ベーカリーに寄る

 東矢とうや家を訪れる日、俺たちは定時の授業を終えると真っ直ぐに帰宅した。

 部活をしていない俺と桂羅かつらが寄り道せずに帰るのは日常だ。泉月いつきは生徒会の仕事をせずに帰宅するのが滅多にないことで、新聞部でパパラッチをしている楓胡ふうこが早く帰るのも珍しいことだった。

 自宅最寄駅で降りた俺たち四人は改札を出る頃には一緒になっていた。マンションに四人揃って帰ってくるのは初めてだ。

 一階にあるさくらベーカリーの前をとおりかかると、たまたま?が出てきて俺たちを見て「あらー」と驚いた。

「今日は全員揃ってます!」楓胡が敬礼する。すっかり顔馴染みだ。

「何か買っていく?」おかみさんもくだけた口調だ。

「えっと……」さすがの楓胡も口ごもる。

 今晩は東矢家のパーティー。明日の朝食も泉月が用意することになっている。

 するとその泉月が「明日の朝食用のパンを買いましょう」と言ったものだから桂羅と俺は目を丸くした。もっとも、俺の目は眼鏡と前髪で隠れているから他人からは見えないが。

 四人揃ってベーカリーに入る。

「私が出すわ。朝食は私の担当だもの」

「ラッキー」桂羅はウキウキして菓子パンを目で漁り、トングを握った。俺はトレー持ちだ。

 楓胡は、泉月が持つトレーに二つばかりパンを置くとおかみさんと話を始めた。こういう時店の人と話ができるのは俺たちの中で楓胡だけだ。泉月と桂羅は世間話ができないし、俺は若い女性専門だった。

 今日は奥の工房にご主人がいるらしい。もうすぐ娘が帰ってきて店を手伝うとのことだった。

 二代目になる息子と合わせて四人で店を切り盛りしているらしい。

 俺が持つトレーに桂羅がパンを四つも載せやがった。泉月支払いだからって露骨すぎないか?

 他に客がいないから内弁慶の桂羅は調子にのる。

 そこへこの店の娘が帰ってきた。俺たちと同じ御堂藤学園の制服を着ている。校外では名札を外すのがルールなので学年や名前はわからない。

 結構可愛い子だったので、俺は「お!」と思ってしまった。しかし楓胡の視線が刺さったので俺は自重する。

 その娘はいきなり泉月の姿を見つけて立ち止まり、戸惑ったような顔をしてお辞儀をした。

「東矢副会長、お買いものをしていただきありがとうございます」

 そして同じく制服姿の楓胡や桂羅、そして俺を見回し、一人一人に礼をした。彼女の方が下級生のようだ。

「高等部一年生の桜井さんよ」さすがに楓胡はよく知っている。

 泉月はそれを聞いて「こちらのパンはとてもおいしいわ」と目を細めた。いつもよりは少し分かりやすい笑みだ。いつもよりは。

「やはりこちらにお住まいだったのですね」

 桜井娘が泉月、楓胡、桂羅を見回す。俺はついでみたいな感じだ。

「よく似ていらっしゃるので双子かと思っていました」泉月と桂羅を見比べる。ほとんど無表情の二人は髪の長さしか違いがない。

 すると楓胡がおもむろに眼鏡を外し、少し垂れ気味で大きな丸い目を切れ長に細めて声色こわいろを変えた。

「あら、私もだけれど」

「よ、四つ子!?」桜井娘がたじたじとなっている。

 無理もない。三つ編み楓胡の顔がまさに泉月になっていたからだ。

 三姉妹揃い踏み。俺だけが冴えない眼鏡野郎だ。

「――ここだけの内緒ね」

 楓胡はとびっきりのウインクをして笑顔になった。泉月や桂羅が絶対にしない表情かおだ。

「わ、わかりました」桜井娘は直立姿勢で答えた。

 同じマンションに学校関係者は多いようだ。先日は古文教師の水沢もいたしな。

 いずれは俺たちの関係もみなに知られることになるだろう。しかし当面は「内緒」扱いにすることが俺たちの間で了解事項となっていた。

 俺のトレーに桂羅が五つ目のパンを載せた。こいつはいつもマイペースだ。

 泉月の片眉がわずかに上がった。

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