語る。

 何だかこいつの中では泉月が女神のように美化され賛美される偶像になっている。

 実は不器用で料理は始めたばかりでまだ具材を不揃いにしかカットできないし、風呂上がりの姿を鏡越しに俺に見られていることにも気づかないで、東矢家では借りてきた猫みたいにおとなしく、存在感がなく、二流の進学校で一位をとれないようでは人ではないみたいな扱いを受けているなんて想像もできないのだろうな。

 俺にはむしろ生徒会で何か発言している泉月を想像することの方が難しいぞ。

 そこへいくと名手なては中高一貫生の偶像崇拝やら先入観がないから見たまま評価している。

「無駄なお喋りはしないわね。世間話が一切ないもの」と手厳しい。こいつはおつぼね様か。

「――とても頭が固いわ。正論ばかり述べていては敵ばかりつくるわよ」

「よく見ているね。君も敵なの?」俺は思わずツッコミを入れていた。

「私は不遇のヒロインを応援するわ」なんだこいつ。

「言われてみれば東矢さんこそ不遇のヒロインよ」本谷が言う。

 完全無欠でも不遇なのか。何だかおかしな方向に進み始めたぞ。

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