東矢家―夜ふかし

 和紗かずさ義叔母おばはその後、光輝こうきの部屋に居座っていくつか俺のことを聞き出し、少しは満足したかのような顔をして出ていった。

「すみません」光輝が申し訳なさそうに言った。「――初対面なので一人ずつお喋りをしたいのだと思います」

「面接だね」俺が言うと光輝は苦笑した。「――気持ちはわかるよ。俺も桂羅かつら楓胡ふうこ、そして泉月いつきのことをもっと知りたい」

「姉さまたちと話をしないのですか?」

「あまりプライバシーに関わることはしないかな。楓胡ふうこは俺にちょっかいをかけてくるし、俺は桂羅かつらをいじるし――といったことはするな。まあこれもまたコミュニケーションの一つだ。でも泉月いつきと話をすることはあまり無いかな」

「泉月ねえ様は取っつきにくいですか?」

「そんなことはない。俺は誰かを喋りにくい相手だなんて思ったことはない。ただ泉月は朝早く登校するし、夕食頃に帰ってきたかと思うとさっさと食べて自分の部屋にこもるからな。じっくり話をする機会なんてないんだよ」

「やっぱりそうですか」――ということはここにいた頃もそうだったのだろう。家族との間にも壁を築いていたに違いない。

「日曜日になっても部屋にこもってずっと勉強だ。たまに出かけたかと思うと生徒会の用事だったりする。何か趣味とかないのかな?」

「サックスでしょうか」

「ん? そういやサックスを持っていたな。一年生の研修会の時に持って行ったな」

 泉月がサックスを吹くのを一度だけ聴いたことがある。俺がいることを知るとすぐにやめてしまった。

「中等部の頃、吹奏楽部にいたはずです。フルートやクラリネットもやっていましたが最終的にサックスに落ち着いたのです。もっと小さい頃はピアノとバイオリンも嗜みましたね」

「光輝もか?」

「僕もです」

「いつか聴かせてくれ」

 俺が偉そうに言うと光輝は笑った。

 泉月のサックスをじっくり聴く機会はあるのだろうか。


 十一時を過ぎる頃まで光輝と話をして、シャワーだけ浴びた俺は客間に通された。

 何とも贅沢なつくりだ。パーティーを開いた際にゲストを宿泊させる部屋がいくつも用意されている。ここは異世界か!?

 そして楓胡と桂羅は一つの部屋で寝るようだ。

火花ほのかちゃんもここで寝る?」

「寝ねえよ」

 楓胡にきっぱりと言って俺はひとりの部屋を堪能することにした。

 しかしその間もなく俺は訪室者を迎え入れることになった。

「お兄さま」扉をノックして現れたのは――何と寝間着姿の真咲だった。「こんな格好でごめんなさい」

 薄いレース生地の膝丈ワンピース。薄暗がりでもシースルーだとわかる。

 廊下の明かりが真咲の後ろから射していて美しい脚のかたちがシルエットになってはっきりとわかるのだ。

 下着のラインまでわかりそうだ。いや――ほんとうにわかるな。これは心臓に悪い。

「ああ恥ずかしいですわ」だったらそんな格好で来るなよ。

「何かあるのか?」

「お兄さま、よろしくて?」と言いつつしっかりと部屋に入って来やがった。

 俺は部屋を明るくした。

「お兄さまとお話がしたくて。ずっと光輝がお兄さまを独り占めにしていたから。私の誕生日なのに――」

 確かにお前が主役のはずだった。晩餐の時のお前は純白のワンピースドレスに身を包んで清楚清純な美少女で性的なイメージは全く感じさせなかったのに――今のお前はパステルピンクのシースルーワンピースにそれより濃いめのローズピンクのインナーと下着が透けて見えて――エロティックでさえある。

 同じ人物か? 高一だよな。

「やっぱりお兄さまはお父様に似ていらっしゃる」

「目が怖いんだろ?」じっと観ていたのがバレたな。

「そうですね」真咲はクスッと笑った。「泉月お姉さまにも似ていらっしゃるわ」

「それは真咲もだ」表情はまるで異なるが泉月と真咲もよく似ているのだ。

「血筋ですかしら」

「そうかもな」

「お父様とお兄さまたちのお父様は一卵性双生児なのですから遺伝子的には私たちは異母兄妹のようなものですわ」

「そうだな」

「間違いが起こりそうになったとしても――決して起こらないでしょう」

「当然だ」なのに俺は真咲に目を奪われ、動揺していた。

「お兄さまの生い立ちを教えてくださいませ」

「そんな大袈裟な話はないのだが――」

 俺は母方祖父の家で母方叔父夫婦、従兄妹たちと暮らしてきた様子を簡単に話した。

「おともだちは?」

「田舎だからな。幼馴染みがそのまま中学高校まで一緒だ」

「女性もいらっしゃったのでしょう?」

「もちろんだな。ほぼ半々かな」

「お付き合いされた方は?」

「それなりにいるな。まあこどもの付き合いなのでたいしたものでもないが」

 まっすぐに俺を見る真咲の前では適当に誤魔化すなど無理だと俺は思った。

 こいつは人の心を操ることができるのではないか。訊かれたら何でも答えてしまう。そんな魔力があるように感じられた。

「真咲はどうなの? 彼氏とか」

「そうですわね、気になる子がいなかったとは申しませんが、お父様お母様の目もありますし、そういった話にはなりませんでしたわ」

「親の目なんて盗むものじゃあないのか」俺は笑った。

「これからはそうしますわ。でも隠すのは難しいでしょう。どこへ行くにも誰と行くかを明らかにしないといけませんし」

「遊ぶのも大変だな」

「泉月お姉さまのようにオープンにしたばかりにご破算になったこともありましたわ」

「え、あいつ――いたのか?」

「はい、短い間でしたが、ここにも連れてこられて、私や光輝もと呼んで懐きましたわ」

 やることやってんだな。

「――でもお父様のお眼鏡にはかなわなかったようで、別れることになりましたわ。我が家の場合、将来財団を背負って立つ人でないと認められませんの。交際相手は婚約者でもあるのですよ」

「どこの世界の話だよ」

「ですので私には虫もつきませんわ。ですから今度私をどこかに連れていってくださいまし」

「田舎者の俺で良ければな」

「約束しましたよ」

 真咲が俺に向かって顔をつきだす。

 思わずキスしそうになった。何も考えず本能のままにキスしてしまう癖は治らない。と思っていなければ間違いをしでかしただろう。

「おや、そろそろ――」真咲が後ろを振り返り、見やった先にある扉が開いて、楓胡ふうこが顔を出した。

火花ほのかちゃん、真咲まさきちゃん、夜更かしはいけませんことよ」

 真咲は勘が良い。俺より先に楓胡の気配に気づきやがった。

 恐らくはずっと扉の向こうにいて俺と真咲の話を聴いていたな。そして頃合いを見計らって消していた気配を表に出したのだ。――なんてやつ。

「お姉さま、ごめんなさい。お兄さまとの話が盛り上がってしまって」

「火花ちゃん、真咲ちゃんの悩殺にのね。ダメよ、は」

「何だよ、浮気って」俺は声をあげた。

「まあ、ですの? 姉弟の禁断の関係。萌え~ですよ」

「真咲ちゃんも応援してね」だから違うって。

 俺は、手を握り合う楓胡と真咲を部屋から追い出した。

 東矢とうや家とはそういう血筋なのか?

 俺は部屋に鍵をかけ、真新しいベッドに潜り込んだ。

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