目立つように待ち伏せる

 四月の末、俺と楓胡ふうこは六限が終わるなりそそくさと帰り、私服に着替えてまた学校に戻った。

 どうにか五時前には校門の前に到着した。

 この時間帯の下校はパラパラ程度だ。もう少ししたら部活を終えた連中が現れ始めるだろう。

 しかし校門にはその日担当の教員一名と美化風紀委員が一名立っていて、校門前で誰かを待ち伏せるように立っている俺たちをチラチラと窺っていた。

 俺たちは学園にいる時の俺や楓胡ではなかった。俺は眼鏡をかけていなかったし、髪をワックスで固めて額を出していた。赤白黒が入り雑じった派手な柄の薄手のジャンパーにところどころ穴のあいたジーンズ。およそこの学園に通う人物像ではない。

 そして楓胡はというと、薄いピンクのパーカー、白シャツに赤黒チェック柄のミニスカートに紺のニーハイ。頭には横文字の入った黒いキャップを被りさらさらの黒髪を背中になびかせていた。しかもサングラスをかけてまるで芸能人の私服姿といった出で立ちだ。

 こんな二人が校門前で誰かを待ち伏せていたなら目立つだろう。といって校門の外にいるわけだから守衛のように立っている教師も「職質」をするべきかためらっているようだった。


 五時を過ぎると楓胡ふうこがサングラスを外した。

 現れた顔はいつもするコスプレよりは化粧が薄い。なぜ薄くしたかというと理由がある。ふだん丸くて垂れ目気味の目が切れ長に見開かれ凛々しくなったその顔は泉月いつきにそっくりだった。敢えて東矢泉月とうや いつきに瓜二つの顔をつくったのだ。

 それを見た教師と美化風紀委員の女子生徒は揃って目を見開いた。

 そう――学園裏サイトで拡散されている東矢泉月に似た女とその連れの男がここに参上したわけだ。

 パラパラと下校する生徒が一人残らず俺たちを見ていく。驚きの目をもって。

 俺たちはその目に焼き付けられるようはからった。

 やがて俺たちがよく知る顔が次々と下校してきた。

 今日は委員会があった。学級委員の一団が出てくる。それに混じって泉月いつきも出てくるかと思ったが泉月の姿はない。

「やっぱり生徒会に残ったわね」

 楓胡ふうこはそれを予期していた。だから次の手にうつる。

 誰か一人二人に声をかけてわざとらしく泉月を呼び出してもらえば良いのだ。これで泉月が出てきて楓胡と対面したらあの拡散画像の女が泉月でないと証明されるわけだ。

 さて誰に声をかける?

 楓胡は同じ学年の学級委員たちを一人残らず熟知しているが、俺は転校して一月ひとつきになろうかという新参者だ。そこに同じクラスの本谷ほんたにを見つけたが、下手に声を出して俺の正体――大きな眼鏡をかけ前髪が眼鏡半分隠れるくらい落ちている陰キャ男の鮎沢火花あゆさわ ほのかだと見破られないか一抹の不安があったから、俺は接点のないヤツを探した。

 迷うな。美人ばかりで。

 楓胡よりヤツがいるぞ。

 俺が女子の顔やをしつこく見定めるものだから楓胡がまた俺の腰をひねった。

「いててて……」

鶴翔かくしょうさん南雲なぐもさんとかにイタイ視線を送らないの!」

 そんな名前なのか。

 彼女らは俺の視線に気づき、慌てて名札を外した。

 校門を出るときに名札を外す――それがルールだ。名札は校内でのみ身につけることになっていた。

 だから外すのだが俺に見られたタイミングで外すとはあからさまだ。俺は警戒されている?

 しかしすぐに俺の横にいた楓胡の顔を見て立ち止まる。ほぼ例外なく。

 俺はここぞとばかりに立ち止まった女子たちに声をかけた。

「ねえねえ」

 すると警備みたいに立っていた教師が俺に足早に迫ってきた。

 俺は構わず「生徒会役員の東矢とうやに会いたいのだけど」と女子たちの方に言った。

「君は?」教師が割り込むように俺の前に立った。

東矢泉月とうや いつきの親戚っすよ」ちょっとチャラすぎかな。

「君がか?」

 本当はなのだがくらいに思われたら良いかな。

「ええ――そうなのです」楓胡が代わりに答えた。

 泉月に瓜二つの顔で言うものだから説得力はあるだろう。

「そうなんですか?」女子たちが寄ってきたぞ。

 真っ先に来た二人は俺が声をかけた二人だった。鶴翔かくしょう南雲なぐもだったっけ。

 少し離れたところに本谷も立ち止まっている。本谷も興味津々のはずだ。校外に出たのを良いことにスマホを取り出したぞ。

 写真を撮ってくれるのか。撮って拡散してくれると都合が良い。

「ちょっとした用で会いたかったのですが、彼女――スマホを携帯していないので」楓胡が話す。

 泉月は堅物だからルール通りに学園内で携帯を常時携帯していない。

「私が呼んできますね」

 鶴翔はフットワークが良く、しかも優しい学級委員のようだ。すぐに校舎の方へ駆けていった。

「本当にそっくりですね」いつの間にか本谷がそばに来ていて南雲とともに楓胡の顔を覗き込んでいた。

 俺は本谷の視線から外れる。バレないとは思うが俺は楓胡ほど変装に慣れていない。別人を演じるほど演技力もない。だからおとなしくしていた。

「一緒に写真に写ってもらって良いですか?」

 いきなりそんなことを言えるのが本谷だ。これも人間観察の一つなのか。

「良いわよ」楓胡は余裕の笑みを浮かべた。なぜか年上に見える。

「俺は大丈夫っす」

 そこを離れようとしたら楓胡に腕を掴まれ引き寄せられた。

「一緒に写らなきゃ」

 べったりする必要あるのか?

 いつの間にか俺と楓胡のまわりに本谷、南雲だけでなく何人かの女子が集まってきた。

「こらこら、こんなところで写真撮らない」

 教師の注意など何処吹く風だ。女子学級委員とは無敵の存在か?

 すると――その中でもさらに無敵の女が現れた。

「私も混ぜてよ」この前ったE組学級委員の名手なてだった。

 名手なてが俺の耳許に囁いた。「こんな顔してたのね。本当によく似ているわ」

「そうかな……」俺はそっぽを向いた。

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