表の顔

 渋谷しぶやの顔は覚えた。何だかチャラそうなヤツだ。

 ペアを組んでいた村椿むらつばきという極上美女に目を奪われていたら楓胡ふうこに「お仕置き」を食らってしまった。

 ――痛い。まだ痛みが残っている。

 その楓胡と連れだって屋内コートを後にした。

「あんなヤツと泉月いつきは付き合っていたのか?」俺は何気なく楓胡ふうこに訊いた。

「真咲ちゃんの話だとね」楓胡もその話を聞いていたようだ。「まあいろいろあるわよ」

「いろいろあるのか。お前も?」

「私は火花ほのかちゃん一筋よ」あくまでもブラコンムーブか。

 こいつはほんとうによくわからない。とぼけすぎだ。

 今もありふれた三つ編み眼鏡の女子の姿で、冴えない眼鏡男子の俺をどこかに案内しているように見えるだろう。

「鮎沢くん、新聞部はね~」などと通りすがりの生徒に聞こえるようにどうでも良い話を口にしている。俺は迷える子羊か。

 そして人がいなくなると小声になる。「一つ処理しておかないといけないことがあるの」

「俺もそう思っていたぜ」

 都内に出かけた帰りに撮られた俺と楓胡の写真。あれが学園裏サイトに出回っていて、泉月がどこかの男とデートしてデレているように書かれていることだ。

 泉月は全く気にしていないようだったし、生徒会も舞子まいこ会長を含めあの画像の女が泉月でないという結論を下している。

 しかし学園内にはそう受け取らない生徒も多く、しかも泉月を嘲笑する格好のネタになっているのだ。

 俺も――そして楓胡もそれに責任を感じていた。

「誤解は解いておかないとね」楓胡が悪巧みする魔女みたいな笑みを浮かべた。「火花ちゃんにも協力してもらうわ」

 少し泉月に迷惑がかかるが仕方あるまい。別の画像で上書きするのが一番だ。


 俺はモブ男を演じ、楓胡はお節介な新聞部員になりきっていて、学園内の風景に馴染んでいたと思っていたのだが、そう思わないヤツもいるのだった。

「こんなところにいたの――」

 横から声がかかり、俺たちは立ち止まった。

 俺は前を向いたままだ。

 俺は声をかけられるような男ではない。声をかけられたのは楓胡だ。

 楓胡はぱっと明るい笑顔をそいつに向けたが、それがヤバそうなヤツを相手にする時の顔だと俺は見抜いていた。

「あら見たことがない人ね」

 そいつは俺をしっかり認識した。俺の前にまわる。

 俺の目の前にまたまた俺の興味をそそるような悪役令嬢顔が現れた。

 つり目の美人。先ほどの村椿むらつばきもそうだが、この学園にはこの手の美しい花があちこちで咲き乱れているのか?

「四月に転校してきた鮎沢あゆさわっす」

 言ってしまってから少し軽薄だったと思った。

 語尾は「です」にすれば良かったか。「だよ」はいきなりだよな。「っす」はやっぱりダメだな。などとどうでも良いことが俺の頭の中で巡る。

「転校生の鮎沢くんが迷っていたので案内していたの」楓胡がそいつに言った。「ついでに新聞部勧誘」

「ふうん……あなたのお気に入りなのね」どうしてそうなる?

「顔をよく見せて」

 俺はいきなり前髪を持ち上げられた。

 近いぞ! キスしてしまうではないか。俺のキス癖なんて知らないだろうが。

 そいつは好奇心に負けると男の体に平気で触れることができるようだ。

 楓胡が夜叉のような殺意を発散させた。

 俺にしかわからない空気のはずだったがそいつはしっかりと感知していた。

「なるほどね」そいつはしかと納得の笑みを浮かべた。「よく似ているわ。あなたたち」

 俺も楓胡も大きな眼鏡をかけていた。それで繋がったのかもしれない。

「二年E組学級委員――名手薊なて あざみよ。よろしくね」

鮎沢火花あゆさわ ほのかっす」

 俺は再度「っす」を言わされていた。

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