東矢家訪問

 私服に着替えた俺たち四人は迎えに来ていた送迎車に乗った。

 黒塗りのミニバンだ。サイドのウインドウはスモークになっていて中を見透せない。いかにもいわくありげな車だ。どの筋の者が乗っているのだ?

 そこにふだん着ないようなパステルカラーのふわふわワンピースに身を包んだ泉月いつき桂羅かつら楓胡ふうこの三人が乗り込む。薄緑、薄紫、薄ピンクの色違いだ。お揃いといっても良いだろう。

 キラキラ目を輝かせた楓胡だけがよく似合っている。眼鏡もしていないしナチュラルに化粧も施している。

 泉月と桂羅も美人だが顔が硬直しているので気難しいお嬢様にしか見えない。

 俺だけがカジュアルスタイルでモブ感が漂う。眼鏡を外してワックスで髪を整えて額を出すいつもの外出用スタイルだった。他に着るものもなかったしな。


 車はゆっくりと動き出し、東矢とうや家に向かった。

 俺はつい寝てしまった。

 それほど時間はたっていないだろう。確か三十分もすれば着く距離だと聞いた。俺が目を覚ますと、車はゆっくりと観音開きの門を越え敷地内に入るところだった。

 いかにも富豪が住みそうな洋館。もともとは外国人が住んでいたのを買い取ったと聞いたが日本人が好む造りではない。大工をしている祖父が見たらなんて言うだろうな。

 顔馴染みの瀬場せば藤木ふじきに案内されるかたちで俺たちは中へと入った。靴ははいたままだ。

 一階フロアはパーティー客も訪れる大広間が正面にある。俺たちはそこへ通された。本当にお客様だな。

 入った途端、この世のものとは思えない妖精の歓待を受けた。

「ようこそいらっしゃいました」

 真っ白な膝丈パーティードレスに身を包んだ天使のような美少女が慎ましく膝を落とし体を傾げる。

 何だこの妖精は? 泉月の上位互換か?

 顔はよく似ている。瓜二つとまではいかないが姉妹といって差し支えない。間違いなくこの娘が今晩の主役、俺たちの従妹にあたる東矢真咲とうや まさきだと俺は思った。

「誕生日おめでとう、楓胡です」真っ先に声をかけ、間をつめたのは楓胡だった。

 真咲を抱き寄せチークキスの真似までしやがる。こんなことができるのは楓胡だけだ。

「まあ」真咲も頬を染めているぞ。「ありがとうございます」

 真咲の後ろに隠れるようにして立っていた少年が呆然と楓胡を見ている。

 この子が従弟の光輝こうきだろう。まだ中二だと思うが将来が楽しみな美少年だ。

 その光輝を見つけるなり楓胡はすぐに動き、「光輝さんね」と言って手をとって引き寄せハグをした。

 いや、やりすぎじゃね? 楓胡に胸を押しつけられるかたちになった光輝が真っ赤になっているぞ。ハグでなくて抱きしめていないか?

 俺はわずかに抱いていた緊張感がどこかへ行ったと感じた。

「お姉さま、お帰りなさい」真咲が泉月を迎える。

「お誕生日おめでとう」相変わらず表情の変化が乏しいな。わずかに微笑んではいるが。

「ありがとう、お姉さま。今夜はゆっくりとしていらっしゃってね」

 真咲は、取り残されるかたちになった俺と桂羅のもとへも来た。

火花ほのかだ」

「桂羅です」

「初めまして。火花お兄さま、桂羅お姉さま。真咲です」

 俺、「お兄さま」なんて言われたことないぞ。母方従妹の飛鳥あすかには「ホノにい」とか言われていたしな。

「さあ、こちらにいらして」

 俺は真咲に手を引かれて移動した。この子は楓胡タイプだ。距離が近すぎる。

 俺は一瞬だが鼻の下をのばしていたのかもしれない。桂羅がジト目で睨んできた。

 仕方がないじゃないか。お前にこんな真似できないだろ?

 部屋のど真ん中に大きな円卓があった。席は八つ。俺たち四人と真咲一家四人分だと思われた。

 真咲の両親である叔父夫婦はまだ姿を見せていない。

 誕生日を祝われる真咲の両隣に泉月と楓胡、時計回りに楓胡の隣に桂羅、そして俺。俺の隣に光輝が座った。光輝と泉月の間にある二つに叔父夫婦が座るのだろう。

「よろしくな」俺は光輝にウインクして囁くように言った。

「はい、こちらこそ」光輝は嬉しそうに見えた。

 給仕たちが悠然とした所作で無駄なく動いている。

 楓胡のお蔭で下手な緊張感は飛んでいた。こいつはどこへ行っても飲まれることはないな。

「ほんとうに三つ子みたい」光輝が言う「話には聞いていたけれど」

「表情はだいぶ違うけどな」俺は笑った。「楓胡が君のお姉さんに似たタイプだ」

「怒ったら怖い?」光輝が無邪気に訊く。

「ああ、怖いこええぞ」俺はさらに大笑いした。

「ほのかちゃん、何か余計なことを言っているでしょ」楓胡が桂羅をとび越して俺に言った。

「何でもない」

「楓胡が怖いってさ」

「桂羅、お前、余計なことを」

 すぐに打ち解けて和やかになるかと思った。それが一瞬にして静まり返った。

 微笑んでいた真咲が姿勢を正し、光輝は口を噤んだ。

 叔父夫妻がおもむろに姿を現した。

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