コートを覗くふたり
放課後になった。
俺は思いついたことをその日のうちにやる方だ。明日以降に延期すると忘れてしまう。だから俺は
――のだがテニスコートに
俺は何気ないていで見学している生徒に訊いた。「渋谷くん、いないの?」
「渋谷先輩なら屋内コートです」
何だよここには屋内コートなるものがあるのか? さすがは富裕層が通う学園だ。
俺は礼を言って教えられたところに向かった。
屋内コートではスポンジボールを使ったテニスが行われていた。ショートテニスと言うらしい。そう言えば祖父宅に住んでいた頃、日曜日に小学校体育館で初老のおじさんおばさん達がやっていたな――と俺は思い出した。
テニス部というから硬式を思い浮かべていたのだがここでは何でもありらしい。
こどもやお年寄りもできるようなテニスにまで手を出すとはな。
そう思った俺の目の前で鋭くラケットが振られた。剛球が打ち放たれたのかと思いきや、根性が曲がっているのかカットされた球はクククと笑うかのようにスピードが殺され、九十度近く曲がって落ちたぞ。野球にたとえるならチェンジアップになるドロップカーブだ。
何か面白そうだな。俺にもやらせろという言葉を俺は飲み込まねばならなかった。
渋谷なる男はすぐにわかった。ただのイケメンではない。美少年という表現もふさわしい顔をしていた。身長は百八十あるかどうかだがすらりとしてそれでいて必要なところには筋肉がついていて……って俺は何を観ているのだ。男の体に目を奪われるとは――。
練習は混合ダブルス形式で、渋谷は後衛にいて相手男子を左右前後に走らせるように打ち返していた。
なぜ走り回らなければならないかというとクセ球だからだ。どこに球が曲がるか見極めるのに苦労するのだ。
相手男子はすっかり翻弄されていた。しかもどうにか拾って返すと前衛にいる女子がここぞとばかりにスマッシュを打つ。
テニスというよりはバドミントンに近い競技だなと俺は思った。
実際、コートはバドミントンのコートを使っていた。ネットが低いだけだ。
相手ペアはへとへとになるまで走らされ――最後は床に這いつくばった。
「動けねー」相手男子が嘆いている。
渋谷は含み笑いを浮かべ、相方の前衛女子が腰に手を当てて立ったまま床に転がった男子を見下ろした。
「ふだんサボってるからよ」
怖い顔の姉ちゃんだがすごい美人だな。
俺はそっちの女子の方が気になった。もはや渋谷などどうでも良い。
俺は目立たないように屋内コートの通気窓近くにそっと立ち、つり目のお姉さんを鑑賞した。
実に良い。関節が括れ必要かつ十分な筋肉がついていて均整もとれている。顔はやはり極上だ。悪役令嬢というか女王様の風格があるぞ。
俺はもう目を奪われていた。だから背後に危機が迫っていることに気づかなかったのだ。
不覚にも俺は天誅を受けることとなった。
「カンチョー!」
俺は唐突かつ猛烈な痛みで空気をつかんで喘いだ。
振り返るとそこにいたのは紛れもない同い年の姉――
「人を呼ぼうかと思ったわ。チカンですって」
「な、なんだよ……」俺はまだ身をくねらせていた。
「覗きに身を落とすなんて――」三つ編み眼鏡の楓胡は非難のジト目を向ける。
「ちょっと観てただけだろ」
「かな~り観てたわよ。途中から
「村椿っていうのか? 先輩?」
「同学年。二年B組」
「渋谷と同じなんだな」
「テニス部は二年B組が多いから」と言って渋谷たちの相手ペアもそうだと教えてくれた。
相手ペアのことなどどうでも良い。村椿とかいう女王に叱られてみたい。
「イテテテテ……」俺は脇腹を思い切りつねられた。
「この浮気者!」楓胡が俺の耳に囁く。
お前――姉だよな。
姉に叱られては仕方ない。俺はその場を離れた。
すると楓胡は俺が立ち退いた通気窓を通して屋内コートにカメラを向けた。どこから取り出した?
「ガチャン!……ガチャン!……」とか言いながら楓胡は撮影を繰り返した。
お前こそパパラッチじゃないか!
俺は仕返しとばかりに楓胡の首根っこを掴んで通気窓から引き剥がした。
やられたらやり返す。
「ニャン!」と洩らして楓胡は猫目を俺に向けた。
「遊ぶのもほどほどにな」
「お互い様よ」
俺たちはそっとその場を離れた。
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