叔父が語る

 叔父夫婦の出現で雰囲気は明らかに変わった。叔父はカジュアルなシャツとパンツ姿で――その姿は初めて見るものだったが――叔父が着ると市井の服が何だか貴族的に見えるから不思議だ。

 そして義理の叔母にあたる女――和紗かずささんと名乗ったが――は小豆あずき色の地味なワンピースを着ていたが、その胸元は開き、シミ一つない綺麗な肌と鎖骨の一部を見せていて、アラフォーのはずなのに二十代後半でも通用しそうな美人だった。しかしその目付きは鋭い。夫婦揃って目で人を殺せそうだ。

「まずは真咲まさきを紹介しようか」叔父が言った。

 今晩の主役が真咲であることを意識しつつ、俺たち新顔の三人を家族に紹介する意図がうかがわれた。

「私の兄、まことの長女――」俺の親父はまことと言ったのか。「楓胡ふうこ

「楓胡です」楓胡が立ち上がりおごそかに礼をした。

 いや、お前、女優だな。貴族令嬢に見えたぞ。いつもの間抜け顔は封印かよ。泉月いつきをやわらかくした感じに見える。

「続いて長男――火花ほのか」そういや俺が二番目だったな。

 俺は直立して頭を下げた。「火花ほのかです。よろしく」

「そして二女――桂羅かつら

「桂羅です。どうぞよろしくお願いいたします」桂羅まで化けてやがる。こいつはお嬢様学校の寮生活で所作は叩き込まれていたんだよな。寮では問題児だったと聞いたのにだ。

「三女が泉月いつきだ」

「はい」泉月が静かに答えた。

「まあ、ほんとうに――」和紗さんの声が響いた。「泉月さんが三人になったようだわ」

 少しけんを感じたのは俺だけかな。余計なお荷物が三倍になったかのような発言。いや俺を入れたら四倍か。

「お姉さまが増えてとても嬉しいです」

 真咲まさきが即座に声をあげたのが救いだな。どうしたらこの夫婦の間にこんな子が生まれるのだろう。それとも真咲もまた正体を隠している?

「私たちも嬉しいです」楓胡が口を開いた。「純真可憐な真咲さんに精悍な美貌の光輝こうきさん。お二人に出会えて光栄ですわ」

 あまりの化けっぷりに俺は笑いを噛み殺した。

「お誕生日おめでとう」

「ありがとうございます。楓胡お姉さま」

 こいつ場を支配できるのではないか。

「そうだった。今宵は真咲のバースデイだった。おめでとう」

 叔父の顔が少しほころんだように見えた。さすがに愛娘まなむすめは可愛いと見える。実際可愛いが。

「十六歳になりました。しばらくはお姉さまたちと同い年ですわ」

 俺たち四人は五月生まれだった。

「よろしくね」楓胡が笑う。

「はい」

 コース料理のように前菜やらスープやらが順に運ばれてくる。俺にとっては見たこともない料理ばかりだ。それを俺はおとなしく食べ続けた。

 うまいな。何だか知らないが。

 いつしか叔父は財団の事業について語り始めていた。今宵は誕生会ではなかったのか?

 真咲が楓胡と目を合わせて微笑んでいる。その顔は、お父様ってしようがないのですよ、と言っているかのようだ。

 それは壮大な事業計画だった。メディカルセンター構想。

「日本では電車や車で通院できるところに病院がある。三大疾病になれば入院加療もたやすい。しかしアメリカなど広大な土地で、しかも医療費が日本の何倍にもなる国ではそうもいかない。一日入院するだけで百万円ほどかかるものだから心臓のバイパス手術は一週間で退院だし、抗がん剤治療は通院だ。しかし自宅にいながら何十キロも離れた病院に通院などできるものではない。どうしているかわかるかね?」

 楓胡は笑って首をかしげる。俺と桂羅は黙って聞いている。

「――メディカルセンターだ。たとえばヒューストンには医大を含めたいくつかの専門病院が建ち並ぶ巨大なメディカルセンターがあり、その周囲に湯治場とうじばのように患者が家族とともに滞在できる施設やそこでの滞在中に利用できるショッピングモールがある。患者はそこに滞在して毎日通院するのだ」

 どうもそのタイプのメディカルセンターを日本にも作ろうとしているらしい。かなり広大な土地を必要とするから都心ではなく地方を考えているようだ。しかし事業として成立するのか? 財団は病院を全国展開していたからそれなりに知名度はあるが、何もないところに療養都市をつくるのだぞ。

「富裕層の治療施設も必要だ。極秘に入院して外界と遮断できる環境で治療に専念する」それは政治家などを想定しているのか?

「健診ツアーも考えている。健康診断で一泊しその後温泉で過ごし結果を聞いて帰るツアーだ。外国人にも対応できるように考えている」

 すぐ近くに温泉地がある場所を想定しているのか。金持ちを相手にしないと薄利多売では事業も成り立たないのだろう。

「ついては君たちにも事業を手伝ってもらいたいのだが」

「医学部に入るのは可能かしら?」和紗叔母がここで口を開いた。

 俺と桂羅は顔を見合わせたが、楓胡がすぐに答えた。

「残念ですが私にはその力はありませんわ」

 はっきり答えられるお前がうらやましい。まあ俺は医者になるなんてこれっぽっちも考えたことはなかったがな。

「医師でなくても事業を手伝うことはできる」叔父は言った。

「そうね、御堂藤学園から医学部に入ろうと思ったら総合成績上位五位以内は必須ね」

 和紗叔母は御堂藤の出身で同窓会長をしているらしい。

 そう言えば広報で写真を見たな。着物姿だったと思う。

 OGだからなのか和紗叔母は御堂藤学園のことをよく知っていた。医学部合格者は平均して毎年一人か二人。たまに五人合格する年もあったようだがゼロの年もあったらしい。

「二流の進学校だからその程度よ。だから学年で一位をとれるくらいでないとダメね」先ほど五位以内とか言わなかったっけ?

 泉月がうつむいている。高一の時の年間総合成績こそ一位だが、二学期の期末試験、三学期試験と続けて二位に甘んじているようだ。

 自分のこども――真咲まさき光輝こうきは偏差値の高い秀星しゅうせい学院の特進に通わせているくらいだから恐らくは泉月より優秀なのだろう。

 泉月――お前、実は肩身が狭いのだな。二位でもダメと言われるのか。

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