会食はつづく

 俺たちを含む東矢とうや一族――そう、俺たちもまた東矢とうや家の血を引く者たちだ――八人は円卓を囲んで夕食をとりつつ会話をしていた。

 もっとも、ここでコミュニケーション能力をいかんなく発揮するのは一部のようだ。

 談笑しているのは今晩の主役東矢真咲とうや まさきと俺たちの長姉である楓胡ふうこだけだった。

 冷たい目をした叔父は黙って聞き耳を立てている。和紗かずさ叔母は時折生じた疑問を口にするだけだ。泉月いつき桂羅かつらは全くと言って良いほど喋らない。

 桂羅は食べる方に忙しいようだった。恐らくは長い寮生活でテーブルマナーは学んだものの美食を口にする機会はなかったのだろう。俺もだが。

 そして俺は左隣の光輝こうきと小声で喋っていた。

「――そうか、剣道で初段をとったのか。俺も中学の頃にとったな」すっかり錆びついているが。

「姉様は中三でとったのですよ」

 現在中二の光輝こうきは得意そうだ。姉がとった年齢よりも早くとったことが誇らしいらしい。中二の割に少し幼いかなと俺は思った。

 まあ俺も似たようなものだ。とかく男の精神は成長に時間がかかるものだ。

「今度一度お手合わせを」

「そうだな――って道具も何もないが」

「我が家に一通り揃えていますよ」

 光輝が言うには敷地内に道場まであるらしい。どんな家だ?

 俺の生まれ育った祖父の邸宅にもあったが、近所のこどもに武道を教えるために作った道場だぞ。ここではそんなことをしていないだろう。身内のためだけに用意したのか?

「泉月お姉さまも剣道と合気道で初段もちです」

「一度見てみたいな」あいつの道着姿。

 そう言えば俺の父母は何かの武道大会で知り合ったと聞いたな。東矢家もまた代々何らかの武道をやらせているのか。見た目だけではわからないものだ。

 少なくとも優雅な所作の真咲が剣道をする様も思い浮かばない。真っ白なドレス姿の真咲は可憐な花だ。

「何を楽しそうに話しているの?」真咲が俺と光輝に向けて言った。

「今、剣道のお手合わせを兄様にお願いしていたところだよ」

「まあ楽しそう」

「オレのはすっかり鈍っているけどね」俺は軽く頭を掻いた。

 ハハハという俺の笑いは虚しく響いた。和紗叔母の視線が痛い。何かやらかしたかな。

「私も観てみたいわ。火花ほのかちゃんと光輝くんの試合」そんな大袈裟な話にするなよ、楓胡ふうこ

「君の従兄――鮎沢雷人あゆさわ らいと君は関東大会の常連ではないか」叔父まで俺に目を向けた。

「よくご存じで。でもオレはあいつにはまるでかなわないっすよ」

 また和紗叔母の痛い視線が。同時に右隣の桂羅かつらから蹴りが飛んできた。

「いて!」

 テーブルの下だから誰も気づかない。しかしそれでさすがの俺も気づいた。どうやら俺の態度言葉遣いが和紗叔母の不興を買うらしい。これは少し自重しなければなるまい。

「ねえ――お兄さま、お姉さま。今晩は泊まってくださいまし。わたくし、おひとりずつお話がしたいですわ」

「は?」俺と桂羅はひきつったような顔を見合わせた。

 泉月は無反応。想定内の顔だ。

「明日……」も普通に通学するのだがと言おうとしたら、「朝早くお送りしましてよ」ときた。

 マンションに戻って制服に着替えて登校かよ。何時起きになるのだ?

「よろしいのですか?」楓胡がワクワクを隠さない。

 これは決まりだと俺は思った。俺たち四人のイニシアティブは楓胡が握っている。楓胡が微笑んでと俺たちに拒否権はない。

「部屋を用意させよう。ゆっくりしていきたまえ」

 叔父が笑ったように見えたのは気のせいか。

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