光輝の部屋で
俺は
そこはまさにアンティークな洋館の一室。子供の勉強机ではなく書斎のデスクがどんと置かれ、装飾の施されたシェルフ。ガラス張りの扉越しに書籍が見える。教科書や参考書まで貴重な資料に見えるのが不思議だ。
「ベッドはないんだな」
「寝室は別にあるのですが散らかっていて」
「見せられないものを手元に置くことってあるよな」特に子供が見てはいけないヤツ。
「そうですね」と光輝は笑う。
しかし勉強部屋と寝室が別とは驚きだ。
「
「泉月姉さまだけは一室で兼用です。姉さまがそう望まれました」
「そうなのか」居候の自覚があるのかもしれないな。
「姉さまはお休みになる時間が短いですし」
「ショートスリーパーだよな、あいつだけ」
「泉月姉さまだけですか?」
「俺や楓胡、桂羅は四時間では足りんぞ。朝起きるのも大変だ」
「ですよね。泉月姉さまには頭が下がります。我が家では最もストイックなひとです」
「あいつ――遠慮してるのか?」
「どうでしょう。姉さま――
「そうか」
まあいろいろあるわな。俺も母方叔父一家とともに暮らしたが祖父がいたから孫の一人として大きな顔ができた。中学に入って少しやんちゃしたがそれもあたたかい目で見られた。
ここでは泉月はそうなれなかったのか? あまりにも泉月の影が薄い。先程の夕食会もほとんど喋らなかった。誕生日を迎えた真咲に遠慮したとも考えられるが、そうでなかったとしても黙っておとなしくしていたのではないか。
実際、俺たちといる時もそうだ。もっとも、俺たちの食事の場ではもっぱら楓胡が喋っていて、俺や桂羅はいじられているだけだったが。
「この部屋には漫画が一冊もないのだな」
「
「なるほど」ではエロ本なんてもってのほかだな。「俺も部屋には置かないな。借りて読んだら返す。自分で持つことはない。全てにおいてものは置かないな」
今の部屋もこんなに広いわけでもないし。楓胡のチェックが入るからな。あいつは母親かよ!――って、笑いながらエロ本を探し回っている。部屋をチェックする動機は全然違うな。
「この昆虫標本はなかなかの出来だな」俺は壁にかかった標本を話題にした。
「小学校の自由研究で作ったものです」
標本の配置、纏足の仕方がシンプルでいて絶妙に美しい。美術的にも良い出来だ。カブトムシやミヤマクワガタなど甲虫類が多かったが、俺はカナブンとセンチコガネの標本に目を奪われた。
「カナブン、七色も揃えたのか?」
「実際は五色ですけれど」
日本のカナブンはカナブン、クロカナブン、アオカナブンの三種だが、カナブンには色のバリエーションがある。おそらくは幼虫時の餌の違いで色の違いが出るのだろう。
「センチコガネも綺麗だな。これだけ綺麗に光っていると目を奪われる」
「集めるのに苦労しましたよ。たくさんいることで有名な奈良公園は採取禁止みたいなので群馬や長野で集めました」
「糞虫だから動物の糞がたくさんあるところに行かないとな。奈良公園は採ったらダメなのか」
「あそこは糞虫の宝庫なのですが」
俺と光輝の間で昆虫談議が交わされた。男はいつまでも少年だ。
そこへ訪問者が現れた。真咲かと思ったが意外にも光輝の母
「
「二人がどんな話をしているのかと思って」
「昆虫の話ですよ」
「
「普通です」俺はしれっと答えた。
「あなたはおじいさまのところで自由に育ったみたいね」
「まさに自由奔放でした」
光輝が緊張しているように見える。これは和紗叔母による面接なのだと俺は思った。
「あなた、将来をどのように考えているの?」
「まだ何にも、ですよ」
「もう二年生なのだから考えておいた方が良いわ。医師になるのならその準備に三年かかるのが普通よ。普通の人なら今から始めて一浪する計算ね。あなた、編入試験の出来は良くないようだけれど、
「医者はムリっすね」俺は笑った。目は笑えていないという自覚はあった。
「そう――あなたの今の顔――お父様に似ていると思うわ」
「俺、親父の顔、知りませんから」
「あなたの叔父様と一卵性双生児だから」あんたの夫に似ているということだな。
「特にその目がそっくりね」笑えていない目のことを言っているらしい。
俺の目は叔父の冷たい目と同じなのか。俺は自分の目が冷たいつもりはないのだが。
「お母様にも似ているわね」そう言った和紗叔母の目が鋭く光った。
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